cosmic dust

 あれからのえるはどうやって家に帰ったか覚えていない。
 気がついたらのえるは家に帰ってきていて、いつものように親は仕事で帰ってきていなかった。
 先にシャワー浴びようかな。
 制服を脱いで恐る恐るお腹を見てみるが、傷跡なんてなかった。あの痛みも嘘だったかのようだ。本当に何事もなかったかのような綺麗さに、夢だったのかとのえるは錯覚しそうだった。
 ついでにシャワーを凍らせるイメージしてみたが、氷になんてなるはずもなくのえるは少し肩を落とした。
 前下がりボブの髪の毛と体を洗い、温かいシャワーを浴びる。
「ふう……」
 いろいろ謎が多くて、頭の中が整理できない。
 まず、あの空間何だったんだろうとか、あの蜘蛛なに?とか、アルマってなに?とか、アンブルジュエルってなに?とか、あとアズールヴェルと名乗ったロボット。綺麗な色だったし、いい声してたなぁなんて……違う。考えが脱線する。のえるは両頬をぱちんと叩いた。軽い痛みが走る。
 そういえば助けてもらったお礼をしていないことに気がついた。近いうちに会うことになるだろうと言っていたので、会えたらお礼をしないといけない。
「あっ!そういえば……!」
 急いでシャワーを中断し、パジャマに着替え制服のポケットを漁り、スマホをとった。
 色が変わり果てたスマホを見てやっぱりあれは現実だったと直面した。
 スマホの見た目で色々突っ込まれそうなので、昔買ったうさみみ付きの桃色のカバーをはめた。
「はぁ……」
 自分のベッドにゴロンと横になり、画面を開くと魔法陣のようなアイコンの下に“グラナダ”と書かれた謎のアプリ。
 アプリを開いてみると、中には洋服アイコンと、雷アイコン、扉アイコンと、手紙マークアイコンこれは、多分メッセージ。
 全てのアイコンを触ってみるが何も起こらない。アンインストールも試みたがアンインストール自体なく、最初からインストールされてたかのようだ。
 もうひとつ気がついたのは電池。六割ほどしか残っていなかったのに、いまは電池マークは満杯になっていた。
 不思議に思っていると電子音が鳴り響き、のえるの体がびくっと体が反応する。
 スマホを見ると、見慣れた幼馴染達の名前とメッセージだった。宿題したー?等の何気ない会話がのえるにとって嬉しかったが、今日の事は誰にも話せないのがもやもやしていた。なんとなくだが話してはいけない気がしたのだ。
 しばらくメッセージのやりとりをしていると、玄関のチャイムが鳴った。開けてみると、見上げなければ顔が見えない背の高い幼馴染の姿。
「よう。まだ飯は食ってないだろう」
「直助……うん、いつもありがとう」
 のえるの家から三件隣のケーキ屋の息子、望月直助。親が帰ってこないのえるのために、たまに夜ご飯を届けてくれる。不器用だけど優しくてお節介なのえるの幼馴染のひとりだ。
 こんな幼馴染がのえるにはあと三人いる。
「のえる、どうしたんだよ。顔真っ青じゃねぇか……」
「そ、そんなことないよ!ありがとうね!」
「入るぞ」
「大丈夫だよ!うわあっ!」
 そのまま家に上がられてしまった。直助がリビングまで入ると、椅子に座られたので仕方なく、カウンターキッチンからお茶を入れて渡した。
 直助が持って来た袋からお弁当箱を取り出すと、中身はオムライスだったので温める。それから、ケーキの箱。
「ケーキ?」
「俺の新作だ」
「直助のケーキ大好き!ごはんのあとで食べるね」
 のえるが満面の笑みでお礼を言うと、直助は顔を赤らめて「そうかよ」の一言だけ。
 直助の家がケーキ屋なので、直助はパティシエを目指している。直助が作るケーキも美味しくてのえるの好物だ。ケーキを冷蔵庫に入れると、調度オムライスも温まったので、のえるもテーブルについた。
「い、いただきます」
 さて食べようと思ったら、オムライスにかかったケチャップが血に見えて食べにくい。
 オムライスとのえるがにらめっこしていると、直助が怪訝な顔をした。
「どうしたんだよ?」
「えっと……な、なんでもないの。なんでもないよ?」
 のえるはお腹に突き刺さったあの痛みを思い出して、お腹がちくりと傷んだ。
 でもお腹は正直に鳴るので、意を決して食べようとしたとき、のえるのスマホが鳴った。
「そんなカバーつけてたか?」
「え、えっとね……気分転換?」
 今までのえるのスマホにカバーなんてつけていなかったので、直助は不審そうに眉を寄せた。
 のえるがちらりとスマホの画面を見ると、そこには見たことない適当な数字の羅列と“アズールヴェル”と書かれていた。見られないようにものすごい速さでスマホをとる。
「ごめんね!えっとね……えっと、お、お母さんからだから!」
「そうか……っておい!」
 そのまま早足で廊下に出て、扉を閉める。絶対に直助には聞かれてはいけない気がした。
 そっと、画面を見る。見えるのはやはり“アズールヴェル”だった。震える手で電話をとった。
「もっ……もしもし?」
「のえるか。今すぐ私の元に来てほしい」
 穏やかで落ち着きのあるノイズかかった低い声。紛れもなくあの紺色のロボット、アズールヴェルだ。どうやってこのスマホに電話かけているのかそんな疑問もだが、どこにいるのかわからないロボットの元に来いと言われてもどうやってと、ぐちゃぐちゃ考える。
 でも緊張してのえるはなにも言えない。
「えっと……どうやってですか?」
 やっと絞り出した言葉。だけど、アズールヴェルは落ち着いた声で優しく答えた。
「グラナダのアプリに扉のアイコンがあるのがわかるだろうか?」
「あった……ような?」
「アイコンに触れたら、どの扉からでもいいので開けて入るとグラナダに通じている」
「はぁ……え?グラナダ?」
「では、待っている」
 一方的に切られた。とても穏やかな声で、のえるが来るのをとても楽しみにしているようなそんな声だった。
 来いと言われたので、急いでリビングに戻り、のえるは直助に頭を下げた。
「ごめんね!直助、ケーキ後で食べるね!」
「はぁ?」
「ちょっと用事できたの。だから直助もお家に帰ってほしいの」
「そんな急いでどこ行くつもりだよ……」
 のえるはオムライスを急いで食べる。今すぐ来いって言われたから、行儀悪いけどお茶で流し込むように食べた。
「んっ……」
「本当にお子様だな。口の周りついてる」
 直助に指で口の周りについたケチャップを拭われた。恥ずかしくて顔が赤くなる。
「ついてた?よかった……」
「よかったってなんだ。よかったって」
「人に会いに行くの……」
「こんな時間に誰にだよ」
 もっともな意見である。まさかロボットに会いに行くからなんて言えるはずもなく、
「お、お母さん……」
 のえるは目を泳がせながら、そう苦しい嘘をついた。
「母親ねぇ……」
「とにかく急がないとだから!」
「会社まで送るけど」
「だ、大丈夫!先に帰って!ケーキの感想は明日ね!」
「お、おい……」
 半ば直助を追い出して、家から締め出した。これ以上は誤魔化せそうになかったからだ。
 のえるは食べたお弁当箱を軽く洗って食洗機に突っ込んだあと、部屋に戻り洋服を着替える。ラフに黒いパーカーと黒いショートパンツに適当な靴下とふわふわのうさぎのスリッパ。
 言われた通り、アプリのグラナダを起動して扉のアイコンをタップしたが、特に変化は無かった。また光るのかと思ったが、あっけなかったので言われたとおり扉を開くと、そこは別の世界が広がっていた。
「うわー……!すっごい……」
 人の形をしているが、腕が四本ある人間だったり、爬虫類の顔した人間だったり、はたまた猫や犬耳生えた人間だったり、2足歩行している猫だったり、とにかく本でしか知らない世界だ。
 キョロキョロとのえるは周りを見渡した。
「なに、これ」
 つい、ぽろりと漏れた言葉。
 スマホを握りしめ、別世界の空間に恐る恐る足を踏み入れ、扉を閉めると元来た扉がすっと消えた。
「帰れないの……?」
 消えたものは仕方ないので、周りを見渡した。
 右を見ると、夜空が広がっている。見たこともない宇宙船のような乗り物が出入りしているし、他の人達はバタバタと忙しそうに出入りしていて、のえるの存在に気付いていないかのようだ。ゆっくりまっすぐ歩いてみると、目の前には真っ白の横に長いカウンター。
「ここどこかな……」
 高い天井と広いフロアに対面型の受付がある。のえるは恐る恐る近づいた。
「いらっしゃいませー。グラナダに何か御用ですか?」
 フロントに響く女性にしては少し低めだけど、引き込むようなハスキーボイス。声が聞こえた方を見ると、黒く長いポニーテールと深雪のような肌に、耳が尖った長身の女性がいた。華やかな白のフリルブラウスと黒のミニスカートが彼女の魅力を引き出している。
 黄緑のアーモンドアイが特徴的な同性でも息を呑むような美しい女性。
 その美しさにのえるの目が釘付けになっていると、のえるの目線まで屈んでくれた。
「迷子かな?」
 笑顔で問いかけるので、のえるも慌てて要件を話した。
「あ、あの……アズールヴェルっていう人?を探しているのですが」
「貴女が管理官のお客様ですね。探してたんですよー?こちらに記入お願いします」
「うわっ」
 受付の女性が両手の親指と人差し指で四角を作ると、緑掛かった画面が現れた。
「指でフルネームを書いてくださいね」
 指で言われたとおり書くと、画面に名前が記入された。女性が指を普通に戻すと画面は消えて無くなってしまう。
「宇佐美のえる……さんですね。いまから管理官の元へご案内しますー。私、ルルカカと申しますー。どう呼んでもかまいませんのでー」
 ルルカカはにっこり笑う。笑っても花が咲いたような美しさがあり、のえるの緊張はほぐれるどころかさらに固くなった。
「あの……ルルカカさん、ここは一体……」
「え?ここがどこだかもわからずに来たんですか?簡単な説明しながらご案内しますね。こっちですよーって……スリッパ!グラナダにスリッパ!?」
 ルルカカはもふもふうさぎのスリッパに指をさした。もう少しまともなの履けば良かったとのえるは後悔した。
「ごめんなさい……」
「いや、いいけど、怪我しないようにね?場所にもよるけど不発弾とか刃物とか転がってる……転がってますし」
 物騒な言葉にのえるの顔はさらに引きつった。
「まあ、多分大丈夫だから……ですから」
「あの……お話ししにくければ普通にしてくれたほうがいいんですけど……」
 かしこまられるより、普通に話してくれた方がのえるにとっては親近感あっていい。
 すると、さっきの笑みよりも柔らかく満面の笑みでのえるの手をルルカカが取った。
「本当に!?ありがとうー!正直かしこまるの苦手なんだよね!よろしくね。のえるでいい?」
「大丈夫、です」
「のえるも普通にいいよー。ささ、こっちこっち」
 手を離さずそのまま案内され、受付の横の壁まで歩いた。ルルカカが壁に手を添えると壁が開き、エレベーターのようなものが現れた。のえるが乗り込むと、側面についた大量のボタンにびっくりしたが、何よりも驚愕したのが動き出してからだ。
 真っ白だった壁が取り払われ、むき出しになった外は、夜空を背景にふよふよ浮いて作業している人や、宇宙船がたくさん出入りしていた。
 信じられないが、ここは……
「ここって宇宙……?」
「グラナダは宇宙ステーションだよ」
「宇宙、ステーション?」
 単語が理解できなかった。
 理解できていないのえるなんてお構いなしに、エレベーターが上がったり、真っ直ぐ進んだりしている。
 だけど外の景色を見ると、宇宙としか考えられない。
 でも、酸素もあるし床に足がついているので、宇宙に来ているという実感はなかった。
「ここ宇宙なの……?じゃあ、ルルカカさんは宇宙人?」
「地球人からしたらそうなるよね?あと、ルルカカでいいよ」
「美人な宇宙人とおしゃべりしてるの……!?」
 のえるはすっかり忘れていた。ルルカカは耳がとがっていたり、肌が真っ白だったりして普通の人ではないということ。それ以外は人間と同じなのであまり違和感はなかった。忘れるのは当然だと思う。
「美人?アタシのこと?」
「うん。すっごく綺麗……」
 真っ黒の髪は長くてさらさらつやつやだし、なんとなく桃のような甘い香りもする。歩くとモデルのようにハイヒールを鳴らして堂々と歩いている姿はかっこいい。
「ありがとうー!のえるって素直でいい子だね!かわいい!」
「わわっ……」
 満面の笑みでルルカカはのえるをくしゃくしゃに撫でた。ものすごくのえるは子ども扱いされているが、慣れているのと別に嫌ではないので平気だ。 
 そんなことしているとエレベーターが目的地に着いたようなので、降りて道すがら会話をする。
「ねえ、こんな軍事施設にしかも管理官直々になんで呼ばれたの?なにしたの?」
「電話で突然……軍事、施設?」
「ここはエヴァンウィルっていう軍の宇宙基地なんだよ。ここの正式名称はグラナダステーション。通称グラナダ」
 だから不発弾だのと物騒なものが落ちてるのかとのえるは納得がいった。
 でも、今のところそういう物は見えない。むしろ周りが白くて地球では見たことない人ばかりなのと、自動ドアが分厚くて近未来な光景だ。
「軍隊なの?」
「そうそう。各惑星の強者が集まったそれはもう巨大な軍隊になるよ。それで、今日何があったの?何したら管理官直々に呼ばれるの?」
「それは……」
 のえるはルルカカに今日の出来事を話した。普通に帰っていたら空の色が変わったこと、巨大な機械の蜘蛛に襲われて死にかけたこと、アズールヴェルに助けてもらったこと、身体能力が上がったこと等ありのままを話す。
 ルルカカはのえるのペースに合わせて歩きつつ、のえるの話に質問を交えながら聞いていた。
「それでね」
「のえる」
「うん?」
 ルルカカはのえるが泣きそうになっている顔に気がついたので、たまらなくなりつい抱きしめたのだった。それにびっくりしたのはのえるだ。
「怖かったよね」
 そう、怖かった。じわりとのえるの目に涙が溜まり、声が詰まる。
「うん」
「誰にも話せるわけないもんね……。地球では誰にも信じてもらえないだろうし」
「うん……」
 怖くて思い出しただけでも痛みを思い出せてしまう体験を誰かに聞いてほしかった。聞いてもらえる嬉しさとか、生きてる感覚に安堵したりと感情は入り乱れ、のえるはその場で号泣してしまった。しゃくりあげながら泣くのえるに、ルルカカは戸惑いながらも抱きしめたままのえるの頭をしばらく撫でた。
 のえるが落ち着いたころ、ルルカカはのえるの背中をぽんと軽く叩いた。
「もう大丈夫。管理官に会ったらぶっ飛ばそう」
 突然のぶっ飛ばそう宣言にのえるの顔には涙が浮かびつつ、笑みも溢れる。
「アズールヴェルさんは命の恩人だからお礼しないとだよ?」
「いやいや……その状況じゃ説明省くのもわかるけど、全く何ひとつ教えてないのはどうかと思うけど。地球人が無知だってこと忘れてんの?あのポンコツ。そもそもどっか錆びついてんじゃないの?」
 ポンコツ発言にのえるは涙は引っ込み笑ってしまった。ルルカカはその顔を見て、酷い顔と言いながらハンカチでのえるの顔を拭いた。
「ポンコツって……」
「聞かれたらクビになるのわかってる。わかってるけど、残業させられているアタシの怒りとか管理官にぶつけないとやってらんないの。そもそもこの時間アタシ寝てるんだけど!」
「そうなの?」
「交代制だからねー仕事終わったーって思ったあとにこれだから!」
「ごめんなさい」
「いいよー!のえるに罪はないし」
 ルルカカはけらけら笑う。しばらく歩くと、大きな扉の前に着いた。
「ここにいるんだ。あああ……ポンコツとか言っといてあれだけど緊張する」
「あの強気はどこいったの?」
「だって管理官ってここグラナダで一番偉いんだよ!?エヴァンウィルでも上から二番目に偉いの!アタシはしがない受付けだから会うことなんてないし?というか、会ったことある人いないと思うんだけど?それこそ副管理官ならうんざりするほど顔合わせてるけどね。管理官とは通信越しとはいえ直接話したの今日が初めてな訳で」
 突然ルルカカは一息で話し出したので、のえるはついていけず、情報が多くて混乱した。
「待って、ひとつずつゆっくり言ってほしいな」
「とにかく一番偉くて、一番謎多き人物なの。それから、とっても怖くておっかないって噂」
「ええっ……怖いの……?」
「会えばわかりそうだし、行こう!」
 ふぅー緊張するーとか言いながら、ルルカカが大きな扉にノックするとそっと扉が開いた。
「失礼しまーす」
「失礼します……」
 恐る恐る入ると、のえるにとって何時間かぶりにみる巨大な紺色のロボット。背中からたくさんのケーブルをわけのわからないたくさんの機械に接続され、そのケーブルは休みなく動いていた。さらにアズールヴェルの目の前の空中には、いくつかの画面が投写され手元も忙しそうに動いている。よく見ると腕とか足とかの色は黒で綺麗だ。フードのような形の頭で顔だけは白い。
 ルルカカとのえるが食い入るように見つめていると、アズールヴェルの手が止まった。
「こんな状態ですまないな。ようこそグラナダへ」
 アズールヴェルの顔が少し上がる。サファイアのカメラのような瞳に、マスクを外した顔は機械とは言え、とても端正な顔立ちで息を呑んだ。
 とても声色は穏やかで怖いとは程遠く、少しだけのえるとルルカカは緊張がほぐれた。
「では、私は席を外しますのでお二人で」
「いや。ここにいてほしい」
 一瞬ルルカカがふらりとしたが、のえるがしっかりと支える。
 さて、何から質問しよう。

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