8-5
微妙な空気の中響いたノック音に返事をすれば、後光が差した般若がいらっしゃった。恐ろしい程ににっこりと美しい頬笑みを浮かべるが、彼女の目は一切笑っていない。それ所か、今の彼女を見たら上弦の鬼さえ素足で逃げるのではという程の気迫さえ感じる。その姿に私は、ぎくりと蛇に睨まれた蛙の様に動けなくなった。
しのぶはうっとりとするような声で、「煉獄さん、鱗滝さん、そろそろ任務の時間では?」と彼等に話しかける。その声に、雰囲気に思わずギクリとしたのだろう、二人は普段ない彼女のその雰囲気に気圧されながら、「ああ、そういえば、」だとか「そろそろ入る時間だな」とかなんとかいって、こちらを少し振り返りつつも、触らぬ神に祟りなしとでも言うように驚く程素直に病室を後にした。
お願いだから私も連れて行ってくれ、それがせめて、さっきの会話終わってよかったとか思って悪かったから戻ってきてくれないかな!!
わたしは恐怖で真っ青になりながら、本日二回目の説教が開始されるコングの鐘が鳴る音を聞いた気がした。
「おはようございます。遅いお目覚めですね?」
私のことを目にとめた、しのぶの第一声はそれだった。ひんやりと冷気を帯びるそれにぶるりと震えながら、どもりつつもおはようございますと返せば、がしっと顔面を掴まれた。肩を大きく震わせれば、眼光がさらに鋭くなる。
そしてそのまま下瞼をくいっとさげられ、血色をみられた。え、と思っていれば、口を開けてください。といわれ、素直に開ければ、舌圧子を口の中に入れ、ぐいっと舌を押されながら、喉の奥を診察される。
「喉が治っていますね。波紋を使ったんですか?」
「う、うん、……はなすのに、ふべんだから」
「ええ、そうでしょうね。喉が焼けてたんですから……火傷はどうしました?」
「アオイちゃん、くすり、ほうたい……」
「そうですか、ならそちらは大丈夫そうですね」
テキパキと診察を続けるしのぶに困惑する。あれ?なんか説教する感じの雰囲気じゃなかったっけ?と。怖い空気は変わらないが、どうしたのだろうか。どこに持っていたのか、カルテに私の傷の現状をさらさらと書くしのぶに、恐る恐る声をかける。
「あの、……しのぶ?、」
「なんですか?少し話しかけないでください。今書いてるんですから」
あっはい。
一刀両断され、思わず大人しく黙る。すぐに書き込み終わったしのぶは、カルテをパンッ!!!と風船が破裂する様な音を立てて閉じ、備え付けの机の上にそれを置いた。
それと同時に、私は正座をして佇まいをなおし、怒られる体制をとった。
そして、近づいてくるしのぶにとりあえず頭に拳骨をいれられる覚悟をして目を瞑れば、ふんわりと藤の花の香りが鼻を掠めた。同時に、疼痛が背中を這うように響く。
しのぶに抱きしめられたのだ。
無言のまま、傷を少し気遣っているのか、緩めに回された細い腕に、え?と、思わず声を上げた。
「ど、どうしたの、」
「………………か、た、」
「、」
「…………よかった、」
助けられてよかった、と、そう、彼女は消え入りそうな声で、私の耳元で胸の奥から最後の空気を出すように囁いた。そして、堰を切ったように彼女は話し出す。
「あなたまで、私を置いていくのかと、私に死ぬなと言ったくせに、どういうつもりなんですか、馬鹿なんですか。ええ馬鹿でしたねあなた。考え無しのあんぽんたん。少しは考えて行動して下さいと、何度も言っているはずですが?」
子どもじみた罵倒を交え、淡々と怒りを排出していく。それに、うん、ごめんね、と頷いていれば、本当にわかっているんですよね??と更にまた怒られた。
まさか、しのぶにまでこんなに心配されていたとは。
「ごめんね、本当に。それにもう大丈夫、だから、ほら、」
少し落ち着き始めた彼女が少し離れ、今度は私の胸元、心臓の音を聞かせるように抱きしめて、痛いのも構わず背中からベッドへ彼女ごと寝転がった。
ゆっくりと心音を聞くしのぶは、ぎゅうっと私を抱きしめる力を強くして、暫くその音に耳を傾ける。
そんな彼女の背を優しくとんとん、と叩き、さらさらとした髪を撫でるようにして、手を動かす。
数分間、しのぶが落ち着くまで大人しくしていれば、むくりと不機嫌そうな表情をして、彼女は起き上がる。それにつられ、私も起き上がれば、じっと責めるような視線を送られ、頭を下げた。
「たくさん、心配かけたみたいで、ごめんね、」
「そうですよ、もうあんな馬鹿な真似しないでくださいね」
「……はい」
「その間は一体なんなんですか??」
いやだって、もしもの時の手段としてまた使うかもしれないし……約束はそのちょっと………………と、すこーし目を逸らせば、私の目を見てちゃんと頷いてくれません?と少し腕に力を入れられた。痛い痛い痛い。
「う、ぐ、わ、わかった、ぜんしょするから」
「そこで素直にはいだけ言わないのは何でなんですかね貴方は、」
自分でもちょっと無茶したかなーというのは分かってるんだよ?けど必要なことだからしかたなくない?柱の使命全うしただけじゃない?ねぇ??でもそんなこと今言ったら、とても酷いことになるので言わないのだけれども!
いや、でもその、それにしてもなんか……
「数日で、そんなにみんな心配するなんて……」
「は、?」
そう、ぼそっと言った言葉に、しのぶはなぜだか突然体を離し、私の顔をみて絶句した。いや、え?何その顔??その反応???数日じゃないの????え?????
「鱗滝さんから、皆さんから聞かれなかったんですか?」
「きいてない」
その事を聞いて、頭が痛いとばかりにしのぶは額に手を当て唸った。
そこで私は、初めて、目覚めてから今までの、周りとの認識の差違を自覚した。
私はその、目覚めた時は1週間くらいかなとそう思っていたのだ。今までどんなに大怪我を負っていてもそのくらいで治ってたし、大袈裟にならなかったわけだし。
ただ、今回のそれは少しかなりショッキングな見た目に焼かれたみたいだから、そのせいでみんなあんなに泣いちゃったのかなーーと、炭治郎と伊之助は特に近くで見てたからショックだったのかなーと思っていたわけで……
本当に、そういえば、今更だけど、私どのくらい眠ってたのかとか聞いてなかったんだよねーーー!!!!
ダラダラと冷や汗を額に流しながら、しのぶに、一体どのぐらい寝てた?と聞く。そうすれば、しのぶは、片手で四、もう片方の手で一と、指を立てた。
「…………じゅうよん?」
「違います」
「……足して五とか?」
「現実を見てください。四十一日ですよ。一ヶ月と一週間ちょっと、あなたは昏睡してたんです。」
「………………………………………………」
私は思わず、すんっという顔をした。ま、まじかぁ!!?そんなに寝てたの!?いや、それはあんなに泣かれるわけですね!!心配されてた理由とこんなに怒られる理由がやっと分かりましたよええ!!
さすがに、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「いや、その、ほんとに、もうしわけない、ことばもでない、」
「やっとご理解頂けたようでよかったです」
「でもなんで、こんな」
「呼吸器が焼けてしまったせいですよ。呼吸法が上手く使えないので、一般的な方法でしか、あなたを助ける事が出来なかった。そのせいでどれだけ大変だったことか。」
「めんぼくしだいも、ございません……」
「分かればいいのです」
自分の回復が遅かったのもアレのせいなんですね。いや、ごめん、ほんとにごめん。まさかそこまでとは思わなかった。認識が甘かった。
顔面蒼白だろう私に、彼女は深い溜息を吐いた。
「まあ、私たちの感覚でいえば、何も聞いていなければ、その程度に考えてしまうのはある意味仕方ないことなのでしょうね…………最初にどのくらい眠っていたのか聞かなければいつもと同じだと事の重要さに気づかなくても無理がありません………………」
そういった彼女はやれやれと肩をくすめ、直ぐに、そういえば、と、私の腕を指さした。え、なになに。
「ところで、先程からずっと聞きたかったのですが、なぜ、点滴が外れているのでしょうか?」
「えっ」
「あなた……もしかして怒られるのがいやで外に逃走しようとして、それを見つかり話を聞かなかったとか……ありませんよね?」
「………………………………」
エスパーの如く察するしのぶに流石だなーと思いつつ、黙る私に何かを察し、再び怒る彼女に、ただただ謝るしかなかったのだった。
その後は、あなたにはほんとに呆れますよええ、だとか、暫くはあなたの背中には朝昼晩で薬を入念に塗りたくりますからね、もし、また脱走なんて考えたら分かりますよね?と遠まわしに脅される。
それに、はい、分かりました、と、ひたすらに頭を縦に降るしかない。
説教が終わる頃には、目が覚めてからだいぶ時間が経っていて、窓の外は夕日が沈み始めていた。正座でひたすらにしのぶの言葉を受け止めていた為、足は痺れてもうほとんど感覚がなくなっている。ある程度いいたいことをいえたのか些かスッキリした様子の彼女は、今日はもうこの辺で、重湯を後で持っていかせますから、とテキパキと退出しようとしていた。
それに、安堵の溜息をこぼしそうになりつつ、若干揺らめきながら、もぞもぞと足を崩す。次第にびりびりとあの嫌なぼやぼやとした感覚が脚を包み込んでいく。呻きそうになりながら、ベッドの上で耐えていれば、ドア付近で1度立ち止まったしのぶは、なにか言い残したことがあるのか、くるりと私の方へ振りかえった。
「雅風、あなたの性格は理解しているつもりです。なので、私からもあの時と同じように、言わせていただきます。何があろうと、“死なないで”ください。」
「………………」
「約束ですからね……では、」
しのぶは無言の私に返事も何も聞かずに、蝶を思わせる着物を揺らしつつ、翻し退出する。
緊張が解けて、足の痺れに耐えきれなくなった私は、ぐらりと揺れて、横に倒れた。衝撃で痛む腕の火傷に、ぐっと眉間に皺がよる。
一方的に約束を取り付けたしのぶは、私が無言で、何も返さなかった理由を何となく察しているのだろう。
私は死ぬつもりは無い。
けれど、それは、唯の気持ちの持ちようで、約束なんてしても、確実はないのだと。
最初、本当に、鬼殺隊に入ったのは異質な自分が紛れる為。そうすれば、自然に生きていけるから。変なものに目を付けられ、目立つことも無いとか楽観的なもの。まあ、お師匠に放り出されたってこともあるけど……
でも、他人の気持ちに触れて、しのぶ達みたいな、死なせたくない人ができた。出来てしまったのだ。
私の知ってる“物語”は、すでに、もう、破綻して歪んで使えなくなっている。
それをなんとか、歪みを治して、“
いまさら、“
どんなに後悔をしても、どんなに彼らに心配をさせて泣かせてしまっても、反省をしても、私の望む未来のために、彼等には、生きて、未来を歩んでもらうんだ。その為なら、私自身を利用する。たかがひとつの命を賭けることなんて、多くの命に比べれば、酷く安いものだろう?
「度し難いのは、私も一緒か」
しのぶのことを、自分も言えないな。…………おもったよりも、疲れていたらしい。だんだん瞼が重たくなってくる。少しずらした目線の先で、焼け爛れた真っ赤な空が見えた。入り込んできたそのあかりに目を閉じれば、すぐに、どぼんと眠りに落ちた。