ここは海底、アネモネの群生地

いつもの図書館には学生はまばらにいる程度なのに、今日はやけに人が多い印象を受けた。
動物言語学についてリドルくんと話していてより興味が湧いたので本を借りに来たのだが、本棚の前に生徒がいたので諦めることにした。

普段なら気にせず生徒のフリして本を物色するのたが、試験勉強の邪魔をしてまで本を読む理由が私には無い。
本は諦めて図書室を出ようと踵を返したところ人にぶつかりそうになり、咄嗟に身を引いた。
考えながら行動すると注意力散漫になるようで、これで未遂も含めてぶつかったのは三回目かな?と反省する。

「ごめんなさい。よく見てませんでした」
「いいや、ぶつかってないんだ謝る必要は無い」

ずいぶん快活な人だなと顔を上げると、学生服なのに異国情緒を感じる着こなしをする褐色肌の人だった。
どうやら友人と勉強をしにきたらしいが、帰ろうとすると強引に一緒に勉強しようと誘われてしまった。
なんでも友人は教えるのが上手いらしい。初対面なのに随分ぐいぐい来る人だなと厄介に思っていると、ご友人が迎えにきた。

「カリム!いないと思ったらこんなところに!試験までの時間は有限なんだぞ!」
「おおジャミル!こいつにも勉強教えてやってくれ!」
「ん?君は確か…」

カリムさんの友人はマジフト事件の被害者だったジャミルさんだった。カリムさんは思いついたこと真っしぐらな性格なのかもしれない。
ジャミルさんは大きな溜息を一つ吐くと、申し訳なさそうにしながらも私を説得し出した。苦労性なのかなと感じた。
なかなか首を縦に降らない私に焦れたカリムさんが、私の腕を取った。途端、ピタリと止まった。
それをいい事に私は腕を振り払った。簡単に解けて訝しげにカリムさんを見ていると、カリムさんも同じように私を見ていた。

「君たち、図書館はお喋りする場所じゃ無いよ」
「リドルくん」
「ああ、すまない。ほら、行くぞカリム」

ジャミルさんに引き摺られるように(実際はどこも引かれていない)立ち去ってくれて、助かった。
勉強に混ざったって、ここの勉強なんて一つも分からないからボロが出る。
学生じゃないのがバレたら、カリムさんの様子からしたら根掘り葉掘り聞かれそうで嫌だった。

リドルくんにお礼を言うと注意しただけだと言われたけれど、タイミングが良すぎたから多分困っているのが分かったんだと思う。
試験が終わったら動物言語学教えてねと言って図書館を出た。

寮に戻ると珍しく弟一人で帰宅したようだった。グリムはどうしたのか聞くと、用事があるからと先に帰るように言われたそうだ。
何も問題起こしてないといいねと言うと、恐ろしい事を言うなと言われた。
非常にあり得そうな事だから、グリムは騒動と一緒に帰宅するものだと思っていた。

「ただいまなんだゾ〜!」

グリムが非常にご機嫌に帰宅したので、私も弟も面食らった。
機嫌がいい理由を聞いても何も無いの一点張りで早くご飯が食べたいと夕飯を催促してくる。
もし何か起こっていたとしても、既に起きた事は防げないので諦めて夕飯の支度に取り掛かった。

「サムさん、こんにちは!」
「ハーイ!小鬼ちゃん、今日は何をお求め?」

グリムが珍しく勉強していた。一夜漬けに近いものではあったけれど、参考書のような物を熱心に読み込んでいて感心してしまった。
今日はその結果がわかる日なので、勉強を頑張ったグリムに少し高級なツナ缶でもあげようと考えた。
弟には好物を作ってあげる予定なので、これから帰って仕込みをする。

一週間前のグリムの様子を見る限り、いい結果が聞けそうだなぁと思ったのでここまでしている。
まあ、落ち込んだ様子だったとしてもお疲れ様という気持ちで振る舞っていたかもしれないけれど。
二人の驚いた顔と喜ぶ様子を思い浮かべながら支度をしていると、寮の扉が開く音がした。
2人が帰って来たんだと思い、慌てて片付けると談話室へ行った。

「あれ、ジャック?いらっしゃい」
「ミヤか、邪魔するぜ」
「ただいまミヤ」

グリムがいない事と2人のただならぬ様子が気になった。もしかしなくてもグリムが何かやらかしたんだと思った。
二人は真剣な顔で"頭にイソギンチャクつけられて"とか言うから呆気に取られてしまったが、どうやら契約不履行の代償らしい。
労うつもりだった私の気持ちが踏みにじられた事よりも、上手い話には裏があるって疑いもしないグリムたちに呆れた。

「学園の生徒全員がハウルくんのように自意識強くて面倒くさ……いえ、真面目だったら私も苦労しないんですけどねぇ〜」

音もなく現れた学園長に一様に驚きの声を上げた。
学園長の話によると、アズール・アーシェングロットという生徒が過去100年分の出題傾向を調べて作り上げた物を相談に来た生徒に渡した。
そこには不正行為が一つもないため、教師だから止められないと言い出した。
いつも赤点のグリムが80点以上取れるような虎の巻を自力で作ったというアズールさんに、私も驚き普通に感心してしまった。
学園長の話を聞く限り、アズールさんは頭がいい上に結果のために時間も手間もかける周到な人なのだと思う。

去年も同じ事があったという学園長の話を聞いて、学園長はやっぱりそういう悪い大人だなぁと改めて思った。
そして案の定、アズールさんを説得しろという断りきれない無茶振りにため息が出た。
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