右手に理性、左手に不条理

慣れない環境と雨が窓を叩く音、どこか拭切れなかった黴臭さのせいでなかなか寝付けず何度も何度も寝返りを打っていたがそれも暫くののち、気付けば寝ていた。

朝になって、学園長のモーニングコールで起きる事になったのは最悪だった。
声を掛けられて目を開けると、目の前に真っ黒な烏の仮面があるのだからびっくりして大きな悲鳴を上げてしまった。
しかも全く悪びれもせずに「あなた女性だったんですねぇ」というものだから、近くにあった枕を掴んで投げつけた。

「この学園には貴方のような男子生徒も通っていますから、体型さえ分からなくすればバレる事は無いとは思いますけど」

悔しい事に枕は軽く受け止められ、枕を抱えたまま口元に手を当て何を悩んでいるのか唸っている。
起き抜けを昨日初めて会ったばかりの男に見られているというのは、良い気がしないので早く部屋を出て行って欲しい。

「まあ、とりあえず今日一日様子を見て問題なければそのまま続けてもらうということで」
「なんですか、問題って」
「問題にもなりますよ。男子校に女子生徒がいては」
「は?」

あれ?言っていませんでしたか等ととぼけている学園長に開いた口が塞がらなかった。
男子校なのに、弟はともかくどうして私までこんな事になっているんだと寝起きの頭が混乱しているとグリムの叫ぶ声が聞こえた。
私は弾かれるようにベッドから降りた。

「私が見てきます。貴方は早く身支度整えて談話室までくるように」

そういって学園長は有無を言わせない態度でツカツカと部屋を出て行った。
弟に何かあったんじゃないかと心配になったけれど、起き抜けのまま彷徨きたくはないため急いで身支度を整えた。
部屋を出ると丁度弟たちも部屋から出てきたので、軽い挨拶をして談話室まで急いだ。

談話室での話は仕事内容と騒ぎを起こすなという注意だった。不満そうなグリムの様子を見ていると騒ぎを起こすななんて絶望的に思えた。
騒ぎを起こさないようにどうするかではなく、騒ぎが起きたときにどうするかを考えた方が良さそうだった。

騒ぎが起きたらどうするかなんて、事前に考えつくわけもなく予感が的中してしまった。
わりと可愛い見た目に反して、人の言う事を全く聞かないグリムは男子生徒に揶揄われ炎の魔法で攻撃し出した。
正直なところ私も弟の事を馬鹿にされてむかっ腹が立っていた。

男子生徒もその周りの生徒も面白がって、止めようとする人が一人もいないのには呆れて何も言えない。
一人で困る弟に居ても立ってもいられず、容赦無く杖を抜いてグリムを縄で縛り上げた。

妨害せよインペディメンタ
「んっ!?」
「ミヤ!!」

呪文で男子生徒の動きを止めてグリムを縛り上げている縄を掴み、これ以上騒がないように言い聞かせる。
しょんぼりした様子で「わかったんだゾ」というので二人の魔法を同時に解いてあげた。

動きを止められた生徒は急に動けるようになった体に戸惑いながらも私に文句を言ってくる。
自業自得なのに噛み付かれてうんざりしていると、落ち込んだ様子は演技だったようで元気になったグリムは懲りずに私と生徒目掛けて火の玉を飛ばしてきた。

「くらえっ!」
「はっ、そんなん風で矛先を変えれば・・・・・・あ"ぁ"ーー!!」

私が水で打ち消す前に風の魔法で飛ばされた火の玉がハートの女王を黒焦げにした。
さっき聞いた説明によれば、このメインストリートの像はこの学園のシンボルのような大切な像だ。それを黒焦げなんて最悪の事態だった。

しかも騒ぎを聞きつけた学園長が現れ、愛の鞭を振りグリムと男子生徒が悲鳴を上げた。
相当お怒りの様子で、退学という言葉まで飛び出した。罰は窓拭き100枚の刑を言い渡され放課後に食堂に行かなければならなくなった。
食堂なんて皆集まる場所の窓拭きなんて適当に済ませられるわけがないし、100枚なんて途方もない数終わる気がしない。
怒りを露わにしながら去る学園長を急いで追いかけた。

「学園長、申し訳ありません。石像なら魔法で元通りにしました。なので」
「だから、罰を軽くしろと?」
「はい、ユウは魔法が使えません。放課後から窓拭き100枚なんて朝日が昇っても終わるかわかりません。それに、私が二人の拘束を解いたのがいけなかったんです」

私は必死だった。弟には、魔法が使えない事で劣等感を持って欲しく無いのだ。
だから、危険な時以外は弟の前で魔法を使わないようにしている。こちらに向き直った学園長に、私は騒動の仔細を説明した。

「そうですか。そこまで言うのなら仕方ありませんね。貴方には別の罰を与えましょう!大釜磨きの刑です」
「それでは、窓拭きの人数が減ってしまいます」
「でも、貴方が悪いんでしょう?それに、石像が元に戻っても一度グレートセブンの石像が黒焦げにされた事実は変わりません」

放課後、魔法薬学室まで来るよう言って学園長は行ってしまった。
グリムや揶揄ってきたエースという男子生徒を責めることなんかできない。自分だって加担して弟を困らせる事に繋がってしまったんだから彼らと同罪だ。
戻ってこの事を弟たちに言うのが気が重くて仕方なかった。

title by : 溺れる覚悟