09. 医務室での諍い


次にカーラが目を覚ました時には、医務室のベッドの上だった。飛行訓練の授業から数時間は経っているようで、窓からは夕焼けに照らされた湖が見える。カーテンで仕切られていて周りの様子は見えないが、何やら言い争っているような声が聞こえた。

「……俺が悪……謝るって!」
「シリウス、君本当に分かってる?ジェームズが受け止めなかったら、落ちて死んでたかもしれないんだよ?」
「だから、本当に当てる気はなかったんだって……!スネイプの目の前ギリギリで避けて脅かそうとしただけで、あいつが下から飛び出してくるなんて思わなかったんだよ!」
「だからって、君が僕の友達を傷つけていい理由にはならないだろう?それに、カーラは女の子なんだ。万が一傷が残るとか何かあったら、僕は君と友達を辞めるからね」
「シリウス、僕も一緒に言うからさ。ここは素直にグレイに謝ろう……」
「あなたたち、うるさいですよ!ここは医務室です!どうしても謝りたいというから面会を許可したのに、これ以上騒ぐなら……あら、起きたのですか?」

マダム・ポンフリーがシャッと音を立ててカーテンを開けると、その後ろにたたずむリーマス、ポッター、ブラックの三人が一斉にカーラを見た。カーラは何となく居心地悪く感じながら、まだぼんやりしている頭を精一杯フル稼働させ、状況を理解しようと努力した。

「あの……私いったい、どうなったんですか?」
「ああ、起き上がっては駄目ですよ。背中を痛めていますからね。マダム・フーチからは、飛行訓練の授業中に事故があったと聞いています」

上半身を起こそうとして痛みに顔を歪めたカーラを見て、マダム・ポンフリーは気の毒そうに眉尻を下げた。そしてカーラはマダム・ポンフリーから、背中から腰全体と背骨が損傷していて、骨折はしていないが少々やっかいな状態のため1日入院が必要との説明を受けた。後で飲むようにと紫色の禍々しい液体をサイドテーブルに置き、マダム・ポンフリーは席を外したが、そこの三人が話があるようですよ、それと傷はきれいになりますからねと言い残してその場を離れた。まず最初に、リーマスがカーラのベッド脇に駆け寄ってきた。

「カーラ!大丈夫かい?痛みはひどい?心配したんだよ」
「ごめんね、心配かけて……。痛くないといったら嘘になるけど、大丈夫、だと思うわ」

マダム・ポンフリーの説明を聞いている間に、起きぬけで混乱していた頭も少し落ち着いてきた。カーラに謝りたいというポッター、ブラックがリーマスの後ろに突っ立ってもじもじしている。カーラは何となく予想がつくような、そして聞きたくないような感じがした。

「あの、僕ら謝りたくて待ってたんだ。こんなことになって本当にごめん」

ポッターは意を決したように、真っ直ぐカーラの目を見て謝った。そして隣のブラックに目配せをした。

「あー……巻き込んで、悪かった。グレイに怪我させるつもりはなかったんだ」
「えーと——それじゃ、本当にあなた達がやったの?あの、巨大なボールを……」

カーラは眉根を寄せてブラックらを見据えた。怒りがふつふつと沸き、顔が熱くなるのを感じた。

「もし私の見間違いなら謝るけれど、あの時ボールはセブルスに向かって行ったわ。私に怪我させるつもりは、ってことは、セブルスなら背骨が粉々になってもいいと思ったってこと?」
「いや、違うんだ、グレイ!シリウスも本当にぶつける気はなくて、直前で避けてちょっと驚かせてやろうって、ただの悪ふざけのつもりだったんだよ。な、シリウス?」
「ああ——巻き込んで本当に悪かったよ、でもお前が突っ込んで来なけりゃ誰も怪我はしなかっ……」
「ちょっと黙ろうか、シリウス」

ポッターはブラックの肩を抱き、強引に部屋の隅へと引き連れて行った。リーマスはそんなブラックの態度に怒り心頭という様子で肩をいからせていたが、カーラに向き直った。

「リーマス、どういうことなの?一体どうしてあんなことになったのか、教えてくれる?」
「あのねカーラ、今回は完全にシリウスの悪ふざけが原因なんだ……」

リーマスはかいつまんでカーラに説明した。リーマス曰く、ピーターを上手く抑えて調子に乗っているスニベルスをちょっと脅かして、かっこ悪いところを皆に見せてやろうという軽い気持ちでボールを「肥らせ」、セブルスの方へと力一杯飛ばしたらしい。ブラックとしては本当に当てようとは思っておらず、直前でUターンさせてボールを自分のところへと戻ってこさせるつもりだったということだが、カーラはそれでも信じられないという気持ちでいっぱいだった。

箒の上での悪ふざけが洒落にならないということくらい、魔法界育ちのブラックなら十分すぎるほど分かっているはずだ。それなのに、本当に当てるつもりはなかったとはいえ、一歩間違えば箒から落ちて地面に叩きつけられていたかもしれないような悪戯をするなんて。それに柔らかい毛糸玉とはいえ何十倍にも「肥らせ」て猛スピードで飛ばせば、その重量は相当のものになる——実際カーラが背中で感じた感触は、とても毛糸玉とは思えないほど硬くてずしんと重かった。セブルスが箒が不得意だということはここにいる全員が知っている。カーラは、セブルスが焦って手を滑らせ、箒から真っ逆さまに落ちていくのを想像してぞっとした。

「もう、いいわ」

部屋の隅っこで何やらごにょごにょやっていたポッターとブラックが、やっとカーラの方に戻ってきたところだったが、カーラは聞こえるか聞こえないかというくらい小さな声で制止した。

「え……」
「もういいって言ったの。これ以上、あなたの不誠実な謝罪は聞きたくない」

カーラは真っ直ぐにブラックを見据えて言った。怒りなのか、悔しさなのか、微かに声が震えるのを感じた。

「あなたにとっては気に食わないやつかもしれないけど、セブルスは私の大事な友達なの。私が首を突っ込まなかったら何も起きなかったってさっきあなたは言ったけど、ブラック家のご子息様が、箒の上での悪ふざけは厳禁だってこともご存知なかった?」
「なっ……家のことは関係ないだろ!それに、さっきから謝ってるじゃねーか!」
「違う!あなたは私が怪我したことに謝ってるけど、そうじゃないの。セブルスが一歩間違えば死んでたかもしれない悪ふざけをしておいて、そのことにはなんにも感じていなさそうなあなたの態度に、私は怒ってるの!」

カーラがこんなに大声を出すとは思っていなかったのだろう、ブラック含む三人は明らかに面食らっていた。カーラがブラックをじろりと睨み、「もう帰って」と言ったと同時に、マダム・ポンフリーが怒り心頭で駆けつけた。

「全く、何事ですか!?あなたたち三人はもう帰りなさい!ミス・グレイも、怪我をしているのですからそんなに興奮しないで、安静に!」

マダム・ポンフリーはしっしっとばかりに三人を追い立てた。ポッターとリーマスは何か言いたげに最後までカーラの方を振り返っていたが、ブラックの顔は見えなかった。そしてマダム・ポンフリーもぶちぶち文句を言いながらカーラのベッドを後にし、カーラだけが取り残された。出会ってたかだか一ヶ月の友人のために何故こんなにも取り乱しているのか、カーラ自身も分からなかった。




SILEO

/sileo/novel/1/?index=1