珊瑚の海から鏡の間に戻るとお出かけの楽しい余韻に浸るように、口々にあれが良かったこれは面白かったと話した。
泳げないからという理由で拒否していたけれど、海の文化を肌で感じることができて帰ってきた今では行って良かったと思っている。
ただ、海に着いてから博物館に行くまでが酷かった。必死にしがみ付く私が邪魔で上手く泳げないと弟に言われエース達を頼ったがダメだった。
デュースには泳ぐのはあまり得意じゃないと言われ、ジャックにはやってみたら泳げるんじゃないかと言われ、エースのリーチ兄弟に頼めば?という意地悪な一言を聞いたジェイドさんに腕を引かれた。
言い出しっぺのフロイドさんは広い海を悠々と楽しそうに泳いでいて、ジェイドさんも泳ぎたかったようだった。
その証拠に、初めてポートキーで長距離移動した時のような手を離したら簡単に置いていかれてしまう程の勢いを感じた。
腕にしがみ付く私の存在を無視して泳ぐジェイドさんに恐怖した。
フロイドさんよりジェイドさんの方が怖いのではないかと着いてからは物理的に距離を取ることにした。
「慣れない環境にいて疲れたでしょう。そろそろ『モストロ・ラウンジ』の開店時間です。お茶を一杯いかがですか?」
アズールさんの提案にグリム達は歓喜の声を上げた。しかし、行ってみると大変混雑していた。
『50ポイント貯めると1回無料でアズールさんがお悩み相談を受けつける』というポイントカードの宣伝効果らしい。
宿泊費を払い終わるまで無償奉仕なので、これからは毎日こうなのかとうんざりする。
当然、私は弟達のように休めるはずもなくラウンジの制服に着替えて給仕に務めた。
日中は購買部、放課後はラウンジで働く毎日は忙しかった。どちらも接客が主だから疲れる。
しかも、男装しているとはいえ背は高くないし声も低くないので、男だとしても目の保養になるとかなんとかで声を掛けられる。
心は疲れる一方だが、売り上げに貢献した日はサムさんから日給が貰えるから懐は暖かくなってきた。
3万マドルは遠いけれど塵も積もればというから疎かにできない。
「先生達、レオナさんが授業に出ないと何でかオレに言ってくるんスよね」
キングスカラーさんのお使いで来たラギーくんが大きなため息をつき、いつものように愚痴をこぼした。
彼は購買部に来るランキング(私調べ)上位で、いつもキングスカラーさんに扱き使われて大変だと零していく。
それでもラギーくんは得の方が大きいと見て、キングスカラーさんに良いように使われているみたいだ。
きっと長い目で見ているんだと思う。制服もキングスカラーさんのお下がりだというし。
そんな事を考えながら窓の外に目をやると件の人がいた。
「キングスカラーさん!」
「ああ?」
私は何処かに向かうキングスカラーさんを呼び止めると、お礼を言った。アズールさんの暴走で倒れる私を受け止めてくれたのだとラギーくんから聞いたのだ。
全く気にしていないようで、気怠そうに返事をして立ち去ろうとした。
こんな時間に出歩いているのが不思議で、サボりなのかなと思いつつ「魔法薬学の授業ですか」と聞いてみた。
「まあ、そんなところだ。じゃあな」
これ以上話すつもりは無いようで、こちらを振り返る事なく魔法薬学室の方へ歩いて行ってしまった。
その近くには植物園もある。もし彼が植物園に行ったとしたらラギーくんが先生に何か言われてしまうのかもしれない。
そう思っていると、放課後になってラギーくんがやって来てクルーウェル先生に授業に出ろと伝えるよう言われたとこぼした。
ラギーくんには言わなかったけれど、次に見かけたら説得してみることにする。
「こんにちは、キングスカラーさん」
「ハァ、そのキングスカラーってのやめろ」
この前と同じく呼び止めると、不機嫌そうに眉をひそめて呼び方を変えるよう言われた。
理由を訊ねたけれど「お前の国じゃ他人をファミリーネームで呼ぶのか」と言われ、呼び方に拘りはないのでレオナさんと呼ぶと満足そうに笑った。
今日は前のように直ぐ立ち去るような雰囲気は無かったので、ちょっと探りを入れてみた。
「レオナさんは次何の授業受けるんですか?」
「そりゃあ魔法薬の授業だろ」
「でも、この前は授業出なかったんですよね」
「チッ、ラギーの差し金か…俺に授業に出ろって?」
「頼まれてはいませんよ」
「ははっ、そうだな頼まれてはねぇだろうな」
他人を小馬鹿にしたように笑ったレオナさんは、大きくため息をつくと「仕方ねぇ今日はちゃんと授業出てやるよ」と言って背を向けた。
思ったよりあっさりしているなと、その背中を見ているとレオナさんが振り返った。
「そんなに見てんじゃねぇよ。心配なら教室まで一緒に来るか?」
「ごめんなさい。いいです」
「そうかよ」
そう言ってレオナさんは背を向けながら片手を上げて去って行った。私も去って行く彼に小さく手を振った。
"今日は"じゃなくて"毎日"出ればいいのにと思った。学校に通えているのに贅沢な人だなと少し恨めしく思った。
ふと今まで考えなかった事が頭をよぎったが、その考えは私が女である以上なり得ない事なのですぐに消えた。
後ろで私を呼ぶサムさんの声がして、仕事中だったと思い直して購買部に戻った。
本来、学生のはずの私が学生として学園に通うなんて夢のまた夢なのだから言うだけ無駄だろう。