会社に行く身支度を整えて、朝ごはんを用意する。冷蔵庫から作り置きのおかずを出すだけだけど、立派な朝ごはんと言わせて欲しい。
昨日は普段行かないガソリンスタンドへ行ったら、たまたま拓海くんがアルバイトしてる先で会えたのが嬉しくてご飯に誘ってしまったのだ。

「身長伸びてたなぁ…」

もともと整った顔立ちの拓海くんだったけど、身長も去年より高くなってたし、お世辞とか抜きでカッコ良かった。それでも私の中では可愛さの方が優っているけれど。

やっぱり初めて会ったのが、拓海くんが中学一年生の頃だったからどうしてもその時のイメージが強い。あくまで可愛いが一番にくる。
私の親戚の叔父さんが秋名湖近くの宿泊施設のオーナーで、バイトで夏休みはずっと秋名湖に暮らしているようなものだった。拓海くんが豆腐の配達に来ていると知ってから、早起きしたりもした(ちょこちょこ寝坊もしてたけど)。
ちゃんと起きれた日は、配達が終わった拓海くんと秋名湖を散歩したり、ちょっとおしゃべりしたり。それをもう数年やっているのだ。

顔見知り程度では無いと思うし、夏に遊んでくれる相手の一人として好きだった。拓海くんの友だちの話、学校の話、お豆腐屋さんの話とか、あとは私が好きに喋ったりちょっかいかけて楽しんでいた。去年は就職活動で忙しくて、叔父さんの手伝いのバイトが少ししか出来ず拓海くんに会えた回数は普段の夏より少なかった。それでもその数回すらも叔父さんにはこき使われて、就職活動はへばりそうだった。

朝ごはんを食べ終え、流しに食器を置いたタイミングで電話が掛かってきた。
こんな朝から誰だろう?と液晶画面を見るけど、固定電話っぽい。

「もしもし?」
「あ、おはよう御座います。名前さん」
「おはよう、拓海くん」
「はい、昨日はご馳走さまでした、って電話しておこうと思って」
「あはは、拓海くん律儀だね!どういたしまして」

電話越しの拓海くんも学校へ行く直前だろうか。電話番号を渡したけれど、電話が掛かってこない可能性だって十分にあった。

「朝から拓海くんの声聞けるとなんか、秋名湖で会う時みたい。仕事頑張れそう」
「そうですね、朝は必ず挨拶してましたもんね」
「でしょ?拓海くんも学校頑張ってね」
「ありがとうございます」
「それじゃ会社行くね」

そう言うと拓海くんが『いってらっしゃい』と言って、いってきますの返事をして電話をきった。ほんとに家族みたいな会話だなぁ、とひとりほっこりする気持ちを噛み締めて家を出た。





仕事のお昼休み時間に先輩とご飯を食べるのが日課だ。

「今日すごく機嫌良さそうだね?なんか良いことあった?」

良いことに当てはまるなぁ、と思えるのが昨日拓海くんとご飯を食べたことだ。

「えっ、デートに誘ったの!?」
「いや、まさか!そんなんじゃ無いです!!!」

私の話を聞き終わった先輩がそう言うから、思わず強く否定してしまった。デートとかそういうものじゃない。

「高校生ですよ?可愛い弟みたいな感じです」
「それにしてはニコニコしすぎじゃない?」
「そりゃ、ほんと可愛いんですから。にこにこしちゃいますよ〜!」

拓海くんが私に懐いているというよりは、私が拓海くんに懐いているのが本当のところだけど。そう思いながら、卵焼きを口にいれた。

「でもさ、名字ちゃん彼氏いないでしょ?彼氏も作らずひとりでいるとこを見ると結構好きなんじゃないの?」

先輩がにやりとして、こっちを見てきたけれど首を横に振った。

「好きの度合いが恋愛に傾いてないんですよね。元々中学生と高校生の時に出会っちゃったんで」

好きだというのは断言できる。拓海くんは夏に会える家族みたいな。夏だけ会えるすごく仲の良い子だ。それがまさか偶然とはいえ身近なところで会えるとは、私自身驚いている。会える頻度を増やすことができるだけで、十二分に嬉しいのだ。

「ふーん、あんま感情拗らせないようにしなさいよ?」
「…わかんないですけど、先輩の言葉留め置いときます」

感情を拗らせるとは、と思いながらも先輩の言葉を忘れないようにしようと返事をした。
拓海くんとどうこうなりたいだなんて思ったことはない。もし同級生だったら、もし家がもっと近所だったらと考えたことがないとは言わないけれど、たらればなんて意味が無いと私は知っていた。
『夏だけ会う』そうじゃなくなっただけで、十分。それでいいのだ。

食後の缶コーヒーならぬ缶のカフェオレをぐいっと飲んで午後の仕事を頑張ろうと一つ伸びをした。


残業も無く家に帰り着いた。蒸し暑さに窓を全開に風を通してから、クーラーをつけた。
買い物をしてきた食材たちを冷蔵庫と今すぐ使うモノを分ける。今日は金曜日だ。花金で飲みに誘われたけれど、先輩もデートでいないので断ってきた。合コンみたいな飲み会になる時は、先輩がいないと上手に抜け出すことができず、二日酔いになることが目に見えているからだ。
明日ゆっくり作り置きを作るでも良かったのだけれど、なんとなく手を動かしていたいと思ったから今から何品かおかずを作ることにした。

一人暮らしはこの春から始めたばかりだ。その割りには、上手にご飯も作れているし、掃除も洗濯もできている。実家暮らしのままでも良かったけど、どうしても一人暮らしをしたくて就職するタイミングで実家を出た。
親は『いつでも帰ってこい』と言っていたけど、一人暮らしも一人の寂しさに目をつぶれば快適そのものだ。なんだかんだで、節約するのも面白くて頑張れていると思う。

昨日拓海くんとご飯を食べてしまったせいで、一人で食べるご飯の虚しさが心にしみる。昼ご飯を先輩と食べているのも一人で食べるご飯が苦手ということもある。
できたおかずを味見と称してつまみ食いをし、冷凍庫のご飯をチンしてチャーハンを作る。おいしいご飯が作れたら嬉しいけれど、それ以上に誰かと食べるご飯がおいしいのだ。

できあがったチャーハンと玉子スープを机に並べて手を合わせる。チープな味だけど、これがいい。

携帯の着信音が鳴りディスプレイを見ると『高橋くん』と表示されていた。







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