鬼舞辻無惨とかいう鬼に襲われたあの夜。瀕死の状態で発見されたのは私だけだったらしい。昇級したんだと嬉しそうに話していた兄は、私を守るようにして亡くなっていたと私を連れ出してくれたという鬼殺隊の人が教えてくれた。そして、怯むことなく鬼舞辻に果敢に挑む度胸があったと兄を称え、兄の死を一緒に哀しんでくれたのだ。その人は兄が目指した柱の一人であると知ったのは、あれから二月経った頃だった。
「勇作は柱を目指していたんだね」
「まだまだ足元にも及ばない。けど、いつかなってみせるんだって……っ、」
「数年後、あの子は本当に柱になっていたはずだよ。それだけの実力があったと私は思っている」
「〜〜〜っ!」
どんなに涙を流したって兄が蘇ることはない。祝言を挙げるはずだった紀代ちゃんや最愛の両親が蘇ることもない。そんなことは分かっている。けれども、溢れて止まらなかった。
「本来ならもう少し癒えてから話すべきなんだけど、事が事だけに一露葉さんには真実を伝えるべきだと思ってね」
「……しん、じつ…」
「鬼舞辻が現れたのは決して偶然ではないと私は思う」
「!」
真っ直ぐに優しい眼差しで私を見つめ、耀哉さんが言った "鬼舞辻が町に来たのは偶然じゃない"。それは、幾度となく頭に浮かんでは消してきた言葉だった。
「…………」
「君を取り込み、君だけが持つ "何か" を自身の物にしようとしたなら、君は今此処には居ない」
「そ、れは…兄が守ったくれたから」
「鬼舞辻は欲念が強い。勇作が居てもあのまま君を取り込んでいただろうね」
「?」
「つまり、鬼舞辻の狙いは君が "特異体質だから" ではないということだよ」
「!」
「鬼舞辻の狙いは、君が知っている何かの情報ではないかと思うんだ」
「………私が知ってて、鬼が知りたいこと…?」
「少し考えてみてくれないだろうか」
「……はい」
耀哉さんの話しを聞いて、幼い頃のことを思い出した。生まれつき傷や怪我の治りがとても早かった。他の人たちよりも治癒能力が高い特異体質を持っているそうだ。そのせいで物心ついた頃に住んでいた村ではあまり良く思われなかった。鬼だと何度も罵られたことだけは今でもよく覚えている。泣くことしかできなかった私をいつも兄が守ってくれていたのだ。
「っ!??!!?!」
その夜見た夢で、幼い兄は『一露葉は鬼じゃないっ!裏山の野花を食べちゃったからだ!』と、私を鬼だと言った大人に叫んでいた。
「………夢?」
夢とは言い難いほど、とても鮮明だった。だとするとあれは現実なのだろうか。裏山…。確かに村の近くには山があった。けど花を食べた記憶は無い。ということはあれは夢なのだろうか。分からない。分からないけど、思い出さなくちゃいけない気がする。翌日、偶々出会した耀哉さんに昨夜見た夢の話しをしてみた。
「裏山の野花を食べたから、君は特異体質になったのかもしれないね」
「そんなこと」
「無いとは言い切れない。現に、勇作が野花を食べてしまったからだと言っていたのだろう?」
違うとも、そうだとも何も言えなかった。夢か誠か自分でも定かではないからだ。それが誠なのか確かめるには幼少期に住んでいた村に行き、裏山で食べたというその野花を探し出すこと以外はないだろう。
「駄目だよ」
「え?」
「今考えていることは駄目だよ」
「!」
「それは我々鬼殺隊に任せてくれないかな」
私には鬼が出たときに戦う術を持っていない。そんな私がどこの村かも分からない村を探し回るのは鬼舞辻に見つけて下さいと言っている様なものだ。
「……」
この時の私にはただ頷くことしか無かった。自分の事なのに、家族や友人の仇なのに、何も出来ない事が悔しくて、無力な自分が情けなかった。そして思った。私に戦う術があれば、私が鬼殺隊になれば誰の手も煩わせる事もないのだと。
「……あの…。兄のような鬼殺隊になるにはどうすればいいんですか?」
「呼吸を使い剣術を身に付け、最終選別を突破すれば鬼を狩る隊士になれる」
「呼吸?」
「そう。勇作も持っていた日輪刀はとても特別な刀でね、鬼を唯一倒せる武器でもあるんだ。そして、呼吸は鬼と戦うためには一番重要で剣士になるには使えることが必須技能になる」
「兄は緑のような色をした刀でした。私も同じなんですか?」
「呼吸はね一つではないんだ。風以外にも様々な呼吸があって、人それぞれ適正が違う。どんなに頑張っても扱えない者もいる」
「…鬼狩になれない可能性も?」
「ある。けれど、剣士だけが鬼殺隊ではないんだ。医療班や隠と呼ばれる裏を支えてくれている者たちもいる」
刀を持ち鬼を狩っていたということは、兄は呼吸を身に付け最終選別を突破したからだったんだ。暫く家を空けていたのはこういう事だったのだ。人それぞれ適正が違うのならば、兄にはあって私にはない可能性もあるのだろう。それでもいい。それでもいいから、私も戦う術が欲しい。
「お願いです。私にも呼吸を使う術を教えてください」
「適正がないかもしれないよ」
「それでも構いません」
「分かった。育手に話してみるよ」
「育手?」
「剣士を育てる者だよ。話しはするけど、君を育てるかどうかの判断は彼女に任せてる」
「はい。ありがとうございます」
この数日後。護衛付きではあるけれど、私は二月ほどお世話になった産屋敷邸を出ることになったのだった。