紗倉藍、29歳。臨時教員として全国の高校を転々としているのだが、それは表向きの顔。本職は日本の公安警察官で本名は紫藤藍。通称ゼロと呼ばれる、警察庁警備局警備企画課に所属している。同じくゼロに属する降谷零とは警察学校からの同期である。
−東京都米花市帝丹高校への赴任を命ずる−
少し前に出た辞令により藍は数年ぶりに拠点を東京に戻すことになった。紗倉名義で借りる部屋に拘りは一切ないため、直属の部下がいつも手配してくれていた。もちろん、今回も例外じゃない。
「ご自身の家じゃなくてもいいんですか?」
「いつ東京に戻れるか分からなかったからあの部屋引き払ったの」
「え?!」
「そっちはじっくり探す」
「じゃあ、荷物はこれで全部ってことですか?」
「うん。その方が引っ越しやすいからね」
荷物の少なさに驚きながらもテキパキと段ボールを運び入れているのは、直属の部下の佐野悠馬だ。警視庁公安部に属する27歳と若い分類になるが、とても優秀である。他にも候補はいたのだが、藍は彼を選んだ。理由は特に無い。ただ、自分の直感に従っただけである。
「これで最後です」
「思ってた以上に早く搬入終わったね」
「それは紫藤さんの荷物が平均よりかなり少ないからですよ」
「紗倉の部屋は必要最低限の物があれば事足りるから」
「では、自分は一度戻ります」
「了解」
「何かあればすぐに連絡して下さい。速攻で駆け付けますんで。それと、軽食やコーヒーは少し先の"喫茶ポアロ"がオススメです。ハムサンドが特に美味いです!」
佐野は少年のようなキラキラした顔でハムサンドがどれだけ美味しいのか力説し、満足気に警視庁に戻っていった。熱がこもった話を聞いて藍は思う。要はサンドウィッチだろう、と。たかがハムサンドにあそこまで熱がこもるもの?と疑問に思う。ああ、きっと、彼はコレを狙ったのだろう。少しでも"喫茶ポアロ"に興味を持たせるために。近所も把握しておきたいし、ちょうど小腹も空いてきたところでもある。そんなにオススメならば行ってみるか、と貴重品だけ手にし藍は家を出た。
「……?」
コンッと何かに当たった気がした藍は立ち止まって足下を見る。すると、日光に照らされた小さな何かが光っていた。
「……バッジ?…DETECTIV BOYS…?」
DETECTIV BOYS。直訳すると少年探偵団だ。少年が探偵だなんてあり得ない。とは言え、それ以外に手掛かりはない。どうやって持ち主を探そうか考えようとした矢先、複数の足音が聞こえてきた。小学生低学年くらいの子たちだ。
「この辺りのようですね」
「どこにも落ちてねーぞ?」
「誰かに蹴られてどっかに飛んでっちゃったのかなぁ?」
「歩美ちゃん、ちょっと呼びかけてみてくれない?」
「うん!」
「どこかに落ちてたとしても歩美ちゃんの声が聞こえてきますもんね!」
何かを落としたのか、子ども達は足下を見ながら何かを探している様子だ。もしかしたらこの手の中にあるバッジを探しているのかもしれない。藍の近くにいたメガネの少年に声をかけようとねえ、と声を出したのとほぼ同時に手の中から少女の声が聞こえてきたのだ。その声に子どもたちが一斉に藍を見た。
「!」
「…お姉さん、もしかしてこういうバッジ持ってる?」
「あ、うん。そこで拾って」
「お姉さんが拾ってくれたんですね!」
「だから落ちてなかったんだなー」
「見つかってよかったね!元太くん!」
「ごめんね、声かけようとしたんだけど。声が聞こえてきてビックリしちゃって」
一番近くにいたメガネの少年に手に持つバッジを渡そうと少し屈み目線を合わせた時だった。ある日を境に音沙汰が無くなった同期に似た人物が現れたのは。
「おや?君たちは…どうかしたのかい?」
「安室の兄ちゃん!」
「!」
「元太くんが探偵団バッジ落としちゃって、みんなで探してたんだよ!」
「僕も手伝おうか?」
「大丈夫です!もう見つかったので」
「このお姉さんが拾ってくれてたんだ。ね?」
「……え?あ、うん」
「お姉さん?どうかしたの?」
「ううん、なんでもないよ。はい、これバッジ」
「おう!サンキューな!」
「ったく、気を付けろよな」
「博士が知ったら泣いちゃうね!」
聞き間違いじゃない。確かにあの子は目の前にいる降谷そっくりな人物を"アムロ"と呼んだ。じゃあ、彼は別人?ドッペルゲンガーってやつ?怪しまれないよう"アムロ"と呼ばれる男を見ると、彼は胡散臭い笑顔でこう言った。
「初めまして、ですよね?僕は安室透と言います。あなたのお名前は?」