cosmic dust

 これは死んじゃうかなぁ。

 夢であればいいのにと現実逃避してみるが、腹部を鋭利なものが突き刺さった激痛で夢ではないと強引に現実に戻される。でも目の前にいるお腹を刺した犯人のせいで、やはり夢であってほしいと願った。
 犯人は周りの住宅よりも一回りは大きな銀の光沢を放つ機械的な蜘蛛で、腕を1本少女に突き刺しつつ、じっと赤く光る目で少女を見据えていた。
 どうしてこんなことになったのだろう。
 
 ――学校帰り夕焼けと夜の間の時間にいつもの道を曲がると、突然目の前が歪んだかと思えば、空が紫色になり人気がなくなったのだ。あるとしたら静粛と少女の足音くらいだった。
 スマホの電波も圏外だったが、どこか通じる所を探してスマホ片手に早足でしばらく彷徨っていると、この大きな機械的な蜘蛛と出会い腰が抜けてへたり込んだ。すると息をするかのように自然に刺されていたのだった。スマホも落としてしまった。
 もう、声も出ないや……。
 目を閉じると、いままで普通に過ごしてきた想い出や、友達の顔が走馬灯のように駆け巡る。まだ、自分の人生何もできてない。恋したかったなぁ。勉強だって、文化祭だって……こんな変な場所で死にたくない。
 どうしてこんな目に合わなければいけないんだ。
 目をゆっくりと開き、刺さっているものを引き抜こうと、最後の力を振り絞り両手でつかんだ。
 怖くて恐ろしいが、死にたくないと願う感情が強かった。
「まだ引き抜いてはいけない。大量失血で死ぬことになる」
 電子的に加工された低くて落ち着きと重みのある声が降ってきたと同時に、紺色の巨大な鉄の塊が落ちて地面が揺れた。そしてその巨大な物は、少女に刺さっている蜘蛛の腕を引きちぎった。つんざくような金切り声の叫びをあげ、のたうち回る機械の蜘蛛。
 ゆっくりとその紺色の巨大な物は少女の方を振り向いた。それは機械の蜘蛛より巨大で、紺色がメインカラーのロボット。痛みに耐えながら怯える少女の前にしゃがみ込んだ。
 瞳のパーツ以外はマスクに覆われていて顔はわからない。サファイアのように光り輝くカメラのような瞳に、痛みを忘れ少女は吸い込まれるように見た。
「……う……しろ……!」
 必死に声を絞り出す。後ろから機械の蜘蛛がロボットに襲い掛かってきたのだ。しかしロボットは振り向きもせず、銃を構えると後ろに腕を突き出し弾丸を放った。弾幕の音と蜘蛛の叫びでうるさいはずなのだが、ロボットの声はしっかり聞こえた。
「痛みが生じる。だが君を生かすためだ。歯を食いしばってほしい」
 一通り弾丸を放ち終わると、銃を投げてお腹に刺さっている機械蜘蛛の腕だったものを思いきり引き抜かれた。
「あっ……!」
 引き抜かれたところから鮮血が流れ、制服を染めていく。反射的に刺さっていた部分を抑えるが流れる血は止まらない。
「これを君に。受け取ると命は助かるが、受け取ると後戻りはできない」
 大きな手にはロボットの瞳と同じ色した少女の手のひらの大きさくらいの、ティアドロップ形の宝石がロボットの指の先に浮いていた。
 後戻りはできないとはどういうことか、こんな宝石でどうやって助かるのかわからないが、この巨大なロボットが少女を助けようとしているのはわかった。
 助かるのならばと宝石を掴むため、懸命に手を伸ばした。
 触れた瞬間、少女に青く眩い光が包んだ。
「えっ……ええっ!?なにこれ!」
 傷が徐々に修復されていく。痛みもなくなり、制服まで修復された。死にかけたなんて嘘だったかのようだ。一通り元に戻すとティアドロップの宝石は、銀色の装飾にティアドロップの宝石が特徴的な腕輪になり、少女の右腕にはまると光は消えた。
 何が起こったかわかっていない少女にロボットが穏やかに声をかける。
「さて、少女よ。名は?」
「えっと……宇佐美のえるです。貴方は……ってまたうしろ!」
 あれだけ弾丸をうけてまだ動く機械蜘蛛にのえるが指をさすと、指先に青白い光の輪。指先から何かが発射された。
「なに……?」
「アルマの力だ」
「アルマ?」
「説明をしている暇はないようだ」
 ダメージを受けて完全に怒り狂っている機械の蜘蛛が暴れまわり、ロボットとのえるに腕を振りかぶる。ロボットはジャンプして避け、のえるも荷物を持って慌てて逃げる。建造物が崩れる風圧でのえるが吹き飛ばされそうになるが
「えっ!?」
 軽々とひとり、大ジャンプしていた。そのあたりの建造物より高くだ。のえるが着地どうしようとバタバタしていると、ロボットが大きな手で受け止めてくれた。
「私の体どうしたの……!?」
「のえる、聞いてほしい。君はさっきのアイテムで傷を癒やすとともに、地球の人間にはない力と身体能力を持った」
「えと……なにそれ?」
「いろいろ試してみるといい」
「試すって言っても……」
「なんでもいい。試しにあのエネミーに攻撃しでみるといい」
 そうロボットが言うと、少女の体は蜘蛛に向かって投げられた。
「えっ……えっ!?無茶だよ!」
 でも機械蜘蛛はもう目の前。のえるは腹を括って、蜘蛛の胴体を蹴ってみた。すると、機械蜘蛛は思いきり後ろに吹き飛ばされ、ものすごい音を建てて建造物にぶつかった。
 またロボットが大きな手でのえるを受け止めた。
「なっ……」
「わかっただろうか?」
「うん……?」
 体育の成績は並より下くらいののえるが、あの巨大な蜘蛛をふっ飛ばした。でも蹴った感触は本物で、脚が少しばかり痛い。
「仕上げだ。さっきのアルマの力を使ってみてほしい」
「さっきの……?」
「指で氷を放っていただろう?」
「あれ氷だったの……?でもどうやって?」
 首を傾げるとゆっくりのえるに言い聞かせるように、紺色のロボットは説明した。
「イメージでいい。ふむ……例えばだが、氷山で貫いてみるとかだろうか」
「イメージ……?できるかな?」
 戸惑いつつも言われた通りに、すう……と深呼吸してあの巨大な蜘蛛が下から氷に貫かれるイメージをしてみる。
 なんとなくできるような気がして腕輪がはまっている右手の指で指すと、きらっと宝石がひかり、腕に水色の光の輪っかができると想像の倍の太さと大きさの氷が蜘蛛に貫かれ、凄絶な悲鳴とともに絶命した。
 のえるは安心から、大きな手にへたり込んでしまった。
「よくやった。あとは回収だけだ」
 ロボットはもう片方の大きな指で、壊さないようにそっと優しくのえるの頭を撫でた。
「回収……?」
 そのままのえるはロボットの手のひらの上に乗せたまま、機械の蜘蛛に近づいた。
 ロボットが機械の蜘蛛の亡骸に触れると亡骸は消え、かわりにキラキラと光る小さな破片のようなものが現れた。氷の上にころん、と落ちる。
「この破片を回収すると元の世界に戻る。その前にその腕輪を外してみてほしい」
 言われた通り、のえるが腕輪を外すとティアドロップの宝石に戻り、どさくさに紛れてポケットの中に入れたスマホの中に入っていった。
「あれっ?えっ?」
「端末の中に入ったか。のえる、どうかその端末だけは手放さないでほしい」
 スマホを見ると、元々白だったスマホがこのロボットの瞳と同じ空色になっている。画面をつけると、アプリがひとつ増えているくらいで変わりはなかった。
「アンブルジュエルの回収をする。回収したら私はいなくなる。のえるは君がいた元の世界に戻るから安心してほしい」
 そっと、のえるを地上に降ろした。
 穏やかな口調で話すロボットはキラキラとした宝石、アンブルジュエルと呼ばれたものに手を伸ばす。
「あの……待って!名前!貴方の名前聞いてないです!それからあんぶる?ジュエルってなんですか?」
「私はアズールヴェル。また近いうちに会うことになるだろう。そのときに説明しよう。端末を上げてくれないだろうか?」
 のえるは言われた通り、腕伸ばしてスマホを上げた。
 アズールヴェルと名乗ったロボットがアンブルジュエルと呼ばれる宝石に触れて、スマホに向かって落とすと、それはのえるのスマホの中に入っていたと同時に眩い光を放ったので反射的にぎゅっと目を閉じた。
 ゆっくりのえるは目を開くと、元いた場所に戻っており星が瞬いていた。
 これが、のえるとアズールヴェルの出会いだった。

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