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季節は秋、紅葉でだんだんと変わる森の香りを感じつつ、炭治郎は竹雄と共に薪を割り、街に売りにゆく炭を作っていた。煤だらけになった顔に滴る汗を雑に拭き、墨色を伸ばしながらも火を絶やさずに山のような炭を作る。焦げ臭いそれにはもう鼻がだんだんと麻痺してきていた。

「今日はもうこの位にして、炭を売ってこようか」

炭治郎は山積みになった炭をみて、呟くようにそういった。まだ出来上がって取りだしたばかりの白く化粧着いた木炭の後処理を手伝いつつ、竹雄はひとつ頷いた。

「もう少し遅いと明日に帰ってくることになるもんな」
「花子や茂に一緒に行くと約束もしてしまったからなぁ」
「さっき母さんに手伝ってもらって荷台を用意してるの見た」
「それは本当か?」

人差し指を立ててキリッとした顔で竹雄が言えば、からからと炭治郎は笑った。それは早く行ってやらないとなぁと。

「今日は晴れて道も歩きやすいだろうから、日暮れまでには帰ってくる」
「わかった!風呂でも沸かして待ってるよ!」

ぐっと力こぶを見せてくる弟の頭をよしよしと両手で撫でれば、顔を赤くして何すんだよもう!と恥ずかしがる。それにまた笑いながら、他の後処理を手早く済まし、炭治郎は次女と三男の待つ荷台置きにむかった。
そこでは荷台に座り、まだかなまだかなと長男を待つ2人がワクワクと胸を躍らせ待っていた。

「あ!兄ちゃんおそーーい!!!」
「もう今日は行かないのかと思った!」

待ちくたびれたとばかりに頬を膨らます二人にすまないすまない、と両の手を使い頭をポンポンと柔らかくなでる。

「待たせてごめんな?これから直ぐに麓まで降りるけど、疲れたりしたらすぐに言うんだぞ?」
「わかった!」
「早くいこーよー!」

元気のいい返事によしよし、と頷いていれば、母の葵枝が炭治郎、と声をかけた。

「母さん、」
「ほら、また顔を煤で汚したままにして」

顔についた煤を白い割烹着の裾で拭い、優しく頬みかける。

「気をつけて行ってくるんだよ、それと、これ、」

ひとつの包みを葵枝は渡す。

「きっと途中でお腹がすいてしまうだろうから、その時にでも食べなさい」

きっと中には握り飯が包んであるのだろう。炭治郎はその優しい気遣いにほっこりと暖かな気持ちになった。

「ありがとう、母さん」

その言葉に、ええ、と優しい声色で返事をした葵枝は花子と茂に向き直る。

「行ってらっしゃい、花子、茂も炭治郎の言うことしっかり聞くのよ」
「うん!」
「いってきまーす!」

元気よく返事をした二人の声が森に木霊した。弟妹を連れ、炭治郎は麓までの道を歩み始めた。
歩いて暫くたち、麓まであと半分というところで、炭治郎達は岩に腰をかけた女性を見つけた。……いや、少女とも言える齢だろう。
どうしたのだろうか?もしかして、怪我でもしてしまったのだろうか?
弟妹と顔を見合わせ、その少女に近づき、声をかけることにした。近づくと不思議と、この時期には珍しい藤の花の香りが鼻腔をくすぐった。そしてそれと同時に暖かな太陽の香りを炭治郎は感じていた。
ガラガラと荷台を引く音で気がついたのだろうか、彼女は俯いていた顔をこちらにゆっくりと向ける。可愛らしい顔立ちの少女だった。鮮やかな青色い花柄の着物にそれに合わせた羽織姿で、大きな藤色の風呂敷を膝に抱えている。手入れされた長い髪を流したまま、困り顔で炭治郎や花子、茂を見ていた。

「もし、そこの方々、道に迷ってしまって、街へはどこの道を行けば良いのでしょうか?」

小首を傾げ、聞いてくる少女にいち早く反応したのは炭治郎だった。そして、成程、道に迷ってしまったのか、と納得した。確かにこの辺りは道という道が分かりづらい。紅葉やイチョウの葉で踏み鳴らされた場所さえも覆われてしまっているから尚のことだろう。

「それなら、丁度今日は炭を売りに行くので、一緒に行きますか?」
「あら、それは助かります」

ほっとしたように短く息を吐いた彼女に、炭治郎はいえいえ当たり前のことです、と頭を横に振った。背がまだ低いだけで、やはり大人の女性なのだろうか?そう炭治郎が思うのを横に、2人のやり取りを見つつ、花子と茂はその女性の事をキラキラとした目で見つめていた。そして、それに気がついたのだろう女性と2人の目線がパチリと合う。

「私花子!」
「俺茂!」

元気よく利き手を空高く掲げ、食い気味に自己紹介をした2人に、一瞬きょとん、とあっけに取られつつ、彼女は次にふふふと声を出して笑った。

「花子、茂!あまりそう食い気味に行くな、吃驚してしまうだろう?
すいません、あ、俺は竈門炭治郎といいます。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。私のことは……みやびとお呼びください。花子ちゃんと茂くんですね?ご兄妹のようなので、炭治郎くんとお呼びしても?」

雅と名乗った女性にそれで構いません、と炭治郎は了承する。よっこらせと大きな包みを持ち上げ、雅はでは、案内をお願いしますね。と炭治郎が押す荷台の横に並ぶ。

「よかったら荷台に乗っていただいても大丈夫ですよ」
「いえいえ、そんなお世話になるわけには」
「そうですか、ではいきましょうか、もし、俺が歩くのが早かったりしたら言ってくださいね」
「はい、」

そうして、炭治郎たちは雅を連れ、麓まで歩き始めるのだった。

雅は不思議な事に、1歩歩く度に藤の花の香りがが漂った。それには、鼻のいい炭治郎はもちろん、花子や茂も気がついた。

「ねえねえ、なんで雅さんはお花の香りがするの?」

疲れ始めて炭治郎の荷台に先程から乗り始めた花子がねぇ、なんでなんで?と雅に聞き始めた。それに、俺も気になってたー!と、同じく荷台にのった茂が聞く。

「なんでだと思う?」
「ええっ!?うーーん、うーーーーん、」

質問に質問で返され、腕を組み茂は考え込む。それとは反対に、花子は閃いた!とばかりに人差し指をたて高らかに言った。

「私わかった!お姉さんのその風呂敷の中にお花がたくさん入ってるんだ!」
「残念だけどはずれです」
「えーー!絶対そうだと思ったのに」

それが外れて、ガーンとショックを受けた花子はしょんぼりと肩をすぼめた。
それに苦笑した雅は、炭治郎くんはなんでだと思います?と話をふる。

「ええっ!?俺ですか?」
「兄ちゃんわかるのー?!」
「なんでなんでー!!?」
「うっ!」

キラキラと輝くめで2人に見つめられ、言葉を詰まらせた炭治郎は茂と同じようにうーーん、と考え込み、そして、

「匂袋……ですか?」
「正解!」
「おおおー!」
「兄ちゃんすごいっ!」

悩んだ末に出した答えに、にっこりと笑った雅が正解、といえば、弟妹はきゃっきゃとはしゃぐ。その様子にほっとしながら、雅に目を向けた。

「それにしても、藤の花の……ですか?とってもいい香りですね」
「私も気に入ってるんです。ああ、そうだ、」

そう言うと、ごそり、と懐からなにやら袋を取りだした。それの中から御守りのような布袋を出した。色とりどりの布を白い紐で綺麗に縛られている。そして感じる香りがさらに強く感じられた。

「良ければ貰っていただけないかしら?趣味で作ったら止まらなくなってしまって……親切にしていただいた方に貰っていただいてるのだけど」
「本当?!」

それに食いついたのはやはり、女の子である花子だった。目の前にある匂袋、それはやはり女の子であればいつか欲しいな、と思う嗜好品だ。それをタダで貰えるとなれば、食いつかないはずがなかった。

「そんな、いいんですか?」
「ええ、それに、作ったものはまだまだあるのだけれど、渡しても渡してもなぜだか減っていかないのよねぇ」

不思議ねぇと小首を傾げる雅に、それはただ作りすぎなのでは?と炭治郎は思ったが言うのをやめた。

「ねぇ、雅さんこれ、母さんと姉ちゃんの分も貰っていい?」
「茂!さすがにそれは「ええ、勿論いいですよ!」」

茂を咎めようとした炭治郎の言葉を遮り、雅はどんどん好きなの持ってちゃってください!と匂袋の入った袋をそのまま2人に渡した。
それに慌てるようにしてすいません!すいません!と炭治郎は頭を下げた。

「いいのよ炭治郎くん、好きでやっていることですから。それにこんなに喜んで貰えるなら作ったかいもあったもの」
「雅さん……でも、これ商品だったりとか……」
「ああ、いえ、別にこれは売り物でもなんでもないから気にしないでいいわ」
「そうなんですか?でも、さすがになにか御礼を……」
「それなら、これを試して貰えないかしら」

そう言って雅が出したのはひとつの瓶だった。液体の入ったそれをみて、炭治郎は小首を傾げる。

「それは一体……」
「これはね、手作りの香水なの」
「手作り?!香水?!」
「私が作ったわけじゃないんだけどね?」

驚きで素っ頓狂な声を上げた炭治郎をみつつ、それを手で遊ばせる。

「これを試して欲しいの。香水って結構お肌の相性があってね?ダメな人は荒れたりしちゃうんです。そうなったらもし売るとしても良くないでしょ?だから、そういう肌の相性を調べるのに試して欲しいの」
「な、なるほど」
「あ、付けるとしてもこのくるぶしの当たりとか、手首だとかに少しつけるだけで大丈夫ですよ?今度またここの近くに立ち寄った時に感想を聞かせて欲しいです」

はい、と炭治郎にそれを渡せば、分かりました。とその小瓶をふところにしまう。それをしっかりと確認した雅はふうっと息を吐きつつも、は、と思い出したかのように唐突に疑問をぶつけた。

「あ、そういえば気になっていたのだけれど貴方達は商いに行くの?」
「そうですよ。籠の中にある隅を売りに行くんです!」

蓋をしてある籠のことを言ってるのだろう。花子と茂は兄ちゃんの作った炭はよく売れるんだ!すっごい燃えるんだよ!とはしゃぎだす。

「まあ、偉いのねぇ……ねぇ、炭治郎くんって一体いくつなのかしら?」
「?」
「ごめんなさいね、炭治郎くんしっかりしてるから、大人びて見えて……どのくらいなのかつい気になって」
「いいえ!俺は今年で十になりました」
「十歳……」

十という言葉に少し考え込むように雅は繰り返して呟いた。

「?」
「ああ、ごめんなさいね、そう、十歳、なのね。でも随分大人びて……やっぱりお兄ちゃんだからなのかしら?」
「俺、長男ですから!」

ぐっと胸を張ってキメ顔をする炭治郎。それを見て笑いつつ、雅はぐっと風呂敷をシワがよる程に握り締めた。
会話をしていればあっという間だった。花子や茂は雅から貰った家族全員分の匂袋をもってご満悦の様子で荷台に揺られ、炭治郎ははそんな2人をたまに振り返っては見つつ、雅に花子や茂の他にも妹の禰豆子や弟の竹雄や六太のことを話し終えたところで麓の街までついてしまった。

「ここまで助かりました」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。禰豆子たちも喜ぶと思います!」
「雅さんまたねー!」
「匂袋ありがとう!」
「ふふ、いえいえ、喜んでいただけてよかったです。ああ、でも最後にひとつ」
「?なんですか?」
「藤の花は魔除なんです。だからどうか、できれば肌身離さず持っていてくださいね」
「そうなんですか?わかりました!」
「では、さよなら」

そう言って雅は炭治郎たちと別れ街中に消えていった。にこにこと手を振り、別れを告げる妹や弟、それを横に、炭治郎は雅が最後に微かに匂わせた戸惑いや悲しみの匂いが引っかかったが、一瞬で消えたそれに、気のせいか?、と炭を売るために荷台をまた引き出した。

炭治郎達が一緒にまた雅に会うことはなかった。




とっぷ