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「僕怒ってるんだけど何でか分かる?」


ノックもせずに入ってきたと思えば、第一声がコレだ。珍しくサングラスを外し、透き通った水色の瞳で私を凝視している。そんなに見られると冗談抜きで穴が空きそうなんだけど。


「連絡入れずに外出たから?」
「分かっててやったの?」
「心配してくれてるのはよーく分かったけど、過保護すぎ。お祖父ちゃんが亡くなったのにいつ帰ってくるか分からない五条を待つわけないでしょ」
「僕、特級だよ?そんなの早く終わらせるに決まってるでしょ」
「特級とかそういうのじゃなくて、私はね?一応直系の家族なの。連絡受けて直ぐに向かうのは当たり前の事なんです」
「ふーん」
「全然納得してないって顔」
「してないからね」
「してなくても納得して。明日も早いんだから自分の部屋戻って」
「ヤダ」
「ねえ、もしかしてこの部屋で寝る気?」
「ウン」
「いやいやいや、ダメだよ?」
「なんで?」
「なんでって…ダメなものはダメだからね」


五条の事だ、何度ダメと言ったところで聞くはずもない。いつの間にか五条の荷物が私の部屋に運ばれ、気が付けばお風呂上がりの浴衣姿で五条は私の部屋に居る。


「ちょっと!髪ベッチャベチャじゃん!ちゃんと乾かしなよ」
「ん」
「……やれって?」
「僕をすんごーーく心配させたのは誰?」
「誰だろうね」
「ほら、早くやんないと風邪引いちゃう」
「五条って風邪引くの?」
「引くでしょー、人間だもん。ほ〜ら〜、早く〜!」


あまりにもしつこく催促してくるから仕方なく濡れている髪を乾かしてあげたのが、五条は大変お気に召したようだった。その証拠に祖父の通夜葬儀だけではなく、最後の弔問客の見送りまで一緒にやってくれていた。


「本当に大丈夫なの?いくら五条が当主だからって、勝手にあんな事して」
「僕が黒と言えば黒になるし、白と言えば白になるくらい僕が絶対だから問題ないよ」
「それは五条家の伝統?当主の言うことは絶対みたいな」
「それは悟くんだからさ。悟くん、ちょっと藍ちゃん借りてもいいかな」
「いいけどなるべく早く終わらせてね」
「それは藍ちゃんの返答次第かな」
「え?」
「藍。僕が支度しとくから "一緒に" 高専戻るよ」


話しを聞くまで五条は何で一緒に帰る事をあんなに強調しているのか、真剣な眼差しだったのか分からなかった。否、尊さんの話しがどんな内容なのか全く検討も付かずにいた。


「呪術高専はどう?苦労はしてない?」
「大丈夫だよ」
「ごめんよ。これまで通りに向かうの学校で学ばせてあげられなくて」
「ううん、大丈夫だからもう謝らないで?」
「この世界はきっとこれからも君の在るべき幸せを奪っていくだろう。自分の存在を恨む日がこの先訪れるかもしれない」
「尊さん?」
「今ならまだ間に合うんだ。霊力が無い君が望めば、五条家との婚姻を解消して在るべき幸せを手に入れる事だって出来る。後の事は何も気にしなくていいから、藍ちゃんの本当の気持ちを教えてほしい」
「……」


だから五条はあの眼差しで、あんな風に言ったんだ。ちゃんと私に選択させるために。


「私は私の意志で五条との婚約を選んだの。確かに普通の幸せなんて無いのかもしれない。この道を選んだら不幸になるのかもしれない。それでも、私は彼と"一緒"に呪術高専に帰ります」
「本当にいいのかい?」
「うん。だって、私思っているよりずっと好きだから。五条と一緒にいるの」
「そうか、そんなに悟くんの事好きになっていたのか。それなら要らぬ心配だったかな」
「別にそんなんじゃないもん」
「ふふ、そうかそうか」
「違うからね?」


話しが違う報告に進み出したところで扉からノック音が聞こえた。此方の返事を待たずして、扉を開け入ってきたのは二人分の荷物を持った五条だった。


「話し終わった?」
「今終わったよ」
「で?僕と帰るの?」
「うん」
「まぁ〜、帰らないって言っても連れて帰ろうと思ってたけどね」
「それは全力で阻止させてもらうけどね」
「尊さんには無理でしょ」
「やってみないも分からないよ?」
「じゃあ、やってみる?」
「やりません!」


そして、五条が高専を卒業した翌年。お互いに二十歳を迎えた12月24日に私は五条家に嫁いだ。