あいしています
真っ白な髪が月光に照らされて、潮風に揺れる。シスターのような服を着た私は、毎日の夜の祈りを忘れず、手に持った十字架を両手で握り、目を瞑る。
貴方が私を殺してくれるまで、私は貴方の為に生きましょう。
貴方が私が死ぬのを望んでくれる限り、私は貴方が生きることを望みます。
最愛の友人。たった一人の故郷の生き残り。
誰よりも恨んで、憎んで、あの幼い頃、無垢な愛情を注いでくれた貴方に、私は愛情を持って貴方のそれを受け入れましょう。
────────トラファルガー・ロー……貴方には私を殺す、その資格があるのだから……
☩❉☩❉
今でも昨日のように思い出せる。私はしがないのファンタジー好きな女に過ぎなかった。毎日飽きることなく、2次元の別世界に描かれた物語を読み漁り、時には小説を読んで、アニメを見て、そこそこ幸せな、なんとない日々を送っていた。
けれど、突然プツンと電源が落ちたみたいに視界が真っ暗になった瞬間、膨大な見たことの無い景色、会話、沢山の情報が頭の中で暴れ回り、脳みそが悲鳴をあげ、なまるい、そして息苦しい場所に閉じ込められる。
何とかそこから這い出でれば、ぼんやりとする視界の中、見たことの無い人達に囲まれ、私はフレバンス──────────御伽噺のように美しい真っ白な国に生を受けた。
それは本当に夢のみたいな出来事で、痛みを感じる脳がこれが現実だと理解させてくれた。
フレバンス……この美しくも真っ白な街は、私の好きだったストーリーに出てくる国であり、いつか滅びることを約束された世界の一部。
そして、いつか大人になり、海賊になる、私の一番好きだった二次元の存在。トラファルガー・ローの生まれ育った国。
そんな国に、転生と呼べばいいのか分からない状態で、こちらの世界にきてしまったのだ。
「おい、大丈夫か?メアリー」
ぼんやりとした頭で視線を横にずらせば、白いモコモコの黒いぶち模様のついた帽子をかぶった少年がこちらを心配そうに見つめていた。
きっちりと制服を着る姿は、彼の几帳面さを現しているようだ。混乱する頭は直ぐに、彼が誰なのか、そして私が彼とどんな関係であるのかを思い出させてくれた。
トラファルガー・ロー。私のこの世界の幼馴染であり、学友である存在だ。そして私は、この国一の名医であるローのお父様によって治療を受け、病室でいまさっきまで眠っていたのだ。
もう一度名前を呼ばれ、なんともないように彼に笑いかける。
「うん、ローのお父様が言うには、変な模様の不味い変な食べ物を食べたショックかもしれないって」
「お前それもしかして悪魔の実ってやつじゃないのか!?
……よくそんな貴重なもの食べようと思ったな」
「いやあ、私のお父様に誕生日にオネダリしておいたんだけどまさか本当に買ってきてくださるなんて思わないじゃない。
つい嬉しさと珍しさでついすぐにパクッと……」
「簡単にパクッとそこら辺のリンゴを食べるみたいに言うなよ…悪魔の実って貴重な上にとっても不味いって言うのに……ほんとに変わってるな」
呆れながらドン引くローの言うことは最もで、私も死ぬほどまずい果実を食べることでこんなことになるとは微塵も思っていなかった。
けれど胃に入って消化されてしまったものは仕方ない。海が大半のこの世界で金槌になるのは致命的すぎるし、正直とてもきついけど、それでも今回食べてしまった悪魔の実がどんなものなのか、記憶の濁流の中で見つけた、辞典の1ページを思い出し、それが何か私にはわかってる。
「何事も口に入れて食べてみなければ分からないものなんだよ!
ほら、タコやイカがうねうねしてるけど焼くと美味しいのと同じで」
「そんなのと比べるな!!」
「あっはっはっは!」
「メアリー……お前ってやつは全く……」
ベッドで上半身だけを起こして笑う私に、まだ齢7歳の彼はベッドに身をのりあげて、仕方の無いやつだと呆れられ、次には、私の頭を優しく、妹と同じように撫でて、早く熱下がるといいな、と優しく微笑んだ。
「全く、私はローの妹でなく幼馴染なのにこの扱いは……さては年下とみているな?」
「メアリーは幼馴染だけどどちらかというと妹みたいなものだろ。お父様やお母様だってよく俺とお前が並ぶと兄妹みたいだって言うぞ」
「でもローよりも私の方が誕生日が早いんだから、先に歳をとる私がお姉さんの方が自然じゃないかな
ラミちゃんという可愛い可愛い妹が既にいるんだから弟気分を味わい給えよ」
「トラファルガー家の長男だから俺の方がお兄ちゃんでいいんだよ!」
「えー、それ関係なくない?」
「きっとメアリーのご両親に聞いても同じこと言ってくると思うぞ」
「ちょっと!ここでお父様達を出してくるのとってもずるいとおもうんだけど!」
身体に精神が引っ張られるのか、私はつい子供っぽい返しをしてしまう。けれど、それに慣れてるローは愛おしげに私を見て、次には髪型を崩すようにわしゃわしゃと頭を撫でてくる。その仕返しに、帽子を奪い取って同じく髪の毛をぐしゃぐしゃにしてみれば、お互い変な髪型になってつい一緒に笑いだし、騒がしくなった部屋で、彼のお父様に仕方がないなと言わんばかりに怒られた。
少し心が落ち着き始めると、まだ幼く、3年後には地獄を見るであろう少年と、自分自身に、私は内心、とてつもない不安と恐怖、そして嫌悪感に支配されていた。
そして、私の食べた悪魔の実───────ピスピスの実、それはこれからの私の、そして最愛の幼馴染である彼をわかつ、運命の一欠片に過ぎなかったことを、すぐに知ることになる。
本来、私が食べるはずの悪魔の実は、全く別の医療に関わるものであった。けれど、私がわざと業者の手違いを発生させた事により、私はピスピスの実を食べた。……つまり、ピストル人間になってしまったのだ。
お父様は半狂乱状態で業者に文句を言い、お母様はその事実に泣き崩れた。まさか、自分の子供が人を殺せる能力を持ってしまうとは夢にも思わなかったのだろう。将来は医者の道へと考えていたのだから仕方の無い反応だ。
だが、これはメアリーが考えた筋書きだった。何故かと言えば、まだ幼い彼女は陽気で明るく、可愛らしい少女だったが、その内面で、人々の事を頭が痛くなるほどに無意識に観察してしまっていた。
それは、生まれ持ってついていた見聞色の覇気による才能ゆえの問題だった。覇気を使えたメアリーは、体に蓄積されている毒、すなわち珀鉛について幼いながら理解し、既に手遅れの状態であることを知った。その抵抗をすべく、数年の間に最悪の事態が起きることを想定し、何とか身体から鉛が摘出できる力────────悪魔の実の能力に頼ることにしたのだ。
これはメアリーにとっての賭け、時間のない自分の体をどうにかし、フレバンスに住む国民を助けるために起こした騒動。
そして唯一手に入れられた実がピスピスの実。身体の至る所をピストルに、銃器に変換する力。そして、銃弾を打ち出す力。
つまりは、身体に溜まった毒素の元である珀鉛を鉛として、銃の弾にし排出できるのではと考えた。メアリーの意志に従い、ひっそりと能力について調べれば、彼女の予想は当たり、そして、最悪なことが分かる。
自分の体の珀鉛は銃弾として排出できるのに、他人の珀鉛を体に吸収し、排出するということが出来なかったからだ。それが分かったのは、たまたま学校で飼育していた兎を実験として使ったときだ。生きたうさぎの皮膚に白い模様ができているのを見た瞬間、私はその兎に小さな傷を作り、触れ、鉛を吸収しようとしたが、出来なかった。
けれど、その後、数日の間に死んだそれからは鉛が回収できた。
つまり、無機物である銃弾の原料単体は吸収できるが、生きている存在からそれらを吸収することは出来ない。死んだ後にしか回収ができないのだ。
その事実を知って、私は自分の無力を知る。
夢小説でよくある救済なるものを期待していた。だって、折角転生してしまったのだから、それが普通でないのかと思うじゃないか。けど、現実は救済なんてものを、許してはくれない。
何も知らないまま、人々はこのフレバンスで、じわじわと身体を蝕む毒で経済成長を遂げ、豊かで、誰もが夢見る白百合のような、一瞬でとけてしまう雪のような国で生きる。
海軍は、政府は、王族たちは、黙ってそんな国民たちを生け贄に、金を貪っている。
恐ろしい程に穢いその現状に、吐き気をもよおす。
そんな現状に、一体どうすればいいのか。私は迷い、悩み、一つの結論に導かれた。
そうだ、救済の道はあるではないか。自分のこの手に。
今何をしても手遅れならば、私の手で終わらせればいい。痛みのないように、安らかに眠らせてあげればいい。
きっと、私は、これ以上メアリーという少女を傷つけないための存在なのだ。そのために、身体に鉛を貯め、打ち出すことの出来る身体になったのだ。
この世界に存在しないピストルを、サイレンサー付きのそれを右手に形成して、作った的に狙い撃つ。真ん中を撃ち抜いたその時に、私は笑う。
残りの3年間、唯、その彼の終わりであり始まりの時を待ち続けよう。
そして、1人残らず苦しませずに私の手で終わらせよう。
シスターから貰った十字架にキスをし、ゆっくりと軽くなった足でローの元に向かう。
私がこの世界で初めて出会った希望の一つに、世界で一番恨まれる未来を予想しながら、心からの笑みで彼に接するのだ。
☩☩☩
トラファルガー・ローにとって、メアリーという少女は幼馴染の薬師であり、家族のように大切な存在だ。
悪魔の実を口にして高熱を出した時には目がとび出そうなほどあわて、妹と一緒になって彼女の看病をし、暫くして自分の父親からあとは熱が下がるのを待つだけだからと正式に病人であるメアリーの看病を任されるほどに、親しい間柄。
そんな彼女が、悪魔の実を食べてからというもの、少し違和感を覚える、というか、おかしいことが起きた。
それは、いつも陽気に笑って勉強ばかりの自分を外に連れ出す事が極端に減ってきている、というものだ。
自分と同じ、けれど少し違う色彩をしている黒い艶のある髪をなびかせ、お揃いの双眸を緩め、微笑み、ロー、と呼ぶ声。それが最近減ってきている。
彼女自体、隣の薬局の娘として働いていることもあって、薬の研究などに没頭し、自分が逆にこんを詰めすぎだと連れ出すことは何回かあったが、それでも、変だと思うほどに彼女はよそよそしい。それどころか、笑顔が減ったような気さえした。
だから、ローは次にメアリーに会った時、何があったのか、何か困ったことは無いのか聞こうと、そう決めたのだ。
メアリと二人きりになったのは学校で掃除当番をしている時だった。
テキパキと2人で息のあった掃除をし、そうそうに片付け、あとは帰るだけ、となった時にローはじゃあお先に〜と、笑うメアリーの手首をつかみ、止めた。
驚くメアリーに、ローはじどーっとした目を向け、見つめられたメアリーは、困惑しながら彼の名を呼ぶ。
「なあ、メアリー、お前、何かあったの?」
「何かって?」
きょとんとした顔で小首を傾げるメアリーは、じいっとローの黒曜石のような双眸を見つめ返す。
内心、メアリーは大変困惑していた。まさか、ローにこのように捕まるとは思っていなかったからだ。
もう、己の名前を忘れる程にメアリーと同化し、記憶の引き継ぎと共に、やることが見えた彼女は、ひたすらに身体を鍛えていた。特に、生まれ持った才、見聞色の覇気を。
森の中を目隠しをつけ、木々を避けてはしったり、そのまま的を動きながら撃ったりなど、殺すための技術を彼女は密かに誰にも知られないようにつけていた。それが出来たのは彼女の知識にサイレンサーという発砲してもあまり音の出ないピストルが頭の中に設計図として存在したからだ。
他にも筋肉をつけるために筋トレをしたり、他の国が攻め込んできた場合、どこから始末をするべきか、自分の体で銃を作れるのは最低でもどれほどなのか、など、そんなものを調べていた。
その時間が、ローにとってのとてつもない違和感、もとい、不自然な動きの正体だ。
内容を知らないにしても、知られたら困ること間違いない。
「何時もならお構い無しに俺に構ってくるのに、それに、ラミだって最近ずっと来てくれないって泣いてたぞ。
メアリーがいなくって寂しいって」
「うーん、最近忙しかったからなぁ……」
そういっても、手を離さないこの秀才に、きっと何を言っても無駄だろうと、メアリーは最重要事項を伏せ、ローに悪魔の実の訓練をしていることを伝えた。それは、彼にとっては予想外のもので、動揺させるには十分の内容だった。
「本当はお父様達は私が薬師として活躍できるように植物を育てたりとか、調合についての悪魔の実を食べさせるつもりだったの。
ほら、私って薬を作る以外脳がないじゃない。
だから、とても残念がってて……
もし、今回食べてしまった悪魔の実で不慮の事故なんてものが起きたら大変でしょ?
だからお父様達に隠れてこっそり制御するのを練習中なの」
「だから、ずっと来なかったのか」
「うん。それに、ローはお医者様になるんでしょ?
こんな物騒な子が近くにいたらトラファルガー家に迷惑がかかっちゃう。ローにも迷惑がかかる。
だから、何ができるのか、何ができないのか、きちんと理解して、自分を安全なものにしたいの。
きっと海楼石を付ければ早い話なんだろうけど、そう簡単に手に入るものでもないし、お父様達にさらに迷惑をかけてしまうから
だから、暫くローの所へは行かないって決めてたの」
「……そんな、事だったのか」
「へ?」
「お前が悩んでたのは、そんな事だったのかって言ったんだ。
確かに、メアリーの食べたものは酷く危険なものだ。けど、使わなければ何も問題ないんじゃないのか?
確かに制御するのは大切だけど、でも、それで蔑ろにされる程の関係じゃないと、俺は思ってたんだけど」
「ロー?」
俯くローは、悔しそうに歯を食いしばり、眉間に皺を寄せ、キッとメアリーを睨む。それにビクッと肩を揺らせば、更にローの彼女の手を掴むての力が強くなる。
「俺は将来名医になる。お父様の様な、いや、お父様を超えるようなどんな人でも治せるような、そんな名医に。そこにメアリーがいて欲しいって俺は思ってる。薬師のメアリーに名医の俺。2人合わせれば治せないものなんてきっと無いはずだ!
だから、そんな理由で俺のところに来ないようにする、なんて言うなよ。メアリーのこと迷惑なんて絶対に思ったりしない。約束する」
「で、でも……」
「でもも何も無い!いいか、俺がいいって言ってるんだからいいんだ」
むっすりと、そういったローに、思わずぽかんとメアリーは口を開け、次にはくすくすと笑う。それに、瞬くローを見て、メアリーは堪らずローを抱きしめた。
なっと、声を出すローに、メアリーはぎゅうっと抱きつき、ありがとう、と小さくお礼を言う。すると、ローは、戸惑いつつもメアリー背に手を伸ばし、同じように抱き締めた。
「ねぇ、ロー約束してくれる?」
「何をだよ」
「もしも、もしも私が間違ったことをしたら、私のことを止めてくれるって、そんな約束。それと、絶対にどんな人でも助けちゃう名医になるって、約束」
「そんなの、約束しなくても別に……」
「いいから、約束して」
強いメアリーの願いに、瞳に、ローは頷く。そして、1歩離れたメアリーが差し出した小指に、自分の小指を絡ませた。
指切りげんまん。その歌を歌って、彼らは約束する。
ひとつは必ず守れない約束だとメアリーは理解しながら、約束したのだ。
今の彼が惨劇の日に自分のことを止めるのが無理だと知りながら。