08. 箒の名手


グリフィンドール生もスリザリン生もこれが目玉だとばかりにカーラ達がよく見える位置に集まっていた――学年一女生徒に人気のシリウス・ブラックがこれから隣のコートでプレイするというのに、ほとんど見向きもしない。

マダム・フーチに招集され、ポッター、ピーターと向かい合って箒に乗り上昇すると、地上で観戦している面々がよく見えた。エバンは呆れ顔で芝生に腰掛け、マルシベールはその隣で心底楽しそうにピュウッと指笛を吹いている。そして隣のコートではブラックと組んだリーマスが不安そうにこちらを見つめていた。

カーラは心配をかけていることを申し訳なく感じながら、大丈夫だと伝わるように小さく微笑んでリーマスに手を振った。リーマスは少しほっとした顔つきになったものの、マダム・フーチが位置につくよう指示してからも自分のゲームよりカーラの方が気になるようで、ちらちらとこちらを見ていた。ポッターはグリフィンドール生に箒の腕を見せつけるかのようにくるくるとバック転のパフォーマンスをしている。こんなに大勢に注目されるのは初めてなのか、緊張のあまりぶるぶる震え箒から弾き飛ばされそうになっているピーターとは対照的だ。セブルスも似たり寄ったりで、がくりと項垂れたまま隣で何やらぶつぶつ呟いている。カーラはセブルスだけに聞こえるように、そっと「ポッターは私が相手をするから、セブルスはピーターにぴったりくっついていて欲しい」と伝えた。セブルスは目線だけカーラの方に向け、思うところはあっただろうが、小さく頷いた。そして、ゲームが始まった。

「3、2、1……はじめ!」

マダム・フーチがボールを杖で高く放ち、ゆっくりと落ちてくる。カーラは間一髪でポッターからボールをかすめ取ることに成功した。はるか下でグリフィンドール生のブーイングが聞こえる。ポッターが苛立たしげに舌打ちするのが右斜め後ろから聞こえたが、もちろん振り返る余裕はない。直線上でポッターと競ってもおそらく勝ち目はないと判断し、カーラは小柄な体躯を生かしてジグザグに飛んでみたり、急降下したりと工夫しながら相手ゴールに近づいた。ゴール付近にはピーターがいるが、なんとセブルスがしっかりと足止めしてくれている――カーラは思い切りゴールフープにボールを投げ入れ、先取点を勝ち取った。

「セブルス、すごいわ!ナイスディフェンス!」

スリザリン生からわっと歓声が沸き上がる(マルシベールの声で「いいぞ!じゃじゃ馬!」と聞こえたような気がした)。カーラが思わずハグでもしそうな勢いでセブルスの側に駆けつけると、セブルスはそんなスピードで突っ込んでくるなと青い顔で喚いたが、まんざらでもない様子だった。ポッターはピーターに対し、何やら文句を言っている――どうやらセブルスが足止めをしたというよりも、ピーターが勝手に箒から落ちそうになっていたらしい。が、カーラはセブルスのおかげだと思っておくことにした。このペースを崩さずにいけばきっと勝てると確信し、カーラはセブルスに向かってにっこりと微笑んだ。

「ね!私たち、いいコンビじゃない?」

セブルスはほんのり頬を赤らめ、ああと呟いてそっぽを向いた。そうこうしている間に第二ラウンドが始まった。カーラ側が先取点を取ったので、グリフィンドール側のボールでスタートだ。

「ピーター!余計なことはしなくていいから、ただ僕にボールをパスするんだ!」

「う、うん」とピーターは返事をしたが既にその声が震えている。そして、ぴったりと張り付いたカーラを撒くためビュンビュンと動き回るポッターを目で追いきれず、ピーターは大きく外れた場所にボールを放り投げた。ボールは誰にも受け止められず当然下へと落ちていき、すかさずカーラが取りに行くも、ポッターの方が0.5秒早かった。危うくポッターと激突しそうになり、カーラは思わず空中回転して急停止した。ポッターはボールを掴み、ぐるりとUターンして勢いのままにゴールに向かって突っ込んでいく。カーラは必死で追ったが、どうしてもあと少しの差を縮めることができずに、ポッターの得点を許してしまった。

「ああ!」
「ジェームズ、いいぞ!そんな奴らけちょんけちょんに負かしちまえ!」

カーラが悔しがるのと同時に、隣のコートからブラックのはやし立てる声が聞こえた。地上からはグリフィンドールの大歓声だ。ポッターがガッツポーズ付きで得意気に飛び回っているのが腹立たしい。互いに一回ずつゴールを決め、残り時間から見てあと一回どちらかが得点して終わりといったところだった。カーラはようし、と気持ちを切り替えて次の作戦をセブルスに伝えにいった。

「セブルス、次のボールはあなたからにしましょう。私はポッターにマークされていると思うけど、私がポッターの後ろで急降下を始めたらその瞬間に、思い切り下の方にボールを投げてね。必ずキャッチするから」
「ああ、わかった」

セブルスはしっかり頷き、カーラは作戦をポッターに盗み聞きされる前に急いでセブルスから離れた。カーラは残り時間の少ない状況で、勝てるかどうか不安な気持ちと同じくらい、勝負を楽しいと感じていた。これまで箒で遊んだことはあっても、こんなに全力で誰かと競ったことはなかった。やたら突っかかってくるポッターを好きにはなれないが、勝負が終わってしまうのはもったいないとさえ思った。

第三ラウンドが開始されると、ポッターは予想通り、箒が触れ合うくらいにぴったりカーラをマークしている。カーラはセブルスに目配せをし、今までで一番の集中力を発揮してフルスピードで急降下した。セブルスがカーラよりも三メーターほど低い位置にボールを投げる。ポッターが後ろを追ってきているのを感じながら、カーラはしっかりとセブルスのパスを拾った。そして急上昇しようとしたその時、隣のコートの方から、とてつもなく大きな毛糸玉が猛スピードで向かってきているのが見えた――ゆうに背丈の倍はある。このままでは巨大な毛糸玉がセブルスに激突する、と理解した瞬間、ボールを放り投げ、カーラの体はセブルスとボールの間めがけて動き出していた。

「カーラ!」

背中に激しい衝撃を感じた時には、既にカーラは箒から投げ出されていた。もはやどの方向からなのか分からないが、女子生徒達のキャーッという悲鳴が聞こえる。妙にゆっくりと流れる逆さまの景色の中、何か叫んでいるセブルスとポッターの顔が目に入った。カーラが覚えているのはここまでだった。




SILEO

/sileo/novel/1/?index=1