陸に上がってはいけないよ。お前のような泳ぎが遅い人魚なんてすぐに捕まってしまうからね。
捕まった人魚の末路は悲惨だよ。生きたまま身体中の鱗を剥がされ、喰われてしまう。
上を見てごらん。きらきらしていて綺麗だろう。だけどね、あれはお前の肌をボロボロにしてしまう恐ろしい光なんだ。
太陽と言って、ああやって綺麗な光でおびき寄せた生物を傷付けてボロボロにしてしまうのさ。
海の中が全て安全てわけじゃあないけれど、わざわざ危ない場所に飛び出していく必要も無いだろう。
大丈夫だ。ここで過ごしていれば、お前に危険は及ばないよ。
そう語って聞かせてくれた
祖母が亡くなった。
セシリアは目の奥が熱くなり滲みるような感覚に目が溶けてしまったかと思った。慌てて鏡を確認するとちゃんと両眼が見えていて安心し、これが涙が出るという感覚かと思った。
悲しい時や痛い時に涙というものが出るらしいけれど、海の中では見えないためどんな形をしているのかは分からない。
その見えない涙というのが人間には貴重なもので、捕まった人魚は目玉から涙を絞られる。
祖母は、昔話を聞かせるようにセシリアに人間の恐ろしさを語って聞かせた。人魚と人間の"結婚"という話は所詮物語だと言った。
人魚と人間が
結婚なんて、連れ去られた人魚の家族が悲しみから逃れるために美談として語られるだけだと言った。
セシリアも祖母と同じ考えでいる。
海の上は恐ろしい。海中でも浅瀬は危険。海上の光が陰ったら人間の船があるから深く深く潜れ。
人間に遭遇したら終わりだ。セシリアの
母親は人間に殺されてしまったのだから。
それから一年後、セシリアはエレメンタリースクールという学び舎に通うようになった。巣に帰っても誰もいないので、つまらなかったセシリアにとってスクールは楽しい場所だった。
近隣の人魚が通うスクールでは、たくさんの友達ができた。近隣といっても縄張りもあったりするために普段の生活で遭遇することはほとんどない。
セシリアは泳ぐのが遅いために、まだ暗いうちから移動しないと始業の時間に間に合わない。暗いのは慣れてるし、楽しいスクールに行くためだから全然大変ではなかった。
「セシリアちゃん、早起きなの?それとも夜行性?」
「夜行性じゃないよ」
「セシリアちゃんはのんびりしてるからね」
「あーね、そーだったね」
「なあ、今から追いかけっこするんだけど、君たちも一緒にやらない?」
「うん!いいよー」
「じゃーね、セシリアちゃん」
数の数え方や文字を書く練習をする。休み時間になっても、動きが遅いセシリアは計算も書取りも終わっていない。
休み時間に友達と遊べないのは残念だった。それでも休み時間毎に話しかけてくれる友達がいて、とっても嬉しいと感じていた。
ああ、そんなことより早く計算して書かないと次の授業が始まってしまう。
「今日のお勉強はここまで。宿題を出しておくので明日の朝、先生に渡してね」
「ありがとうごさいましたー」
みんなで元気に挨拶をして、席を立った子達が勢いよく教室を飛び出していく。セシリアはまだ書き終わっていないので、一生懸命文字を書く。
隣にいた子はもういない。そこによく話しかけてくれる友達が来て一緒に遊びに行こうと誘ってくれた。
まだ終わってないから断ろうとすると、その子と一緒に行くらしい子が早く行こうと急かした。
「まだ、かかるから。また明日ね」
「そっか、またね」
少し残念そうにしながら、すいーっと他の子達と一緒に行ってしまった。まだ終わってないのを分かってるのに、私の事を気にかけて声をかけてくれるなんて優しいなとセシリアは思った。
毎日、毎日少しずつ書取りも計算も早くなってきた気がする。それでもまだ友達と一緒に遊べないし、泳ぎは全然遅いままだった。
それから2〜3年経った頃だ。また時間内に終わらなかったセシリアに疑問を投げかけてきた子達がいた。
「ねーねー、いつもそうやって書いてばっかりいるけど何書いてるの?」
「これは、歴史の授業のだね」
「え、それ一個前の授業だよね。今書いてるの?なんで?」
「復習してるのかもしれないよ」
「げー真面目ちゃんかー」
セシリアの返事が遅いばかりに二人で話を進めてしまっている。
間髪入れずにテンポ良く会話する二人の見た目はそっくりで、兄弟?双子かな?と考えながら書く手は止めない。止めてしまったら時間内に終わらない。
「前に会ったタコちゃんと同じだね」という言葉が耳に残った。けれど、その前に言おうとしていた言葉が先に口から出た。
「復習じゃないよ。板書してるの」
「え、もう消されてるよ」
「何見て書いてるの?まさか覚えてるの?」
「そうだとしたら、すごい記憶力だね」
「てか、それなら」
何か言いかけた言葉は授業開始のベルに遮られ兄弟はすいーっと戻っていった。
タコちゃん。
私と同じとはどういう意味なんだろうか。書くのが遅いのか、ただ復習しているのか、予習かもしれない。とセシリアは考えた。
セシリアは自分と同じで書いてばかりいるタコちゃんと呼ばれた人魚のことが気になった。けれどセシリアが"タコちゃん"に会いに行くのは板書が終わらないので叶わなかった。
出会いはきまぐれだった
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