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高専での生活にも慣れてきた頃、気が付けば五条の一人称が俺から "僕" になっていた。その理由は聞いても教えてくれないのだが、少なからず彼の影響だろう。


「……あの…さ、ちょっと話あるんだけど、藍借りていい?」
「なんでそんな畏まってんの。浮気でもしたのか?」
「別にいいけど」
「良かったな。許されたぞ」
「違うから!」
「今じゃないとダメな話し?」
「……今がいい…デス」
「歯切れが悪いな」
「哨子はちょっと黙ってて」


夕食後、哨子と談話室で話しているといつもの雰囲気とは全く違った五条が話があるとやって来た。どんな話しなのかは全く見当も付かないが、そのまま五条の部屋まで連れて来られた。


「話しって?」
「あ〜〜、あのさ…ほら、天内の…ときのこと覚えてる?」
「覚えてるよ」
「じゃーさ、僕を襲ったヤツも?」
「……うん」
「ソイツがどうなったかは?」
「聞いた」
「ソイツさ、禪院家の人間だったんだよね。しかも、来年にはソイツの息子が禪院家に売られる」
「うん」
「その息子を好きにしていいって言われてさ」
「……?」
「その子の返答次第では僕が後見人になろうと思ってる」
「そう」
「え、それだけ?反対とかしないの?」
「じゃあ聞くけど、私が反対したら辞めるの?その子の後見人になること」
「辞めないけど」
「詳しいことはよく分からないけど、五条が後見人を名乗り出るくらいなんだからその子には術師としての才能があるんでしょ?」
「んーー、そこはまだ分かんないんだけどね。まあ、でもアイツは視える側で、おまけにコッチ側だとも思うんだよね」


五条の話振りからして例の息子くんにはまだ面と向かって会ってはいないのだろう。既に彼の母は他界していて、今は義理の母と姉と暮らしているらしい。


「ねえ、さっき言ってた "コッチ側" ってどういう意味?」
「ああ、それね。あの子は本家本流には発現しなかった禪院家相伝の術式を継いでる。僕と同じようにね」
「じゃあ、その子の後見人になって禪院家に売られるのを阻止した後はどうするの?」
「将来は呪術師になってもらうよ」
「……なら五条が師になれば?」
「は?」
「呪術のことも呪霊のことも何も知らないなら、その力を誰にも悪用させないためにも、五条が師匠になって教えつつ育てればいいんじゃない?自分と同じ思考を持つ呪術師に」
「……」


同じ思考を持つ呪術師を育てればいいという私の言葉に五条はあからさまに嫌な顔をして私を見ていた。その顔は幼い頃と変わっていなくて笑ってしまいそうになる。


「"俺"にできると思ってんの?誰かに教えるとか」
「五条悟は最強なんでしょ?」
「それ答えになってないけど。まぁ〜〜、やってみるか」


そして、五条はこの日話していた通り伏黒恵くんの後見人となった。後から聞いた話しだが、五条が会いに行く少し前に幼い彼らを置き去りにして義母は蒸発してしまっていたそうだ。


「紫藤。家から電話だ」
「はい」


その年の冬、祖父が亡くなった。五条が任務に出ている間に連絡が来たのもあり、私は約半年振りに一人で高専の結界外に出て紫藤家へと向かう。祖父ではあるがこの家に来てからも一緒に過ごす事はあまりなく、悲しいという感情は無かった。


「ああ、良かった。無事に着いたんだね」
「はい」
「悟くんにも連絡はしてあるから」
「任務中だし、たぶん明日には間に合わないと思うけど」
「とりあえず今日はゆっくり休んで。悟くんが着くまでは見張りをつけるから、何かあったらすぐに知らせるんだよ?いいね」
「はい」


今回の任務はかなり遠く少しややこしいものだと言っていた。明日の通夜などには到底間に合わないと思っていたのだが、日付が変わる少し前、息も切らさず涼しい顔で五条はやって来た。