ずっと続けていた板書という行為が無くなった。覚えてるなら書く必要ない。というフロイドの言葉が要因だ。
セシリアは周りの子が書いているから書くのは当然だと思っていた。けれど、みんなは覚えたり予習復習のために書くのだとジェイドが教えてくれた。
無意味な事をしていたと知ってからは、休み時間は普通に休んだ。友達とお喋りしたり、流行りのものを教えてもらったりして楽しんだ。

板書という行為が無くなって時間は出来ても、やっぱり放課後は遊べなかった。
泳ぐのが遅いセシリアは、みんなのスピードに着いて行けない。それが歯痒くて放課後は泳ぎの特訓をした。
それに付き合ってくれたのがフロイド達だ。腕を引かれてグルグル回ったり、びゅんびゅん進めるように、勢いよく引かれながら放られたりした。
とっても疲れるけれど、早く泳ぐという感覚を知れて良かったとセシリアが二人に感謝を述べると声を上げて笑うフロイドとは対照的に、ジェイドは驚いた顔をしていた。
協力してくれたのは、ほとんどフロイドだったからお礼を言われてびっくりしたんだと思った。

ミドルスクールに上がった頃には、アズールとも仲良くなった。アズールはとても勤勉でセシリアが知らない魔法をたくさん知っていた。
それだけでなく、効率の良い泳ぎ方や運動方法も詳しくてセシリアは彼と一緒に泳ぐ練習もした。
アズールは挙動の遅いセシリアに苛つくことはなく、一緒に魔法書を読んで知識をたくさん身につけるのが楽しくて、自然と彼と過ごす時間が増えていった。
最近のクラスメイトはセシリアの挙動の遅さが嫌なようで避けられてしまっている。少し寂しく感じたが、アズール達の変わらない態度に安心した。

記憶力しか取り柄がないとセシリアはアズール達の助けになるならといろんな事を学んだ。
海底の歴史には人間も登場し、当然相容れない存在として描かれている。それが近代史になるにつれて関係は良好になり、陸に上がる人魚もいるし人間がリゾートで海中に来るようだった。
一部の海は人間にとって観光地化しているという記述もある。
ちょうど一緒に歴史書を読んでいたジェイドに人間てやっぱり恐ろしいねとセシリアは話しかけた。

「我々が陸に上がることはないでしょうけど、セシリアは特に気をつけた方がいいと思いますよ」
「そうだよね、海上に出るだけで肌がボロボロになっちゃうもんね」
「ああ、太陽ですか。あれは明るい時だけで暗くなるともういません。
その代わりに、とても興味深いものが現れるんです」

一緒に観に行かないかというジェイドの誘いを断った。暗いのには慣れているが暗い時間の方が密猟者がいると資料に書いてあったのを覚えていた。
セシリアの鱗は大変珍しいものらしく、同じ人魚でも珍しいのだから人間は喉から手が出るほど欲しいのだと、アズールから聞いていた。
断って勉強を再開したセシリアだけれど、ジェイドの"興味深い"という言葉に惹かれていた。私の興味をそそる物って何だろうかと気になった。

「やっぱり、行く」
「そうですか!では勉強が終わって、空がオレンジ色になったら一緒に行きましょう」
「二人だけ?」
「ええ、フロイド達には内緒です」
「なんだかワクワクしてきた」
「ふふふ」

お互いに教え合って勉強する時間も楽しかったけど、いよいよ暗い海の上に行くのだと思うとワクワクした。
泳ぎの遅いセシリアはジェイドにつかまって上へ上へと泳いでいたが少しずつ恐怖を感じてきて、ぎゅっと腕に力がこもる。
その度にジェイドが大丈夫だと言うように微笑むのでセシリアは安心して彼の体につかまっていられた。

後は顔を出すだけという場所まで来た。横の岩の隙間では小魚が寝ていて、上には太陽よりは優しい。けれど、確かに同じような光があるように見えた。
セシリアは海底の歴史や物についてしか勉強していない。陸に上がるなんて微塵も考えていないからだ。だから、祖母から教えてもらった以外の事は知らない。
あの光はなんだろう。

「怖いですか」
「太陽じゃないんだよね?」
「あれは月です。光ってるように見えますが、あれは太陽と違って光っていません」

だから海上に出ても肌がどうにかなる事はないという。彼が嘘をついた事はなかった。フロイドが幼少期にイタズラで海中を振り回した時も彼は馬鹿なセシリアを笑わなかった。
彼の目を見て頷くと一緒に海の上に顔を出した。何かに撫でられている感じがしてセシリアは顔をごしごしと拭った。
そんな仕草を見たジェイドは悪戯っ子のように笑って「風というやつで海中を漂ってるプランクトンだと思ってください」と言った。
それなら食べられるのかと口をぱくぱくしてみたけれど、何かが口に入った感じはなくて首を傾げた。

「くすっ、それよりも上を見てください」

そう言って見上げるジェイドに倣って上を向く。息を呑むというのは、こういう光景なのかとセシリアは実感した。
頭上には小さな光の粒が散らばっていた。じっと見ていると光が瞬いてるように見えて、セシリアにはそれが生き物のように見えた。
月と光の粒は遠くにあるのか、手を伸ばしても掴めない。この光の粒は海面にぶつかるところまで続いていて、この地球ほしは計り知れないほど大きいのだとセシリアは気付いた。

ねえ、ジェイドくん。と話しかけようと隣を見ると真剣な表情で見上げていて、出かかった言葉を何とか飲み込んだ。
ジェイドは興味深いと言ってセシリアを誘った。それはセシリアの興味をそそる物という事と自分が面白いと思っての言葉だったんだなと気づいた。
いろいろな物事に興味を持って調べて試して学んでいく彼の姿勢に、セシリアは感銘を受けた。

もう少し人間という生き物を"恐ろしい"という視点以外から調べて学ぶのも良いのかもしれないと思った。

ちらちらと星屑のように、
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