しっぱい
メアリーの銃撃の音を背に、サンジも合流し終えたサニー号にひとまずシーザーを運びこんだ瞬間、ふるふると身体を震わせ始めたシーザーは感極まったような、歓喜を含んだ声で叫んだ。
「あの悪魔──────本当に使いやがったッ!!!」
自分の作った薬品が打たれる瞬間を見た。
そのあと一瞬にして発揮されたあの力、瞬きにしか見えなかったが、シーザーは己の作った薬の威力に笑いを堪えられずにいた。
唯ならぬ様子に嫌な予感を覚えたローは、瞬時に“ルーム”を開き、シャンブルズでメアリーを喚ぶ。
そして、その姿に驚愕し、怒りが込上げる。
血の涙に爪が剥がれ落ちたせいで真っ赤に染まる指先。興奮剤か何かのせいか、開ききった瞳孔に異常な脈動。どう考えても普通でないその様子に、呆然とこちらを見上げるメアリーに、どういう事だ!!と、声を荒げた。
「ろ、ロー、これは、ッ、!!、ゲホッゴホッ!!」
咳と共に吐血したメアリーの顔色は真っ青を通り越して白くなっており、苛立ちながらローは己の胸からシーザーの心臓を取り出すと、こいつに一体何をした!!!と、問い詰める。
そうすればシュロロと笑い声を上げていた時とは一変し、日いっと悲鳴をあげ弁明する。
「全てはその悪魔の要望だ!俺ァただそれに従っただけに過ぎねぇ!」
「要望だと?」
苛立つローは視線をメアリーに戻すと、彼女はそっと視線を外し、肩で息をする。こうなっては埒が明かない。話している余裕すらない。
今この瞬間にも藤虎の乗る軍艦とドフラミンゴが迫ってきているのだ。
ローは、己の心臓を船室から持ってくるとそれを埋め込み、ナミに早々の出航を進言する。
「まって、私も行くわ!まだ戦えるッ、まだ立ち上がれる!」
「だめだ。こいつらと一緒にメアリーはゾウに行け」
「けど、」
「駄目だと言ってるだろ!!!!」
「っ、」
震える足で立ち上がったメアリーに怒声をあげる。びくっと肩を跳ねさせたメアリーは、今にも泣きそうな顔で彼に手を伸ばす。それを拒むようにして、メアリーの肩を押す。
「黒足屋」
そうすれば、丁度後ろにいたサンジの方にメアリーは倒れ込み、唖然とした顔でローを見た。
優しくメアリーを抱きとめたサンジは彼女の今の姿に熱湯を飲み込むような気持ちで見て、痛々しいその姿にこれ以上はダメだと言うことなのだろうと、ローの目を見てわかった。
けれど、そんなのメアリーは構わない。いくら自分が傷つこうと、戦いとはそういうものなのだから。
「いやよ、ろー」
「わたし役に立てなかった?まだ足りなかった?アイツの首をもう少しで切ろうとしたのがダメだったの?」
「…………」
「メアリーちゃん、落ち着いて」
「ロー、嫌よ。黙ってないで何か言ってよ。貴方のためなら私なんにでも成れるから、だから一人で行こうとなんてしないで……っ」
悲鳴に近い声だった。血の涙は透明な涙へと変わり懇願する彼女を切り捨てるように、彼女がもう傷つかないようにとローは背を向ける。
───────そうだ、こいつはこういうやつだったんだな
自分のいない間に、より無茶をするような人間になっていたんだと改めて思い知らされる。
「……次会うときはゾウでだ」
「!!」
「ナミ屋!!早く船を出せ!!ドフラミンゴたちが来る!!シーザーを渡すな!!」
「わかってるわ!!作戦道りに1度離脱すればいいんでしょう?」
「いや、そのままゾウへ迎え」
「え、」
「シーザーを絶対に渡すんじゃない。分かったら早くしろ!!」
「ちょっと待ってよ!!私たちは麦わらの一味よ!!船長を、クルーを置いて船をそのまま出せるわけないじゃない!!」
けれど、そのナミの主張も虚しく迫り来るふたつの驚異から逃げ出すため、クードバーストで離脱することになり、一時的にメアリーはローと別れることになる。
その彼女の瞳に映る色はなんなのか、それはその場で間近にいたサンジしか知らない事だ。
☩☩☩
傷だらけの可愛らしい女性だ。
それがメアリーちゃんへの第一印象。
トラ男に殺されるために生きてきたという彼女の信念には、揺るぎないものがあった。譲れないものがあった。
それを受け入れるようにして、トラ男は彼女を救いあげた。
俺の横で俺の作ったスープを啜る彼女は礼儀正しく浮世離れした雰囲気があるが、先程の戦闘を見れば強敵だろうことが分かる。手配書でたまたま見かけた美女の中でただ一人ALL DEADという死という運命を背負う存在。
それがどれほど重たいものなのか、どれほど世界に死を望まれているのか、わかってしまう文字列に嫌気がさす。
そんな彼女に悔しいが光を差し出すのはトラ男ただ一人。
それほどまでに慕う存在に突き放された彼女が何をしでかしてしまうのか、そんなのを考えてしまえば簡単な事だったんだ。
クードバーストでドレスローザ近海まで逃げた俺たちはひとまずルフィ達と連絡を取り合うことにした。
その間、メアリーちゃんはチョッパーに治療されていた。血のにじむ指先の包帯。レディがしていい傷じゃない。血のあとも拭き、元の綺麗な顔になったが、瞳は死んだように濁ってしまっている。
「わたし、また……しっぱいしたのかしら」
俯きつぶやく彼女は膝を抱えてまだ姿の見えるドレスローザを見る。
「ただ、ローに無理をして欲しくなくて、ローに居て欲しくて、やった事だけど、やっぱり間違えたのかしら」
「メアリーちゃんの心意気はいいものだったかもしれない。でも俺だって目の前で仲間がそんな姿になったら……考えたくもない」
「サンジ……」
「トラ男にとってメアリーちゃんが大切だったから戦線離脱させたんだろう。何があっても失いたくないからこうして俺たちと一緒に逃がした」
「そう、そうなのかしら……」
「ああ……きっとそうだよ」
まるで迷子になった小さな女の子のようで、つい頭をくしゃりと撫でつけてしまえば、伏せていた双眸が俺を貫く。溢れる涙を止めもしないで、くすくすと彼女は笑うと、ありがとうと、小さくつぶやく。
そして、ゆっくりと後方へ何故か振り向いた彼女はねえ、とそこにいたシーザーに声をかけた。
「シーザー、あの薬を2回目を打つことって可能なの?」
「!?」
「メアリーちゃん!?」
「可能にゃ可能だが……お前死ぬ気か?……元々ある薬の副作用はそのままだが、肉体と脳を限界まで酷使しするんだ。身体に何らかの後遺症が残る可能性も捨てきれねぇ」
「やめろメアリー!!こいつの薬なんだろ!?ろくなことにならねぇ!!」
「メアリーさん、流石に私もどうかと思います!!」
「そうよ!アンタ今にも死にそうな顔色してるんだから」
「そ、そうだぞ!おとなしくしておけ!」
「……こんなに心配されるのなんて、どのぐらいぶりかしら……とっても嬉しいものだけど、ごめんなさい。ローが苦戦してるのが見えるの……ドフラミンゴに押されてる」
「えっ!?」
メアリーちゃんは涙のあとを拭って微笑むと着ていたトラ男の服をなんと、ぬ、脱ぎ捨てっーーーー!!!
包帯だけを巻いた体は引き締まっていて豊かな胸が抑え込まれなんというナイスバディ!!
鼻血が垂れ流しになるのをいつものように感じながら、十字架のネックレスだけは取らなかった彼女はそれを握りしめるようにして髪の毛で繭を作り出し始める。
「メアリーちゃん!! 」
「サンジ、ごめんなさいやっぱり私は戻ります。薬の効力も切れてないので、向こうまではちゃんとひとりで付けれます。
ナミ、シーザーをゾウへ、よろしくお願いします。
チョッパー、治療ありがとうございました。
桃色の子、声をかけてくれてありがとう。
ブルックさん心配してくれてありがとう。
シーザー……癪ですが、あなたの薬には感謝します」
「しゅろっ!?」
言葉を紡ぐ度にメアリーちゃんの繭は大きな砲台を形成していく。見たことの無い形をして、細く、そして長く遠くまで飛ばすことだけをみて形成されたそれに目を見張る。
「安心してください。私が消えたらここからこれも消えますから。
皆さん、ありがとうございました」
その時、彼女が微笑んだような気がした。
声をかけるまもなく、耳をつんざくような大きな音ともに砲弾となった彼女が発射される。光のような速さで飛んでいくそれは、間違いなくドレスローザに着くだろう。
サラサラと砂鉄になっていく鉄の塊をみながらおもう。
彼女に自分を大切にして欲しい、ただ傷つくだけの人にならないで欲しいと。
俺に彼女を止めることは出来ない。だからトラ男。お前が必ずメアリーちゃんを止めるんだ
☩✤☩✤
ローに見られなかったことがショックだった。
私を戦線離脱させるとき最後に見た背中は、死を覚悟してるそれなのだと直ぐにわかった。馬鹿な人。そんなの見ればすぐにわかるし、伝わってくる。
痛いほどの感情の濁流。
だから分からなかった。ドフラミンゴを1番殺したがってるあなたが殺すのを拒むのが……それが作戦だとわかってても、この作戦は根本から破綻しているの。
愁歎の中、後悔の中、果たそうとするあなたの本当の願いはなんなのか。あなたの恩人の成すべきだった事をすること、それが主なのだろうが、きっとそれだけでは無い。だから十三年の年月がたとうとその目的のためにあなたは貴方であり続けた。
心優しく愛情深い人に変わりなく私のことも受け入れようとしてくれた。
ごめんなさい、ロー。私はあなたのように優しい人には酷い人間だ。
きっとこれからも裏切り続ける。誓ったものも嘘になる。約束も破ってしまう。それほどまでにあなたが大事で、大切で仕方ないのだから。
でも、うれしかった。サンジたちの言葉。心配されるのがあんなに心地いいなんて、居心地が少し悪いだなんて、思いもしなかった。
私の体を包む包帯は私の髪が編み込んである特別製で砲弾になっても焼け落ちることは無い。
ローの服、もっと来ていたかったけど、これ以上ボロボロにすることは出来ないものね。
「待っていて、ロー」
直ぐにあなたの元に行くから。
☩☩☩
ドフラミンゴと藤虎の戦闘で苦戦を強いられ、コロシアム前まで飛ばされたローは肩で息をしながら刀を構え、ルームを展開する。
メアリーが引き受けていてくれたおかげで体力の温存は思った以上に出来ていたが、相手が相手なだけに隙を見せずにいるのもやっとだ。
その時──────上空から急速に接近するものに気がついた。
最初はまた藤虎こと思ったが、そうでは無い。その砲弾は純白で、太陽に反射し、輝いていた。
着弾したのはドフラミンゴとローの間。しゅう……と音を立てて熱を発するそれは、パラパラと外壁が糸がほどけるように解けていく。
そして、姿を現したのは先程戦線離脱をさせたはずのメアリーだった。包帯だけ巻いた状態で現れた彼女の胸元には十字架がしっかりとかけられている。
「あいたた……やっぱりこの距離の実弾になるの、痛いわねぇ」
焼けこげたチョッパーの巻いてくれた普通の包帯を残念に思いながら、立ち上がった彼女はくるりと体をローの方に向け、微笑んだ。
「メアリー!なんでてめぇここに!!船にいろと言ったはずだ!!」
「次、会うときはゾウと言われただけで、いろとは言われてないわ。それに、私まだ全然戦えるもの!」
ノーモーションでこちらを撃とうとしていた海兵の銃口に一撃ずつ精密な射撃をすれば、マスケット銃はいかれ、使い物にならなくなった。
慌てる海兵の声をBGMに、ふんっと鼻を鳴らすメアリーは、次には威嚇射撃として機関銃を作り出し、海兵たちの足元を撃ち抜きながらくるりと身を翻す。
「ミスターだって、私がいた方が面白みがあると思うでしょう?」
「フッフッフッあれで戻ってくるたァ、本当にローのことが大好きなんだなぁメアリー」
「あら、貴方には言ったはずよ。彼が私にとってどんな存在なのか。
そんな安い言葉で済まされる者じゃないことぐらい貴方にはわかると思っていましたが見当違いだったかしら」
「いや、理解はしているさ。言葉のあやってやつだ、分かるだろう?
それより随分と舌の調子がいいようだな」
「ええ、わたし、少しわかったことがあるんです。理解出来たことが。でもその理解出来たことに私自身が追いつくか分からない。だとしても願わずには、いいえ、やらなくては行けないことがある」
願いはただ祈るだけの行為だ。人は祈らずにいはいられない生き物だけど、それを棄ててメアリーは前に行くことを決めた。
いつも行っていて当たり前にしていたことだったのに、ローを前にして、彼の本懐を前にして、心が揺らいでいた。
わたしは、私のあるがままに生きなければどうなのだ。そう心が語り掛けてくる。
祈りはなく、願いはなく、ただメアリーがするのは行うこと。行為による実証。それだけだ。
メアリーの双眸がゆるむのを見て、ドフラミンゴは舌なめずりをする。
「それでこそ、俺が欲する女だ」
「私の身はすでにローのものだしローだけの物にしかならないわ」
「俺のものにしてみせるさ」
「なら、私から目を離さずにいて下さる?よそ見をする男は嫌いなの」
「いい誘い文句だが、ちと難しいなッ」
「!」
糸がローをめがけ飛んでくる。それを冷静に彼女は刃先をした弾丸で切り落とす。
「“玉糸”」
「“FIRE”」
玉糸を普通の銃弾で撃ち落とすと、くすくすと笑い、目を瞑りながら踊るようにステップを踏み無理のない範囲で未来を読み取る。
大きく揺れる豊かな真っ白な髪の毛は太陽の日に当たり天使のような輪を作る。
藤虎の重力によってぶつけられるはずだった岩を4つ打ち砕き、そばに居たローを守るよう、ドフラミンゴの五色糸を武装色で硬化させた髪で受け止める。
「ロー、次、ドフラミンゴから連続で攻撃が来ます」
「〜〜〜っ!!だあ!!もう分かった!終わったあと覚悟しておけよメアリー!!」
「上等だし、あなたこそ覚悟してくださいロー!」
衝撃音がし、弾ける。
瞬間、藤虎の重力を交わすようにメアリーは飛び退いた。ボコッボコッと音を立て、地面が凹み、大穴が空く。
「流石に街中に隕石を落とす馬鹿な真似はしないようですね」
「民間人の皆様方に危害を加える訳にはいきませんので」
「道に大穴開けたりすると人の迷惑になるの分からない人なんですか?
既に土地に被害が出ている上にさらに被害を与えていますが?」
「……それはそのぉ……」
「子供が誤って落ちたら大変!こんな大穴に落ちたら死んじゃいます!
……それでも道に大穴を開けるのですか?」
「……穴を開けずに済むようにすればいいんですかね」
「イッショウさん!?」
メアリーの口車に乗らされて小さな凹みを作るイッショウ。避けるメアリー。それに後で自分たちが埋めるのでしっかりしてくださいと口を揃える海兵たち。
「何ふざけてるんだお前は!」
「私は事実を口にしただけなので」
「メアリーこそよそ見ばかりじゃねぇか」
「あら、それを振り向かせてこその男というものじゃないかしら」
と、その時だ。メアリーはゾロと錦えもんがこちらに現れる未来を見た。時間的には既に合流しているものだと思ったが、そうではなかったらしい。
そして、騒ぎが気になったのか、向かってくるルフィの姿も。
「ロー、お知らせ。麦わらの一味の一部が集まるわ」
「ああ??あいつら何やってるんだ……工場の破壊はどうなってるッ!!」
「工場の破壊だァ?仕様にもできねぇだろうよ。俺の幹部たちがそこに居るんだからなァ」
「そうやってナメきって大火傷をした奴らが数しれず居るんじゃねぇか?」
「!」
「外敵は排除します。処方される薬は間違いないのでご安心を“Sleep”」
「「「ぐああああ!!!」」」
睡眠薬カプセルの銃弾で声を上げた海兵たちはバタバタと音を立てて倒れ眠りにつく。1時間はぐっすり眠れる即効性のメアリー特性睡眠薬。
「これで雑魚の排除はあらかた出来たはず……藤虎の相手はおまかせを」
そう言い、メアリーは見聞色の覇気を、藤虎に合わせ気配を消すが、僅かな振動を、音を逃さない彼はさすがは大将の器と言えるだろう。だが、それに対応できないメアリーでもない。
先読みをすることで次どこに重力操作が起きるかを予見し、移動しながら銃弾を発射している。
連続で放たれるそれを切り落とす藤虎は、自分を中心として重力を発生させると、周囲の岩を使い追い打ちをかけるよう彼女を攻める。けれど、それをひらりひらりと花弁のように躱し、髪の毛が三つのライフルに作り替えメアリーは武装色を纏わせた銃弾を六発打ち込んだ。
火花が散り、藤虎の刀で軌道をそらされた弾がコロシアムの壁にめり込んだ。
「あら、私に当てる気は無いのね」
「あくまでもあっしの任務は捕縛……いくらALL DEADの手配者だとしても、こうするのが普通でさぁ」
「……お人好しってよく言われそうね……私みたいな人間によくそんな扱いができたものだわ」
政府の中の善生を見たような気がして、メアリーはなんと言ったら分からない気持ちになりつつ、それならそれでいいわと目を瞑る。
今の自分のいる位置とローがドフラミンゴと戦っている場所。行動を理解し、次の手に出るかとゾロと錦えもんが現れるだろう場所の壁に1cmあるかないかの弾丸を打ち込む。
小さなそれは、“この場所から裏へ”とメッセージを残す。
直前発砲されることに気がついたゾロ達はたまったものでは無かったが、死屍累々というように倒れ付した海兵たちをそのままに戦闘する姿を見て、ルフィに連絡をまづとるにはそうした方がいいのだろうと錦えもんがゾロをつかみ、納得し走り去っていく。
足音なく後退したメアリーはコロシアムの鉄格子の向こう側からルフィが走ってくるのが見えた。それに、麦わらさん!と声を発する。
「メアリー?!なんでお前がここにいるんだ?」
「それより、裏の方に剣士さんたちが待っています。早く移動願います」
「分かった!て、トラ男とミンゴ!?とあのおっさんは!」
「海軍大将藤虎……この場は何とかするので早くあなたは仲間と連絡をっ!!」
話してる間に来た重力波による攻撃を避け、凹んだのは壁から地面にかけてでルフィに影響がなかったことにほっとしつつ、さあ、早く!とまたメアリーが急かせば、ルフィはメアリーの目を見て分かった!と、声を上げて走り去る。それを少しほっとした気持ちで見送りがら、彼女はまた溢れてきた血涙を拭い、あと数分の残り時間で自分に出来ることは……と、そう思い藤虎からローが対峙しているドフラミンゴを見る。
今の問題はドフラミンゴの無力化だ。それも、ローをできる限り傷つけないでの、時間を稼ぐ1番の方法はアレしかない。ならばどうするべきか。それは至ってシンプル。己がその餌になってしまえばいいのだ。
☩☩
メアリーは視界がふらついてきたように見せて、一瞬動きをとめ、あたかも。薬が切れてきた反動か、体の芯からの痛みで一瞬動作が遅れたよう演技してみせる。
それを、演技とも知らずにドフラミンゴは見逃さなかった。
「メアリーを離せ!!ドフラミンゴ!!」
浮遊する自由の効かない身体、すぐにドフラミンゴによって捕らえられたのだと理解し、抵抗しようと身体をよじれば締め付けがキツくなり、その糸を断ち切ろうとローがルームを開こうとすれば、藤虎が邪魔をする。
「捕まえたぞメアリー」
にぃっと笑いながらその腕の中に己より小さな女性を迎え入れる。
「悪趣味だわ。蜘蛛に捕まった羽虫の気分ね」
「おいおい、そんな言い方はねぇだろう?
お前を捕まえるにゃこれが一番なのは分かるはずだ」
「理解して言っているの」
「口の減らねぇ女だ」
銃器に変えた髪をドフラミンゴに向けようにも、髪の毛は毛先までも拘束され、手を銃に変えようものなら両手をひとつにまとめられてしまっている。
「この、無駄に大きすぎる身体っていうのもいやね」
「フッフッフッお前をローよりも包み込めるんだ。俺にとってはいいこと尽くしだがなぁ」
「ローの抱擁じゃないものほど嬉しくないものは無いわ」
「ならすぐにでも嬉しくなるようにしてやろう」
耳元で囁かれ、肌が粟立つのを感じ、きゅっと口を引き結んだ。
なんて気持ち悪いのか。
そんなことを思いつつ、メアリーは意識を集中し、見聞色の覇気で状況を確認する。
ゾロと錦えもんはルフィに合流し、ローは藤虎を相手に苦戦を強いられている。こんな方法しか思いつかない、出来ない自分への嫌悪感で吐き気がする。
「ロー!一度撤退を!!私のことは構わずに!!」
「!」
「勝手に言ってくれるなメアリー……
ロー!メアリーが無事でいて欲しいなら一緒に来い!!でなければ……」
指を動かした瞬間、メアリーの頬に傷が出来き、流れる血に、次は首だと糸を巻き付けられる。
それにローは動きをとめ、歯を食いしばる。けれど、それも一瞬のこと。今にも死にそうな目に会いながら不敵に笑うメアリーを見てはっと息をする。彼女の拘束された手首から先の指先だけが銃に変わり、ドフラミンゴの隙をついて放たれた。一度に連続で十発発射されたそれは、一つだけ武装色の覇気を纏ったもので他は通常の跳ね返すためにある弾丸。
“Endless”──────当たるまで跳ね返り加速する銃弾。
けれどそれはドフラミンゴの意識を誘導するためのもの。
直ぐに糸で裂かれたのを見ながら、メアリーは薬の副作用が出始めたのか、急激な眠気と頭痛に苛まれる。
だが、そんなの関係ない。今必要なのはドフラミンゴを少しでも自分に引き付けておくことだ。
胸元に穴が空く。それは内臓から外側に出た銃口だ。ピスピスの実の能力、身体の至る所を銃火器にするそれは、内臓にまで達する。
だから気づいた時にはもう遅い。
メアリーの銃口から発射された弾丸は着弾した後にすぐ内部で破裂するもの。内臓をずたずたにするようなそれだが、今回は少し趣向が違う。
撃たれたそれは白い弾丸───────メアリー自身の蓄積した珀鉛を含んだものだ。
「そんなに私が好きなら、私の一部をさしあげます……他の人のものは渡しませんけどね」
「これは……!」
打たれた腹に手を当てたドフラミンゴは白く変わっていく肌を見た瞬間、メアリーの首を締めるよう片手で握り込む。喉を潰すように、握りこまれ、う、ぐっ、と苦しげな声を出すメアリーの拘束されていたはずの手が力無く垂れ下がった。
「手間はもう十分だ」
低く唸るように言ったドフラミンゴの、赤黒く染った手が振り下ろされ、鮮血が雨のように地に降り注ぐ。メアリーの包帯が赤褐色に変わっていき、それでもなお、微笑んだまま彼女はローに“にげて”と口をはくはくと動かし、伝えるとそのまま瞳を閉じる。
「メアリーーーー!!!!」
藤虎を相手取っていたローの叫ぶような声がその場に響き渡る。
分かっていたはずだ。彼女のやることには無駄がない。だからこそ、自分を犠牲にすることを厭わないことを。
ちぎれた包帯が地に落ちる。
そのままルームを展開しようとすれば、動くな!!と、ドフラミンゴの怒声が飛び、メアリーに対する糸の締め付けが酷くなり、ぽたぽたと糸から鮮血が垂れ落ちる。。
「今俺は苛立って仕方ねぇんだ。メアリーを殺したくなかったら大人しく俺に着いてこい!!」
「〜っ、」
歯を食いしばるローは刀を納める。すると、同時に、ローの声を聞き付けたルフィたちが走って駆けつけてきたではないか。
これもメアリーの予想通りなのか、どうなのか。
その場の惨状をみたゾロと錦えもんは即座に刀を構えメアリーを助けようとするが、藤虎の邪魔が入る。
重力に押さえつけられるゾロは何とか、斬撃を飛ばしその場を脱するが、ドフラミンゴの前に、出た錦えもんは五色糸により手傷を負う。それを見たローはやめろ!!と、声を荒らげ、ルフィに向き直る。
「俺たちの同盟は悪いがもう終わったんだ!!加勢する必要は無い!!」
「何言ってんだ!!勝手に決めるな!!そういうのはオレが決める!!」
「お前こそ何言ってんだ!!」
「そんなことよりあいつ助けねぇといけねぇだろうが!!」
「そんなこと百も承知だ!!だからもうお前たちは手を出すな!!
ドフラミンゴお前の言う通りついて行ってやる!!だからこれ以上メアリーに何もするな!!」
「フッフッフ……初めからそうすりゃ良かったんだ!」
ドフラミンゴは手を動かすと糸をローにまきつけ、回収をする。
「話は“王宮”でだ藤トラ!!おれに協力すりゃ小僧どもの首はくれてやる 」
「……話ァ聞きやすが天夜叉のォ……判断はそれからで」
そうして、藤虎は浮き上がるとドフラミンゴとともに捕縛した2人を連れ、王宮へ向かうのだった。
☩☩
トンタッタとドフラミンゴ、おもちゃの兵隊の話をしていた所、ローの声を聞きつけたゾロは衝撃の光景を目の当たりにした。
血化粧されたように赤褐色にそまる、気絶したメアリーと、それを抱えるドフラミンゴ。
自分たちに裏手に回るようにと指示を出した彼女が、“あんなに用意周到に色んなことを的中させた女が”そんな姿になってるとは思わず、焦りみせる。
藤虎に重力での攻撃をされようと、斬撃でなんとか窮地をだったしたゾロが這い上がってきた頃には、空中に浮かぶ血だらけのメアリーを抱え込むドフラミンゴと、拘束されたが外傷は少ないロー、岩に乗って飛ぶ藤虎の姿があり、なんだあれはと目を剥く。
「このままじゃ本当に連れていかれるぞ!!」
「分かっておるでござる!!だが然しメアリー殿は意識ももう無い様子!あのように飛ばれては如何様にもッ!!」
ゾロは声を荒らげると、せめて1人だけでもと思うが、背後から別働隊か、剣だけを持っている大量の海兵を見てクソっとルフィに向き直り、走りながら話すぞ!!と、足を動かす。
『おいそっちの状況はどうなってるんだ!?』
でんでん虫を中継し、錦えもんの手にあるチョッパーの声が響く。
「ロー殿とメアリー殿が連れ去られ申した!!メアリー殿は重症のようで、ロー殿はそれを盾にとられッ!!」
『なんだって!?』
『アイツ今本当に危険な状態なんだ!!シーザーに吐かせた!!メアリーは今体も何もかも滅茶苦茶だ!!さらに大怪我ってなると命に関わるかもしれねぇ!!』
「マジかおいッ!!」
「ならば早く助け出さねば!!」
「ルフィ!!!早く出口を探せ!!おれ達ァこの当たりを逃げ回って待ってる!!」
「わかった!!急ごうアイツの“声”まだ消えてなかった!!」
途端、でんでん虫から悲鳴が上がる。ビッグ・マムの船とサニー号が鉢合わせたのだ。
その窮地で、ナミは島に戻らずに別れて進むことを提案する。ドフラミンゴの欲しい三つのカードの内二つは自分たちが持っていること、そして、今戻ったらそれをドフラミンゴに渡してしまうことになり、ロー達のしてきたことが報われない事。
「……そうだなわかった!!
トラ男たちは俺たちが必ず奪い返す!!」
そう宣言し、ゾウで合流しようと麦わらの一味の話はまとまり、各自やることに向き合うのだった。