ユウたちはアズールの案内で席に着き注文したが、ミヤは契約で無償奉仕しなければならなかった。
体力的な疲れより、海の中を猛烈な速さで連れ回されたことによる気疲れで元気はないが、働かなければ無償奉仕の期間が延びるだけ。借り物の制服に着替えると、自分に元気が出る魔法をかけ給仕の仕事を開始した。
盛況な店内はガヤガヤしており、スタッフは忙しない足取りで店内を行ったり来たりしているが、床に敷かれたカーペットが足音を消しており賑やかながらも客はゆったりした時間を過ごしていた。
ミヤはドリンクをトレーに乗せてエース達が歓談しているテーブルに運んだ。
「ちゃんとした制服着てんのね」
「お仕事してるんだから当然でしょ」
「制服ならあるじゃん?って思ってさ」
「学生服で働いていたら客かスタッフか区別がつかないんじゃないか?」
「じゃなくてメイド服」
「そういえば前に一度オンボロ寮で見たな」
「は?なんで今言うの?はあ?意味わかんないんだけど!誰かに聞かれ…」
「ミヤさん、仕事中ですよ」
心臓が3つくらい飛び出したんじゃないかと思うほどの驚きで飛び跳ね、注意したジェイドから一瞬で1メートルくらい離れた。
さすがイセエビさんは反応が豪快ですねと笑いながら仕事に戻るジェイド。ミヤは、ばくばく動き続ける心臓のあたりを抑えた。
今の話は聞かれていたのか、聞かれていたとしたら何かに利用されるんじゃないかと不安になりながらも空いたトレーを手にキッチンへ戻る。
その日一日、何事もなく平穏無事に奉仕活動が終わった。
それから数日経つが本当に何もない。ミヤは自惚れていたと恥ずかしくなった。少し考えて、自分のメイド服に利用価値が無い事に気付いたのだ。
自分は校内唯一の女子で、メイド服という非日常的な格好をすることに需要があると無自覚に自負していたという、その甚だしい勘違いは非常に堪える。
ああ、なんて自分は愚かだったのだろうと深いため息を吐きながら無償奉仕のためオンボロ寮を出ると、目の前に三人分の影が差した。
「こんにちはミヤさん。あなたに最適なビジネスの話を持ってきたので中に入れていただけませんか」
「…結構です」
「話も聞かずに突っぱねるだなんて…いいんですか?あなた次第でお給料も発生しますよ」
「結構です」
「無償奉仕の期間を短くできる可能性…」
「結構です!」
アズールの悪徳で執拗な訪問販売みたいな突撃に、ミヤは一切聞き入れない強気な態度で応戦したが驚きと焦りで頭が回っていないだけだった。
契約を増やしたくない。何を契約させられるのか恐ろしいという思いで拒否し続ける。
それを見た双子は吹き出しアズールに睨めつけられていたが、フロイドが「とりあえずさ〜アレ見せてよ」と言いながらミヤの杖腕を掴んだ事で彼女の脳内は混乱した。一体何をされてしまうのだろうと恐怖しながらオンボロ寮に連れ戻されてしまう。
ズルズルと連れて来られたのはミヤの部屋だった。
ミヤは道中ずっと、どうやって逃げるかを考えていた。
フロイドには
姿くらましが一番逃げやすいのだが、腕を掴まれているために使用すればフロイドも一緒に移動してしまう。
どうしたら良いのかと悩んでいるミヤの頭上に降ってきたのは、クローゼット開けるよという許可取りというより事後承諾の声だった。
「あったあった」
「メ…メイド服…」
「そーそー着て見せてよ」
「え…?」
「着るなら腕離してあげるよ?」
「………」
「着替え終わるまでちゃんと部屋の外で待ってるし」
「…………」
「ねーなんとか言ってよ」
「着ればいいんですか」
「うん、着たら一緒に談話室まで行こ!………逃げようなんて思うなよ」
腕を離してくれるなら姿くらましが出来ると思った。他の二人が談話室にいるなら玄関に行けばいいと考えた。
けれど、後に続いたフロイドの逃げたら絞めるという言葉にその考えは捨てた。
渋々うなずいて、フロイドが扉を閉めるのを確認するとミヤは素早くメイド服に着替えた。
フロイドが痺れを切らして扉を開けたり不機嫌になったりしないように、一瞬で着替えて廊下に出る。
あまりの早さに驚いたのかミヤを見たフロイドは目を丸くする。けれど、それも一瞬ですぐ機嫌が良さそうなフロイドに戻った。
「イセエビちゃん、かわいーじゃーん!ねぇねぇもっと明るいところで見せてよー」
ミヤは思ってもいなかったフロイドの言葉に何も返せないまま、手を取られて部屋の中に逆戻りした。
フロイドから不躾な視線を浴びる事になったミヤは、状況が理解できずに阿呆みたいに口を開いて見上げるばかりだった。
未だに手は掴まれたままで、掴むと言っても両手をそれぞれ掌に乗せて向かい合ってるような状態に混乱を極めた。
これから社交ダンスでも始まるの?手はどこに置くの?腰?背中に手届く?ダンスの経験0だから絶対足踏む。しかも寮服のフロイドと踊ったら"ご主人様と使用人"みたいで不釣り合いでは?いやいや、よく見せてって言われて部屋に来たんだからダンスはしないでしょ。
ミヤは呆けて緩んでいた口を引き締めた。阿呆みたいな姿をいつまでも晒すわけにはいかない。
それにしてもいつまでこの沈黙は続くのだろうかと、フロイドのとろんとしたヘテロクロミアを見ている。
長身の男に無言で見下ろされて怖いと感じないのは、機嫌が良さそうに目元が優しく垂れているからか。
半開きになった口から少し尖った歯が見えているのに、ふんわり壊れ物を扱うような力で手を掴まれているから怖くないのかもしれない。
「あのー」
「くるっと回ってみせてよ」
「は……?」
「おねがい」
そう言ってしゃんがんだフロイドは、ミヤを見上げて早く早くと強請る。目的がよく分からず戸惑いながら、少し離れてちょこちょこと一回転した。
周り方がお気に召さず、もっと勢いをつけてと要求されるままにくるっと回転した。膝丈の裾がふわっと綺麗なAラインに広がる。
もう良いのかなとフロイドに視線をやると眩しそうに目を細めていて、どきりとした。
カーテンを閉めた方がいいのかなと、足を動かそうとした時"もう一回"と声が掛かり再び回る。
くるっ、くるん、ふわっ、ひらり。
何度も何度も、もう一回もう一回と要求され酔い止めの魔法かけておけば良かったと後悔し始める。
「も、もういいですか」
「いいよ〜」
「うっ…ぇ、わぁ」
「あはっ…ッやべ」
「うあっ」
倒れた。
二人とも倒れた。
ミヤが回るのをやめると案の定くらくらと目が回っており、フロイドはふらつくミヤを支えるように抱きとめた。
それに驚く間も無く太ももを抱え込まれると持ち上げられ、咄嗟にフロイドの肩に手をついて上半身を支えたが、ミヤを抱えた勢いでバランスが取れずにフロイドはよろけ二人してそのまま倒れた。
怪我もなく済んだのは、ちょうど倒れ込んだのがベッドの上だったおかげだ。ふかふかのマットレスがフロイドの背中を衝撃から守ってくれたのだ。
「あはははっ、失敗しちゃった」
「もう!危ないじゃないですか!」
「イセエビちゃんくらいなら簡単に持ち上がると思ったのにな〜」
「そもそも私は何のために回ったの…まだくらくらするんですけど」
「ん〜オレのため」
「は??」
「イセエビちゃんが可愛かったから観賞したかったんだ〜」
ミヤは複雑な気持ちになった。可愛いとは褒め言葉として受け取ったが、観賞と言われて私は未だに格下扱いなのかと今までのフロイドの行動が頭を過り、嫌な気持ちになった。
ポケットに入れていた杖を取り出し喉元に突き付けると、機嫌良く笑っていたフロイドがきょとんとした顔になる。
焦ったり怒ったりしない辺りがミヤを不快にさせた。
「フロイドさ……いえ、フロイドくん。何度も馬鹿にされて良い気がしないんだけど」
「オレ別に馬鹿にしてねーけど」
「説明も無しに着替えを要求したり、可愛いから、見たいから、やってみたいからって人の事振り回さないで」
「イセエビちゃん嫌がらなかったじゃん」
その通りだった。フロイドがオンボロ寮に来たのもメイド服を着るよう言われたのも、手を掴まれたのだって回転させられたのだって、こうして一緒に倒れてしまった事だって嫌じゃない。
嫌だったのは、同格に思われずに観賞物として扱われた事だ。私の中の自尊心を傷つけられたからだ。
「オレ本当に思ったことしか言ってないからね。かわいいって思うし、ぎゅうって抱きしめたかったし、ずっと見ていたかっただけ。
それが不満なの?嫌だった?」
「嫌じゃなかった…」
「じゃあ、いーじゃん。てかさ、この体勢だと、ずーっとイセエビちゃん見放題だね」
「すっすぐ退く!!」
「えーもっとこーしてようよー」
「こッ腰を掴まないで!」
「あははっ焦ってんのもかわい〜」
仰向けに倒れたフロイドの腹を跨いで背の高い男を見下ろしているというミヤの優越感は、フロイドの言葉でたちまち羞恥心に変わった。
逃がさないように腰や太ももを掴んでくる手がくすぐったくて、肩に手をついてどうにか逃れようとしたけれど力が抜けてしまって上手くいかない。
魔法が効かない魔法を持ってる人には無意味だと、力の入らないミヤは早々に杖を離していた。
血色のいい頬をしたフロイドが楽しそうに笑うので、完全におもちゃにされているとミヤは悔しさと恥ずかしさで暴れたくなってくる。
どうにかしようと身を捩っていたミヤは、フロイドの強い力でどうすることもできなくなった。
突然、フロイドが抱きしめてきたのだ。心臓がばくばく鳴っている。いったい何なんだ。
「いつまで待たせる………は?」
「おやおやおやおや」
「なっ何をやっているんだ!!!」
「ふふふふふ」
顔を真っ赤にして声を張り上げるアズールと、バグったように意味のない言葉が漏れ出すジェイド。
待ちくたびれた二人に何か言おうと体を起こしたいのに、フロイドに耳元でダメと言われると大人しくしてしまう。全く心臓の音は大人しく無いけど。
取り乱している二人は「昨日の話は無しね」というフロイドさんの言葉で正気を取り戻したようで、静かになった。
ミヤはフロイドの胸に顔を押し付けられ、二人の様子は音でしかわからない。その音もどくんどくんという音に阻まれ、自分の心音もうるさくていまいち会話が頭に入ってこない。
「イセエビちゃんのこんなかわいい姿、他の奴に絶対見せたく無い」
「はあ、僕が考えたビジネスプラン。ミヤさんはどう思われますか?」
「えっいや…」
「嫌だってさ」
「そうですか…気が変わったらいつでも言ってください」
嫌と言ったわけではないが、コツコツと足音が遠ざかり二人は帰ったようだ。これで心臓に悪い事が終わると安心して離れようと肩を押すと、あっさり起きれた。けれど、解放する気は無いようで腰に腕が回ったままだ。
沈黙の間、さっきまでの事が頭をぐるぐる駆け回り顔が熱くなる。自分とも弟とも違う匂いにどきどきしたし、耳元で聞こえた甘やかな声がまだ鼓膜を震わせている気がする。
こんな感情になった事が今まで一度もなくて、どうやってこの場を切り抜ければいいのか全くわからない。
「ねえ、イセエビちゃん」
ただのあだ名なのに、名前を呼ばれて耳が蕩けそうになる。
「お金払ったらイセエビちゃんはオレのためにご飯作ってくれる?」
優しい目元のフロイドの頬が普段より赤みがかっているのは、幻覚かもしれない。
「それから、あーんて食べさせて欲しいなあ」
あーんと開けたフロイドさんの口の中にある、真っ赤な舌が美味しそうに見えるなんてどうかしてる。
「スペシャル給仕セット+500マドル」
「………え?」
「アズールがイセエビちゃんに持ち掛けようとしてたビジネスの内容」
「………はぁ?」
フロイドは他人を混乱させる天才だとミヤは思った。さっきまでの甘い雰囲気はどこに行ったんだろうか。弄ばれたようで悔しいが、そんなビジネスはお断りだ。
アズールが持ち掛ける前にフロイドが断ってくれて良かった。もし話を聞いていたら、給料が増えるなどと聞いていたら承諾していたかもしれない。そして、後悔していただろう。
ミヤはフロイドに感謝した。
「イセエビちゃんのためじゃねーよ」
そう言ってフロイドはミヤを丁寧にベッドの上に下ろすと、じゃーねと言って部屋を出て行った。
ミヤは機嫌を悪くさせてしまったと、もう少し上手く言葉を選べば良かったと反省した。
しかし、反省は不要である。
「はぁ〜本音誤魔化すのにアズールのビジネス話ちょっとだけ捏造しちゃった〜。
てかイセエビちゃん可愛かったなぁ。誰も見てなきゃまた着てくれるかな…着なくてもいいから、あ〜んして欲しいなあ」
フロイドはニヤッと笑うと、明日の朝また来ようと軽い足取りで寮を出て行った。
ミヤは手の甲で頬の熱を冷ましていたが、モストロの事を思い出し慌てて寮を出た。
「遅刻は減給ですよ。まあ、ビジネスの話を受けてくれるなら減給どころか、働き次第で昇給もありますが」
「その話、乗ります」
「は???」
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スペシャル給仕セット
+500マドルで可愛いメイドが料理をお届け!退店まで貴方はご主人様です(一週間限定メニュー)
フロイドはそれから毎日シフトに入りオーダーを取りまくった。スペシャル給仕セットのオーダーは一つも入らず、ミヤの無償奉仕期間が短くなる事はなかった。