高橋くんとは実家を出てから会っていない。受話ボタンを押した。

「高橋くんどうしたの?」
「今暇してないかと思ったんだが時間あるか?」
「うん、ご飯食べてるとこだけど時間あるよ」
「名前が一人暮らし始めてから全然会ってないなと思って、話しがてらドライブにでも行かないか?」
「いいよ、迎えに来てくれるの?」

とりあえず住所を伝えて電話を切った。また近くになったら電話してくれるらしい。
高橋くんとは家が近所で、小学校・中学校・高校と同じ学校だった。大学は高橋くんがお医者さんの家系だから群大に行ったので別々になったけど、電話で近況報告をしたりしてた。同い年だけど、お兄ちゃんって感じでしっかりしてて頭も良くて、高校生の時は勉強をいっぱい見てもらっていた。いわゆる幼馴染みというやつだ。
残りわずかのチャーハンを玉子スープで流し込んで、食器を流しに置く。仕事着から慌ててくすんだピンク色のTシャツと短パンに着替えた。一応鏡を見て化粧が崩れていないかだけ確認をした。
実家からここまで20分は掛かるけど、高橋くんのことだからすぐに来るだろう。と思っていると電話が鳴ったので、財布と鍵を小さな斜め掛けのバックに入れて外に出た。

「久しぶりだね」

そう言いながら高橋くんの白い車に乗り込んだ。詳しくは分からないけれど、走る仕様の車らしい。その界隈では、高橋涼介くんを知らない人はいないとか。その界隈じゃなくても、小中高と高橋くんの人気はすごかったので、その上車の運転が上手いとなると人気の度合いも想像がつかない。

「ああ、ドライブといったけれど赤城でもいいか?」
「どこでもどうぞ。運転手さんにお任せします」

私が笑って言うと、高橋くんがふっと笑ってアクセルを踏んだ。


「一人暮らしはどうだ?」

流れる街並みをぽけーっと見ていたら高橋くんが声をかけてきた。そうだ、今はおしゃべりを名目としたドライブだった。

「うーん、意外と楽かな。通勤も車だけど、道も混んでるとこないし。節約して生活するのも案外楽しいよ」
「節約生活してるのか?」
「節約する必要はそんなにないけど、自炊したりは楽しいよ。あ、でも外食…飲み会でいつも一緒にいる女の先輩いないと二日酔いになっちゃうんだよね」

笑いながら話すと高橋くんは「ほどほどにしろよ」って言って横目でこちらを見てきた。そうそう、こういうところがお兄ちゃんっぽくて好きだなぁ、と思う。

「高橋くんは最近どうなの?」
「最近はどれだけ勉強してもキツいかな」
「えっ、高橋くんでキツいとかハイレベルすぎ…!流石医者の卵を育てる大学なだけはあるね」
「医者になれば人の命を扱うものだからな」
「…そうだね。でも高橋くんなら大丈夫だよ」

大学が別々になってからは、勉強の質も量も全く違うけれど、高橋くんの頭の良さは変わらずすごいと思う。
私が大学受験合格したのも高橋くんのお陰と言っても過言ではない。いや、高橋くんがいなければ大学生活を満喫できなかったかもしれない。

「啓介くんは元気?」
「ああ、あいつなら今日も赤城山にいると思う」
「兄弟で走るの好きになっちゃったんだねぇ〜」
「走るのが好きというか、車好きになって走ることに興味が湧いただけさ」
「涼介お兄ちゃんの荒療治のせいだね」

クスクス笑うと高橋くんも『そうかもしれないな』と笑った。街の明かりがなくなって、赤城山へ入る。
こんなにくねくねとした道なのに平然と運転する高橋くんを見ながら『すごいね…』と口からこぼれていた。

「赤城はホームコースなんだ。道がどんな状態かは知り尽くしているさ」
「毎日走るの?」
「ああ、走れる日はできるだけ毎日」
「勉強も忙しいのに?」
「勉強の息抜きにもなるさ。走ることに集中すれば頭もリセットされる」
「ふふっ、高橋くん忙しいね」



赤城山の駐車場まで来ると、夜なのに意外と車がたくさんいた。走る車っぽいということだけは分かる。高橋くんは綺麗な黄色の車の横に自分の車をつけた。

「兄貴!」
「あっ、啓介くん!」

黄色の車から啓介くんが出てきたので、窓を開け助手席からひょこりと顔を出した。

「は!?名前さん!?」
「久しぶり〜!」
「なんで名前さんが兄貴と…?まさか付き合い始めたとか…?」
「ないない!!!そんな訳ないでしょ!!そんなこと噂にでもなったら私背中から刺される」

啓介くんの勘違いを全力で否定しつつ、助手席から降りた。高橋くんの彼女疑惑なんて高校生の頃に味わってもう十二分にお腹いっぱいだ。地味な嫌がらせとか、呼び出しくらったりだとかはもうごめんだし、ちょっと思い出したくもない。大人の嫌がらせがどんなものかも想像もしたくないな、とうっかり想像してしまい身震いを一つした。

「近況報告を兼ねてドライブに誘っただけだ」
「そう!私としては啓介くんにも会えてラッキーな感じ!元気?」
「おう、元気だけど」

高橋くんとは連絡を取るけど、啓介くんは連絡先を知らないから久しぶりだ。

「車全然わかんないけど、啓介くんの車もカッコイイね」
「ありがとよ」

そっぽを向かれて返事をされた。思春期の高校生か!って思ったけど、あながち間違いではない。
それにしても、ちょっとこの場の空気、どうにかして欲しいんだが。めちゃくちゃ視線が私に刺さっている気がする…。車から降りた高橋くんの腕を引っ張って少し屈ませる(そうじゃないと身長が高すぎる)。

「ねぇ、高橋くん。周りの視線刺さりすぎてそろそろ身体に穴あきそうなんですけど?」
「あぁ、すまない。こんな男所帯に女が来ることなんてないからな」
「ただの幼馴染みと説明してよ」

男所帯といえど遠巻きに見守ってる方々の中には女性も見えるけども。走るメンバーが男だけってことかな。とりあえずきちんと『幼馴染み』と説明して欲しい。流石に石は投げてこないとは思うけど、ちょっと怖い。

「みんなには悪いが、俺と啓介の幼馴染みだから手は出さないでくれ」
「高橋くんと幼馴染みの名字名前です。あくまでも幼馴染みです、よろしくお願いします」

高橋くんのメンバーの人たちにぺこりと頭を下げた。きっとこれで身の安全は確保されたであろう。これでダメだったら、即座に高橋くんにチクることになるだけだ。



「啓介くんにも会えたし、そろそろ帰ろっかな」

高橋くんと啓介くんと缶コーヒーを飲みながら、ひとしきりおしゃべりをして満足してしまった。きっと高橋くんと啓介くんもメンバーの人たちみたいに、いっぱい走るためにここにいるのだろうと思うと遠慮というか、早く帰らなくちゃと思い始めていた。

「え、名前さん、もう帰んのかよ…!」
「え、やだ。啓介くんが可愛い!!高橋くん持って帰っていい?」
「絶対に駄目だ」

啓介くんの可愛さに思わず啓介くんの腕を抱きしめたが、高橋くんにベリッと剥がされた。私も啓介くんみたいな弟が欲しい…。いや、もうすでに私の『可愛い弟』のポジションは埋まっている。

「仕方ない…。啓介くんは私の『やんちゃな弟』枠にいれるね!」
「…弟枠かよ!」
「ちなみに高橋くんは『できるお兄ちゃん』枠です!!」
「兄貴がお兄ちゃんかよ!!」
「同級生なのにか?」
「お兄ちゃんすぎるので、お兄ちゃんポジション一択です!」

ぐっと親指を立てると高橋くんは黙って片手で私の両ほほを掴んで、もにもにしてぷいっと背を向けて『帰るぞ』と言った。慌てて周りに『お疲れ様です!』と声をかけて白い車に乗り込んだ。シートベルトを締めて、またね!と窓から啓介くんに手を振った。

流れていく木々の陰と、ヘッドライトに照らされた道はビュンビュンと飛ぶように流れていった。速いし振られるけど、怖くなくてワクワクしていた。

「私を送ったら、また戻ってくるんでしょ?」
「ああ」
「今日のドライブすごく楽しい…。高橋くんとこんなに長い時間ドライブってなかったもんね」
「そうだな。街乗り程度しか走ってないからな」
「山道もすごく面白い。全部の景色が飛んでいくみたい」
「…そうか。赤城でよければいつでも声かけてくれ」
「うん、また電話して。私も電話する」

山道を降りて、街の明かりが近づいてくる。飛んで走っていた車も、信号で止まったりしてさっきまでの早さが噓みたいだ。

「高橋くん、ドライブ誘ってくれてありがとね」
「ああ、また誘う」
「うん。また、遊んでね」

白い車が見えなくなるまで手を振った。家に入り、お湯を張りながらソファーにごろんと横になった。誰かと一緒にいた後はちょっぴりさみしくなってしまう。高橋くんも啓介くんもやりたいことがあって、羨ましい。私も高校生の頃はなりたいものがあって、夢を追いかけようとしていたけれど、色々あって諦めてしまった。

羨ましい、って綺麗な言葉で留めていられるだけ私も成長したもんだ。と自分で自分を褒めてあげよう。冷蔵庫に置いてあるご褒美用のおいしいプリンを開けて一口食べた。

「ドライブに行って、羨ましいって気持ちになっちゃったけど、拗ねなかった私えらい!」

これを食べ終わったらお風呂に入ろう。そう思って私は、さらにもう一口プリンを食べた。






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