悪い人について行っちゃいけない

何かに揺られる感覚があった。まるでゆりかごのような母に抱かれて揺られるような、不思議な感覚。そんなに小さな頃の記憶はないのに、確かに懐かしいと思える。そんな感覚。

誰かが話す声が聞こえてきた。扉一枚隔ているような少し籠った声だ。
まだ覚醒しない頭で、今日から学校だったな家族も起きているみたいだし私も起きようかなと目を閉じたままぼんやり考えていると、声は慌てた様子になり叫び声になった。

何事かと体を起こすと硬い何かにぶつかった。視界も真っ暗で手で探ると木の箱のような物に閉じ込められているんだと思った。
急ぎ杖を構えて灯りを灯す。人一人がすっぽり入る大きさの木箱はどう見ても棺桶のようだ。急いで自分の部屋まで姿現ししようとするも、できない。

声を上げて天井を叩いた。するとガチャガチャという金属音が聞こえる。

開け アロホモーラ

もしかしてと鍵開けの呪文を唱えると、ガチャリと音をたててあっさり開いた。急ぎ天井を押し上げて体を起こせば、周囲に同じような棺桶が無数に浮いている。
いったいどういう場所なのか見当もつかない。
すると、何者かの足音が聞こえてきた。この広い空間の中で逃げ場はなく、再び棺桶に入りやり過ごすことにした。

「どうして・・・扉・・・ている・・・・・・勝手に・・・なんて・・・です」

男の声が聞こえるけれど、頑丈な棺の中でははっきりとした言葉までは聞こえない。けれど焦ったような口調は伝わってくる。
男は再びコツコツと革靴の音を鳴らしながら来た時よりも速いスピードで去っていった。

再び静かになったところで、重い棺の蓋を押し上げて出ると、出口らしき場所からそっと様子を窺う。
高い天井に石造りの壁や床はひんやりとしていて、壁に掛かっている燭台が不気味に廊下を照らしている。
何がきても対処できるよう杖を構えて一歩外に出て、そろりそろりと歩き出した。

さほど歩かないうちに広い場所に出た。どちらに行けばいいのか分からず居ると、四方から足音が聞こえてきた。
耳をよくそばだてて、唯一足音がしなかった通路を走った。

ホグワーツに似た造りの建物ではあるが、自分が知るホグワーツと同じ場所は何処にもなく困惑している。
それに、自分が今身につけているローブは黒ではあるが材質もデザインも異なる。それがとても気持ち悪い。
こんな服、いつ着たんだろうか。

普段、こんなに走るなんてことをしないうえに、ぞわぞわと湧き上がる恐怖が呼吸を乱す。
歩を緩めながらも走り続けた。
ホグワーツ並に広い場所を幾つか通り抜けた先で月明かりが見え、外に出られれば脱出する方法は幾つかあると希望が見えた事で足も軽くなった。

「さあ、早く入学式に行きますよ」
「ふがー!ふががー!!」
「いい加減大人しくなさい」

突然聞こえた声に足が止まる。さっき棺の中で聞いた男の声に似ている気がする。
近くの物陰に隠れてフードを目深にかぶると、声のした方を盗み見た。

烏のような仮面をつけた怪しい男と拘束された猫のような生き物が見えた。あの猫もこれから棺に入れられてしまうのだろうかと息を潜めていると、仮面の男の影から見知った顔が現れた。

ーーーユウ!!!

声にこそ出なかったがかなりの衝撃で心臓がばくばくし始めた。
弟と仮面の怪しい男が連れ立って猫を捕縛しているこの状況に、頭がついていかない。休暇の度に会っているけれど、そんな非道なことをしている素振りなんてなかったのに。

弟が悪いことをしているのなら、それを正すのが家族だ。今からでも、悪い事から足を洗えばやり直す事はできる。
一つ深呼吸をして気合を入れると自然と杖を持つ手に力が入った。

「おや、あなたそんなところで何をやっているんです。入学式はもう始まってますよ」
「っ退けデパルソ!」
「うわ、なんですか危ない。教師に杖を向けるなんてどういうつもりですか」

身を潜めていたのが見つかり、とりあえず男にはどっかに行ってもらおうと呪文を唱えた。にも関わらず杖は男に捕まれ、杖から飛び出した呪文は空の彼方へ消えていってしまった。

杖を掴まれたことにも動揺したが、男の言った教師という言葉に引っ掛かった。
そういえば、さっき入学式と言っていた気がする。だとすれば、ここは学校で男が教師で私は生徒ということになるのだろうか。

そんな馬鹿な話はない。自分はホグワーツで魔法を習う学生それも今年で七年目で、卒業する年だ。
弟だって同じでこんな外観の学校には通っていない。

「貴方も新入生ですね?全く。今年の新入生はせっかちな人が多くて困る。それに、ここではマジカルペンを使ってもらいますから、このようなお古の杖を持ち込まれては困ります」

目の前の男は口を挟む隙も与えずぺらぺらと喋っている。
「早く来なさい。入学式が終わってしまいます」と言いながら歩き出した男に(仮面のせいか)従わざるを得ない圧を感じて着いていく。

隣を歩くユウに視線をやると、向こうも私を見ていて困ったように「話を聞いてくれないんだ」とボヤいた。
どうやら弟も私と同じ状況のようで、少し安心した。

title by : 天文学
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