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工藤新一。高校生探偵と世間から持て囃され、つい最近までメディアの前で自信満々に自らの推理を話していた青年だ。そういえば最近静かだなと思ったら彼は学校にも来ていないらしい。聞けば自ら表舞台に出ていた彼が専ら出なくなったとほぼ同時期のようだ。

「へえ。その工藤くんのご両親からは何か連絡が?」
「お二人共今は海外みたいで」
「じゃあ、自宅には工藤くん1人で?」
「だと思うのよね。いくら工藤くんがしっかりしてるからって言っても、未成年は未成年じゃない?だから紗倉先生様子を見てきてくれないかしら」

まあ、そうだろう。何せ自分が彼の担任なのだから。これで何食わぬ顔で工藤新一が出て来たらどうしてやろうかと大人気ない事が頭を過りながら藍は工藤邸のベルを鳴らす。

『はい』
「私、帝丹高校の紗倉と申します。息子さんの事でお話がありまして」
『すみません。私は彼の身内ではなく、留守を預かる者でして。立ち話も何ですしどうぞお入り下さい』

工藤一家の身内ではない怪しい男に案内されるまま藍はリビングにあるソファに腰を掛けた。この男、何者?少なくともこの家に入るまでに複数、そして今もどこからか視線を感じている。見られているというより、見張られているが近い。

「失礼ですけど、あなたは?」
「私は沖矢昴と言います。縁あって此処に住まわせてもらってるただの大学院生ですよ」
「縁?」
「ええ。住んでいたアパートが火事になってしまいましてね。彼が工藤さんを紹介してくれたんですよ」

藍の真後ろを見て "彼" と言う沖矢の視線を追うように振り向くと、そこに居たのは何度か会った事のあるメガネの少年だった。

「コナンくん?!」
「久しぶりだね、藍お姉さん」

さっきまで感じていた視線は恐らくこの子のものだろう。にっこりと可愛らしい笑顔ではあるが、声色は年相応では無い。まるで大人のようで、"何か" を探りたいようだ。

「どうしてコナンくんが工藤新一くんのお家に?」
「藍お姉さんこそどうして?」
「私ね、新しく帝丹高校に赴任した工藤新一くんの担任の先生なの。学校を何日も休んでる工藤くんの様子を見に家庭訪問に来たの。これからの事も伝えなきゃいけないし」
「これからのことって?」
「それは君には話せないかな」
「では、代わりに私が聞きましょう」
「なぜ?あなた、赤の他人なんですよね?」
「ええ、まあ。血縁関係は無いです」
「なら尚更話せません。新一くん本人もしくはご両親にお話しすることですので」
「だそうだよ、コナンくん」
「新一兄ちゃんにはボクから先生が来たこと伝えておくよ」
「新一兄ちゃん?」
「ボクは新一兄ちゃんの遠い親戚なんだ!」

この攻防のやり取り中、誰かに何かを聞いていたのか携帯に届いた何かを確認した後コナンは先ほどまでの大人びた雰囲気から一気に少年になって工藤新一とは遠い親戚だと言った。

「え?工藤くんと親戚?」
「うん。ごめんね、藍お姉さん。新一兄ちゃんから、俺を訪ねる悪い人が来るかもしれないからもし来たら注意してくれって言われてたんだ。だから、本当に藍お姉さんが高校の先生か疑っちゃって」
「それで私の疑いは晴れたのかな?」
「うん!蘭姉ちゃんに聞いたら、担任の先生だって。疑ってごめんなさい」
「蘭姉ちゃん…?君、毛利さんとも知り合いなの?」
「知り合いっていうか、ボク、蘭姉ちゃんのところで居候させてもらってるんだ」

なるほど。だから会話の途中で怪しまれないように毛利さんに一報を入れていたというわけか。それにしても、話せば話すほど、仕草や話し方を目の当たりにすればするほどこの子が小学生だとは思えなくなる。

「?ここには?沖矢さんも新一くんもいるのよね?」
「それはこの子のご両親の意向で、毛利さんにお願いしたようですよ」
「なるほど。では、この家には基本的にあなた1人ということですか」
「ほぉ。どうして私1人だと」
「いくらご両親の意向だとしても顔見知りである新一くんではなく、他人の毛利さんにコナンくんを任せているということはここに新一くんはあまり帰って来ていないということ。つまりは、普段はあなたが1人で暮らしている、ですよね?」
「そうなりますね」
「今ので大体分かりました。新一くん本人もしくはご両親にお伝え下さい。一度学校連絡が欲しいと」
「それって学校じゃないとダメ?藍お姉さんに直接とか」
「ダメです」

それにしてもさっき言っていた "俺を訪ねる悪い人" というのは彼が存在を隠すようになった事と何か関係がありそうだ。外の異様な視線の多さ、この沖矢昴という得体の知れない怪しい男について後で佐野に調査させよう。この男、安室透と一緒で何かを隠している。

「そういえば藍お姉さん。安室さんとはどうなったの?」
「どうって?」
「あの日、帰りに何か貰ってたよね?安室さんから」
「…………あ、名刺だ。名刺もらったけど」
「何か書き込んでたように見えたけど、何もなかったの?」

まさかと思って仕舞い込んでいた名刺を引っ張り出して裏返してみると、見やすい綺麗な字で連絡待ってますと個人の連絡先が書かれていた。

「ほぉ。これは興味深い」
「全然興味深くないですけど」
「安室さんに連絡しないの?」
「しないしない」
「どうして?」
「今更でしょ?」
「確かに。それは一理ありますね」
「藍お姉さん。本当に安室さんと知り合いじゃないの?」
「知らないよ。安室透なんていう胡散臭い人は」
「ホォ」
「では、私はこれで。お邪魔しました」
「藍お姉さん待って!ボクも一緒に帰る!」

そう言って数本の本を袋に入れ、コナンは藍の後を追いかけてきた。余程ホームズが好きなのだろう。子どもらしく嬉しそうな顔で手に持つ袋を眺めている。

「前見ないと転んじゃうよ」
「紗倉ちゃんといるとガキンチョもちゃーんとお子ちゃまに見えるのね」
「鈴木さん?」
「なんで園子姉ちゃんが」
「蘭もいるわよー。安室さんが試作品を試作して欲しいって、ちょうど工藤くん家に紗倉ちゃん居るって話したら是非って言うから迎えに来たってわけ」
「先生安室さんと知り合いなんですか?」
「あーーーーー、それは……」
「何度か行ったことがあるだけです」
「ガキンチョ。あんたなんか知ってんでしょ」
「…………藍お姉さん、行くの?」
「この状況で断れるとでも?」
「だよね」

ポアロまでの道のりを和気藹々と話しながら歩きながらも頭では工藤邸での情報を整理しつつ、考察をしていた。普段なら絶対に断るところだが思考をフルに巡らせている藍の体は甘いものを欲していたのだ。そして、ポアロのドアを開けて数分後来なければ良かったと心底思うことになる。