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「へえ〜、東京の古豪との練習試合なんて武ちゃん凄いじゃん」
「因縁の再戦ってやつなんだよ」
「だからそんなに気合い入ってるんだ」
「それだけじゃない。実は…今日からGW合宿なんだよ」
「そうなんだ」
「そう。潔子さんと4日間も同じ屋根の下で生活する合宿」
「………ねえ、龍」
「なんだい?藍ちゃん」
「それ去年も言ってたけど、清水さんお家近いから結局終わったら帰るんじゃなかった?」
「〜〜〜〜〜ッ!!!!!」

己の顔を手で覆いながら声にならない声で悲痛な叫びを上げているのは、隣の席の田中龍之介である。藍は去年も全く同じ光景をGW明けに見たことを思い出していた。あの時も暫くこうやって嘆いていたっけ。

「おーい、田中ーって…どういう状況?」
「おい龍!どうした?!」
「うぅぅ、ノ、ノヤっさん」
「あ、ごめん縁下。龍のやる気削いじゃったかも」
「何となく想像付くから大丈夫」
「おら起きろ龍!部活行くぞ!」
「ううぅぅう〜〜っ」
「早く起きないと置いてかれるよー。龍だけ遅く来たら清水さん悲しむかもよ?」
「……ナヌ!?それは一大事じゃねえか!潔子さん!待ってて下さいね!あなたの田中龍之介が今行きまっす!」
「俺も今行きまーす!潔子さーん!」
「お前ら静かにしろって!」

起き上がる気配が全くしなかった田中だったが、藍の一言で机にへばり付いていたが嘘だったかのように自分の鞄を持ち素早く立ち上がる。そして西谷と共に一目散に走り出していた。

「いつも騒がしくてごめんね」
「あの珍獣2匹の相手するなんて縁下も大変ね」
「ちょっと!凛ちゃん!」
「珍獣…増えたんだよな」
「それはお気の毒に」
「じゃ、俺も部活行くね」
「がんば」

田中達を追って部活に向かった縁下を送り出してすぐ、そろそろ帰ろうかと席を立ち身支度をしようとしたまさにその時、視界に薄っすらと真っ黒なジャージが映り込んできたのだ。落ちているジャージを拾い上げ、藍は持ち主の名前が刺繍されていないか隈無く確認したが残念ながら何処にも記されていなかった。

「それ田中がよく着てるやつじゃん」
「うん。部活のジャージだね」
「西谷の可能性もあるんじゃない?」
「大きさ的に龍だと思う」
「………だね」

烏野高校排球部と書かれたジャージを広げて大きさを確認してみて確信する。これは田中龍之介のジャージだと。今日から合宿なのだと話していたし仕方ない体育館まで届けに行くか。田中のジャージ(仮)を手に藍は男子が専用で使っている第二体育館へと向かった。

「居ない…」

開けっぱなしになっていたドアから顔を覗かせてもそこにはサーブ練習をしている影山とそれをレシーブしようとしている小柄な男の子だけだった。きっと前に田中が言っていたのはこの子の事だろう。

「ふべッ」
「……ヘタクソが」
「分かってるから練習してんだろ!お前が本気で打ってくるから当たらないんだろ!もう少し手加減して打てよ!」
「あ"ぁ!?手加減したら何の練習にもなんねえだろが!」
「はぁぁああ?そりゃそうかもだけど、そもそも上がらなかったら意味ねえじゃねえか!」

どっちの言い分も分かる。分かるけども、もう少し言い方っていうものもあるだろうと思いながらヒートアップしていく2人を見ていた藍は不意に影山と目が合ってしまった。あ、バレた。

「………何してスか」
「んーーーと、人探し。龍知らない?」
「まだっスね」
「結構前にノヤと飛び出して行ったのにどこで油売ってるんだろうね」
「……も、もしかして、田中先輩の彼女さんですか?!」
「彼女ではなくてクラスメイト兼友人です」
「藍さんが田中さんと付き合うわけねえだろボケが」
「飛雄。それは龍に失礼だからね」
「?…あ、はい」
「お前絶対分かってねえだろ」
「あ"ぁ?」

目を離すとすぐにこれだ。今にも取っ組み合いが始まりそうな空気を遮るように藍はさっきまで見ていた自主練について話を振ってみる。

「そういえば、さっきの見てたけど、この子の言う事も一理あると思う」
「手加減しろって事ですか」
「その逆」
「逆?」
「手加減はしなくていい。でも、この子がどの位置に居ても居るところを狙うの。そうすれば飛雄はコントロールを身に付けられるしこの子はレセプションの練習も出来る」
「あ、あの!俺!この子じゃなくて、日向です!1年1組日向翔陽です!」
「すんません。こいつバカなんで」
「はぁ!?お前にだけは言われたくねえ!」
「ううん、私が失礼だった。ごめんね日向くん」
「藍さんの言ってる事、何となく分かりました。要は全力でコイツを狙えって事ッスよね」
「は?!」

そして、影山は余裕ですと付け加えコートに入るよう日向に言った。宣言通り日向の居る場所にボールが飛んでいけば良かったのだが、まだそこまでコントロールが身についてないサーブは誰も居ないところへと落ちていった。

「どこが余裕なんだよ!」
「うるせえ。ほら早く構えろ、次行くぞ」
「日向くん!まずはボールの落下地点に素早く入り込むことを意識してみて」
「は、ハヒッ!」
「そうしたら手だけ出して!ボールは当てるだけ」

コントロールを重視した分、少しだけ威力が弱まっていた影山のサーブは勢いはそのままで普段セッターがいる位置に飛んでいった。自分でも何が起きたのか分かっていない日向はジンジンしている腕とボールが飛んで行った方向を交互に見た後、興奮したまま藍の元に走ってくる。

「うぉおおぉおおお!見てました?!おれ、影山のサーブ上がりました!」
「見てた見てた!凄い凄い!」
「たまたまだろ」
「どう見ても偶然デショ。そんなすぐに上手くなるわけないじゃん」
「たまたまでも凄いと思うけど。俺なら無理」
「そんなことないよ?たくさん練習すれば君も簡単に上げられるようになるよ!」
「え、」
「なんかソレすげームカつきます。簡単に上げれるって何スか。前よりずっと自信ありますよ」

それはそうだろう。数本だけだが影山のサーブを見ていて中学の頃とは違うことは藍にも分かる。だが、今のままでは "及川徹" のちょい強版ってところだろう。そのまま影山に伝えたところでこの後の部活に支障が出るのは目に見えている。それは何としても避けなければならない。どう伝えようかと悩んだ藍は何も言わずにコートの中に入っていった。

「?」
「証明する方が早いでしょ?飛雄、手加減は無用だから。本気で打って」
「そんなのダメですよ!!殺人サーブですよ!?!それに先輩女の子だし…」
「………いいんスか」
「うん」
「その、足は」
「一本だけなら大丈夫」
「ちょっと、王様正気?」
「そうだよ!売り言葉に買い言葉みたいな感じだけど、女の子だからな!」
「………?」
「日向くんも、そこの君たちも心配してくれてありがとう。でも大丈夫だから。ほら、部活始まる前に一本!」

ふぅーッと深く息を吐いた後、影山の空気が変わった。日向と練習していたサーブでは無く、本気のサーブを藍目掛けて打ち込んだ。ボールは回転しながら物凄い勢いで飛んでいき、藍は宣言通り綺麗な弧を描くようにレシーブしたのだった。