体温にとける


はじまりの名を知らぬのつづき


審神者と刀剣男士は一緒になることができるのだろうか。審神者が任を解かれるか又は刀剣が壊れればそれまでだろう
ずっと一緒にいたいというのも夢のような話だ。けれどそうありたいと思ってしまうのはいけないことだろうか



「主、遠征部隊が帰還したようです」
「部隊長に報告に来るように伝えてくれる?」
「わかりました」

遠征部隊の隊長は髭切だ。きちんと報告はしてくれるのだけど、自由な刀だから寄り道することが多々ある
残りの仕事は、遠征の報告を受けないと終了しない。早く執務から解放されたい私は、早く来るよう近侍の平野藤四郎に伝えた
程なくして足跡が聞こえる。随分早いなと思っていると障子の向こうから髭切ではない声がした

「兄者に代わり報告に来た。入るぞ」

膝丸の不意の訪問に動揺するも、すぐ仕事脳に切り替える。彼の前では主らしくいたい。恥ずかしい姿はさらせない

「髭切はどうしたの?」
「今頃鶯丸と茶を飲んでいる。部隊長がすべきだと言ったんだが」
「膝丸が代わりに来てくれて助かった」

畳一畳分離れた位置に座った膝丸に平野のことを聞けば、髭切と鶯丸に捕まったらしい。きっと上手く丸め込まれてしまったのだろう
ともかく膝丸から遠征で得られた物資などの報告を聞く。成果は上々のようで、あとは今日の報告書にまとめるだけだ

「何か手伝うことはないか」

遠征帰りで疲れているだろうに、最近の膝丸は少し働きすぎだと思う。手伝ってくれるのは素直に嬉しいけれど。
しっかり休んで欲しいと伝えると静かに執務室を出て行った。数日前のこどなど無かったかのような彼の態度に安心するも、少し寂しく感じてしまった



「主、少し休憩にしないか」

もやもやした気持ちのまま政府への報告書が完成したころ声を掛けられた。膝丸だ。今日の近侍は平野のはずなのに
入るぞと言って二人分のお茶とお菓子が乗った盆を持って入ってくる

「平野藤四郎はまだ解放されないようでな」

恐るべし髭切と鶯丸のマイペース力。そんなことを思いながら膝丸と一緒に縁側に出る。いつもここの景色を眺めながら休憩をとっているのだ
外の空気を吸うと脳内が一気にオフモードになる。膝丸と盆を挟んで隣同士に座り湯呑を持つと、いつものお茶じゃないことに気づいた

「紅茶?」
「お茶請けが西洋菓子だから、こっちの方がいいだろうと言われてな」
「...おいしいよ。それにいい香り」
「それはよかった」

この本丸にティーカップは無いので湯呑みなのだが、それがちょっと面白くて笑ってしまう。膝丸の顔も少しだけほころんだ気がした
燭台切あたりの助言で膝丸が入れたのだろうか...とても嬉しいけれど素直に喜べない。まだ先日の誤解は解けていないし、謝罪もできない理由も言えない
あの時髭切が嘘を付くとは思っていないが、あの時言われた事は本当なのか信じられない
膝丸がどう思っているのだろうか気になるけれど、自分から話を蒸し返すわけにもいかず湯呑に口をつける
ごちそうさまと湯呑を置くまで私も膝丸も無言のまま静かに休憩をした



「昨日、平野が申し訳なさそうに謝りに来ました」
「彼が責任感じることないのに」
「だいたいあなたのせいですからね」

そうだねなんて呑気に笑っている。今日の近侍を髭切にしてよかった。彼のやわらかい雰囲気が今の私にはちょうどいい。普段はこんな雰囲気なのに、たまに確信をつくことを言うから油断ならない

「主、兄者。休憩にしてはどうだろう」
「おや、気が利くねえ」

仕事に集中できず考え込んでいると、いつの間にか膝丸が来ていた
膝丸は兄者が絡むと更に甲斐甲斐しくなるなあと思っていると、髭切に何か言われたのか少し落ち込んだ様で出て行った

「せっかく弟が持ってきてくれたし、休憩にしよう」

髭切の提案に頷き盆を持って縁側に座る。今日は膝丸と会話してないなぁなんて思いながら、お茶を口にする

「あれから弟とはどうなの」

お茶を吹き出しそうになり、むせる私を笑いながら聞くまでもないねと笑う髭切を睨め付ける

「これでも君のこと応援してるんだよ」
「膝丸とはこのままでいい」
「へえ、仕事中も考えてるのに?」
「それは...」

それは髭切がややこしくするからだなんて言えない。私が1人で抱え込んで勝手に悩んでいるだけなのだから
これ以上踏み込まれたくなくて髭切から視線を逸らす。もう何も言わないで欲しい。髭切が何か言うたびに、自分の膝丸に対する抱くべきでは無い思いを吐露してしまいそうになる。今の関係を壊さない為に言わないと決めているのだ
たとえ隠しきれていなくても煽るようなことを言わないでほしい

「ねえ主」

さっきまでの揶揄う雰囲気とは違う柔らかな声におずおずと髭切へ視線をやる

「心に留め続けるのは辛いだろう?言ってごらん僕が聞いてあげるから」

そうだ辛かったのだ。髭切の言葉に声音に激しく心が揺さぶられた。このまま髭切に吐露してしまってもいいんだろうか。わからない。髭切の優しい眼差しに頭がぐしゃぐしゃになるし、胸の奥からどんどん気持ちが大きく膨れ上がって溢れた

「...あ」

涙がこぼれた。膝丸の戦場での勇ましさを知り優しさや気遣い、真剣な眼差し。私が知らない彼のいろいろな表情が見たい。全部見たい。彼の全てが好き。そう私は膝丸のことが

「...好き。好きなの」
「うんうん」

それなのに私のちっぽけな意地で、私の前ではあまり態度に出していないが彼を傷つけてしまったかもしれない。最低だ。髭切の手が背中に触れた。あたたかい。こんな刀に懸想する私を許してくれる?主として失格じゃない?このまま好きでいてもいいの?
こんな恥ずかしい姿は髭切にも他の刀剣男士にも、もちろん膝丸にだって見せたくはない
それなのに、彼の雰囲気がそうさせるのだろうか涙が止まらない

「ねぇ髭切...」

ギシと廊下の奥で床が軋む音がして、びくっと体が震えた。こんな姿を誰にも見られたくなくて髭切に隠れるように身を小さくした
すると足音か離れていったので髭切から体を離す。見られただろうか...涙はもう止まっていた
ゆっくり顔を上げると髭切が何故か緊張した顔をしていたが、私と目が合うと穏やかな顔になった

「すっきりした?」

泣いたからだろうか少し落ち着いた気がする。解決したわけじゃないけれど、髭切に話してよかったんだと思う

「ありがとう」
「君は笑ってる方がいいよ。落ち込んでる顔は見たくないな」
「...また頼るかもしれない」
「意地っ張りな君は誰にも言えないだろうしね」

そう言っていつものゆるい髭切に戻ったように思う。私もぎこちないが笑った

「ありがとう」

満足そうに髭切も笑った。きっと私はまた彼を頼ってしまう。こんな話は彼にしか話せないのだから


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