それに、手作業で地道に掃除している弟がいるのに自分だけ魔法で楽するわけにはいかないので慣れない方法で掃除をした。
二人に私だけ窓拭き100枚の刑じゃなくなったと報告したらグリムがオマエだけずるいんだゾと怒り出したけれど、一人で大釜磨きだというと一気に哀れみの眼差しで見られた。
とてもわかりやすい生き物だと思った。
弟たちと別れ魔法薬学の教室を目指す。場所を昼間食堂で見つけたエースに聞いた時は、まさか外にあるとは思っていなかった。
エースに会った時すごく嫌そうな顔をされたけれど、こっちだって場所が分かっていればわざわざ話しかけたりなんかしない。
嫌だったけれど背に腹は変えられないのだ。
「あ、ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ失礼しました」
薬学室の扉を開こうとした時、丁度出てきた生徒とぶつかりそうになり慌てて道を開けた。
今朝の周囲の生徒たちの様子を思い出して騒ぎになるのを恐れたけれど、物腰の柔らかそうな感じに胸を撫で下ろし軽い会釈をして教室に滑り込んだ。
「お前がお仕置きを受ける駄犬だな。魔法の使用を許可する。ここにある全ての大釜を磨け」
教室内には白と黒のモコモコのコートを羽織った男性がいて、やたら犬の躾に絡めて話してくる。
この男性教師はクルーウェル先生というらしく、先生のまとう空気感や迫力に素直に従ってしまいそうになる。
まるで、本物の犬のように言われるがまま私は杖を取り呪文を唱えた。
「
大釜には様々な汚れが着いている。焦げ付きや洗い残しや、そもそも洗われていない大釜まであった。
まだ洗浄されていない大釜から取り掛かり、次に焦げ付いた大釜にゴシゴシ呪文をかけた。綺麗に洗われた大釜に付着した水分は"汚れ"ではないためどうしても残ってしまう。
「
そうやって順番に大釜を磨いていると先生がコツコツと歩いてきた。
先生の真剣な顔に身構えているとパッと利き腕を掴まれ、杖をまじまじと見られる。
腕を掴まれたままで戸惑っていると先生と目が合って年齢を聞かれたので17歳だと答えた。
「お前の国では皆このような杖を使うのか」
「はい。11歳になると魔法学校から入学案内が来るので、それから杖を作ります」
とても興味深そうに聞いてくるため、杖の材質や杖が持ち主を選ぶことなども話した。
そういえば、私はこの世界のことを詳しく教えて貰っていないなと感じた。
同じ魔法が存在する世界で魔法を使えない人間を馬鹿にする人もいるくらいなのに、私がいた魔法界の常識とここの常識はもしかしたら全く違うのかもしれないと感じた。
「このことは学園長に報告させてもらう。良いな」
「はい」
「良い返事だ。引き続き大釜を磨き、終わったら必ず元の場所に戻してから寮に戻るように」
有無を言わさぬ物言いに、はいと答えるしかなかった。けれど、しっかり返事をしたからか"good girl"と飼い犬を褒めるように言われた。
先生にとって生徒は仔犬で授業は躾のようなものなのかもしれない。
先生が個性豊かな種類も異なる仔犬を前に教鞭を取る姿を想像して、おかしくて少し笑ってしまった。
先生が退室した後でよかったと、ホッと息を吐いて残りの大釜磨きに取り掛かった。
「精が出ますねえ」
「!?が、学園長!」
魔力の消費を抑えるため手作業で集中していたし人が来るとは思っていなかったため、心臓が飛び跳ねるくらい驚いた。
学園長は全く悪びれもせず驚かせるつもりは無かったんですよと言っている。未だに心臓のばくばくが治らない。
「罰則はもう結構ですよ、私優しいので。それより少し話があります。学園長室まで着いてきてください」
そう言うと学園長は出しっぱなしだった残りの大釜を片付けていく。
私は学園長の態度に戸惑いと薄気味悪さを感じていた。あんなに怒っていたのに掌を返すようなこの態度は一体何を言われるのだろうか。
厄介な事にならないといいなと思いながら着いて行った。
その結果、杖を奪われた。
どうやら入学式から今日の罰則までの魔法使用に関して、生徒でない者に杖を持たせて学園内に置いてはおけないという事だった。
つまり生徒に危害を加えると思われた。
確かに使い方を間違えれば怪我することはあるけれど、そんなの魔法じゃなくたって怪我する時はする。
怪我をするような魔法は使わないといっても、ここの生徒が魔法を使った時にそうならないという保証がない。
それと魔法学校で学んだ年数の違いから扱える魔法の種類が多いことなど、いくら食い下がっても理由ならいくらでも出せますという学園長の態度に最終的には黙ってしまった。
「貴方には、あの寮専属の掃除婦…いえ、管理人になって貰います。いいですね」
「・・・・・・」
「おや、返事が聞こえませんよ」
「・・・わかりました」
とぼとぼと落ち込んだまま寮に戻ると既に戻っていた二人に迎え入れられた。
私の様子を疲れているからだと思った弟が気を使ってくれるけれど、全く気にしないグリムが学園に生徒として通えるようになったと嬉しそうにはしゃいでいる。
私は祝いの言葉と、疲れたから寝るとだけ言って部屋に直行した。
部屋に入って、シャワーを浴びようと脱衣所で服を脱ぐため腰に手をやっても何も掴めない現実に脱力し洗面台に手をついた。
六年間肌身離さず共にいた相棒を奪われた喪失感から、しばらくバスルームから出られなかった。