寝ぼけたまま顔を洗い朝ご飯の準備をする。
冷蔵庫から作り置きのおかずを少しずつお皿に出して、炊飯器を開けてご飯が足りないことに疑問を持った。
「…拓海くんにおにぎり作ったからか」
思わず声に出してしまうと、昨日のことが走馬燈のように頭を巡った。
飲み過ぎて運転できない私は拓海くんを足にして、家まで送ってもらったのだ。さらに、どういう経緯か一緒に寝ていた。
拓海くんは毎日お豆腐の配達をしているにも関わらず、うちを出たのが3時半を過ぎていて。拓海くんは間に合うと言っていたけれどおじさんに怒られなかっただろうか。
正直やらかしたと思う。
いつもより少ないご飯をお茶碗によそって、手を合わせる。
今日は車を取りに行って、拓海くんの家に菓子折でも持って行こうか、と考えながら朝ご飯を食べた。
久しぶりのバスに揺られ駅前に着くと、日差しがカンカン照りで夏特有の肌を焼くような暑さとアスファルトの熱気にくらりとした。
赤のラパンは青空駐車のせいで熱々になっていて、ハンドルが握れるようになるまでしばらく掛かった。
夏の菓子折はここと決めているお店があったので、そこで桃の一口ゼリーの詰め合わせを買った。この桃のゼリーは冷蔵庫で冷やしてから食べると格段に美味しいのだ。
そうこうしながら藤原豆腐店の前に着いてしまったのだが、何をどう謝ればいいのか私は悩んでいた。夜遅くに返してしまったことを誤解無く謝りたい。
とりあえず『女は度胸!』と思いながら桃のゼリーの入った紙袋を持ってお店の戸を開けた。
「こんにちはー!」
店主であろう人と目が合う。恐らく拓海くんのお父さんに違いない。
「いらっしゃい」
「あの、私、名字名前と言う者ですが、昨晩拓海くんをお借りしてしまい申し訳ありませんでした」
「…わざわざ謝りに?」
「はい、あの今日の配達間に合いましたか?」
「ああ、間に合ったよ」
「ほんとですか?良かった…!あのお詫びと言っては何ですが、こちらをどうぞ」
「菓子折までわざわざ…?」
「はい、これ美味しいのでお口に合うかは分かりませんがお受け取りください」
ぺこりと頭を下げて紙袋を差し出すと、ふっと笑い声が聞こえた。
「配達に間に合えばいつ帰ってきても問題なんてねぇよ。そんなに気遣われても困るんだけどな…」
「未成年の拓海くんを夜からお借りしてしまい…」
「もういいよ。あいつだって分かって行ったんだから。小学生じゃねぇしそんなに謝らなくていい。それに名前ちゃんだろ?叔父さん元気か?」
「…え?」
「秋名湖の近くで手伝いしてたろ?」
「はい…、会ったことありましたっけ?」
「こーんなちっさい頃にな」
そう言って藤原さんが手を腰辺りでひらひらとさせた。いやその頃はたぶん手伝いもどきの、親戚枠で格安で泊めてもらおう会の時だ。何だかんだ私は毎年叔父さんの宿泊施設に泊まっていたのだ。アルバイトとしては高校生の頃からこき使われていたのだけれど。
「だから別に気にしちゃいねぇよ。まぁ、拓海とは仲良くしてやってくれよ」
「あっ、その仲良くしてもらってるのはこっちの方で…」
いや、でもちょっとやっぱり勘違いされているような気がしないでもない。
「ただいまー、って名前さん?」
ガラガラと戸が開いたと思えば拓海くんが帰ってきた。
「おう、お帰り」
「あ、お帰りなさい。今日、昼までだったんだね」
「土曜日だから…、ってなんでうちにいるんですか?」
「昨日の詫びだってよ。今時律儀なこった」
「ほんとに昨日はごめんね?拓海くん」
手を合わせて謝ると拓海くんは視線を反らして、「別にいいですよ」と言って家の中へ入っていった。
「照れてるなあいつ」
藤原さんがクツクツと笑った。
「私としては今日会えると思ってなかったんで嬉しいですけどね」
ぽろりと言ってしまってから、藤原さんと目が合う。しまったと思うも藤原さんの表情を見る限り手遅れだ。
「まぁ、これからも仲良くしてやってくれよ」
再度念を押されるように言われてしまい、顔が少し赤くなったかもしれない。笑う藤原さんはそのまま豆腐と厚揚げを袋に入れて手渡してくれた。
「菓子折のお返し。また、顔出しに来いよ」
「あ、はい!ありがとうございます」
ドタドタと階段を駆け下りる音がして、ガラリと戸が開いた。
「名前さん、昼飯食べに行きましょう」
「え」
「バイト行く前に昼飯食べたいんで」
拓海くんに手を取られて、そのまま外へ連れ出される。
二人で店前にとめてあったラパンに乗り込んだ。
「あの…、名前さん昼ご飯まだですよね?」
「うん、どこに食べに行く?バイト何時から?」
「バイトは13時からなんですけど、名前さんは予定無かったですか…?強引に連れ出してすみません」
強引に連れ出したのは拓海くんだというのに、子犬みたいな目で見てくるから思わず笑ってしまいそうになる。
「予定無かったからいいよ。誰かと食べるご飯は好きだし」
微笑むと拓海くんが目を反らしてから、ファストフードが食べたいと言ったので久しぶりにハンバーガーを食べることになった。
ファストフード店に入って、お互いセットを頼んで財布を出そうとすると『今日は俺に払わせて下さい、…安いけど』と少し申し訳なさそうに言うのでご馳走になることにした。
「ご馳走してくれてありがとう」
「この前は名前さんにご馳走になったんで」
拓海くんのこういうところが可愛くて仕方ない。
「その気遣い、ありがとうね」
にこにこしてしまう。ふと拓海くんの頬にハンバーガーのソースがついているのが目に入って、紙ナプキンで拭った。
「あ、すみませ…」
「…っ、いいよ」
顔が近くてびっくりした。そんなつもりは全くなかった。拓海くんもびっくりしたようで、視線が泳いでいた。綺麗な顔だと思っていたけれど、瞳が綺麗で見つめてしまった。
他愛ない会話をしてハンバーガーを食べ終わり、拓海くんのアルバイト先のガソリンスタンドへ着いた。
「はい、到着」
「名前さんありががとうございます」
「バイト頑張ってね。いってらっしゃい」
「はい、いってきます」
私が手を振れば小さく拓海くんも振り返してくれて、可愛くてにこにこしてしまっていた。
嬉しい。楽しい。可愛い。ずっと見ていたい。そう思い返しながら、私は帰路についた。