君は耳まで真っ赤だった/後


これの続き



 きっかけなんてなかった。特別授業で一緒になって、顔を合わせるたびに挨拶するようになって、食堂でたまたま一緒にご飯を食べて、先輩が取ってきた山の幸をご馳走になっているうちに好きになってた。
 まるで恋愛ゲームの好感度が上がるみたいに先輩を好きになった私だけど、好感度が上がったのは私だけ。先輩の方は私が選択肢を間違えてしまい好感度がガクッと落ちてしまった。
 これが本当に恋愛ゲームならば、落ちた好感度を上げるため先輩にバリバリ話しかけ好感を持ってもらえる選択肢を選べばいい。でも現実だから選択肢は現れないし、何よりも先輩に攻略されているのではないかと錯覚してしまう日々を今現在、過ごしているのが不思議でならない。

 「おはようございます」と毎朝オンボロ寮まで迎えに来てくれて、そのまま一緒に大食堂で朝食を取って。
 「奇遇ですね」と選択授業が一緒になり、先輩とペアになっての共同作業。
 「ご一緒しても?」と声をかけられ、大食堂で同じテーブルで談笑しながら楽しく昼食を取って。
 「今から帰りですか?途中まで一緒に行きましょう」と、結局はオンボロ寮まで送ってくれる。

 お前ら付き合ってんの?なんてエースに聞かれたけれど、私が通夜みたいな顔で否定するから何も聞いて来なくなった。普通なら先輩も私のこと好きなのかな?なんて期待をしてしまうものだけど、これは私への罰なのだ。
 先輩が嫌な気持ちになった分、私も嫌な気持ちにならなければいけない。初めはなんの罰にもならないと思っていたけれど、好きな人からの嘘の好意は虚しいものだった。先輩は私のことを好きじゃないと、これは罰なんだと思い知らされる毎日だ。
 それにしてもいつになったら先輩の仕返しは終わるんだろうか。先輩はこんな回りくどい事をして嫌な気持ちにならないんだろうか。仕返しになっているから満足なんだろうか。いや満足って言い方は変だよね、嫌な気持ちになったのは事実なんだから。先輩の気持ち、か…

「わかんないなぁ」
「ああ、この問題は難しいな」
「え?これはこの公式使えば簡単でしょ」
「!そうか、こっちを使えばいいんだな」
「はぁ〜公式があれば簡単に解が見つかるのに」
「僕では力不足かもしれないが、何かあったら言ってくれ」
「デュースには無理だわ」
「私のは恋の悩みだからねー」

 オンボロ寮に集まってみんなで宿題をしている(グリムは早々に寝た)んだけど、デュースだけ進みが遅くてエースは漫画読んでるし私はジェイド先輩の事で頭がいっぱいだった。
 デュースの見当違いはさておき、本当にいつまで続くんだろうか。そろそろ終わってくれないと耐えられなくなりそう。先輩が好きって気持ちと嫌われてるって現実、嫌いな相手と関わり続ける先輩の気持ちまで考えたら頭の中ぐっちゃぐちゃで、本当にしんどい。

「たまには外で食べるのもいいかと思いまして、少し物足りない量ですが」
「私は別にどこでもいいですよ」

 先輩に誘われて中庭で食べる事になって一つのベンチに二人で並んで座って、でも間には購入したパンとか飲み物とかが置かれてる。これが私と先輩の距離なんだろうなって、このくらいたくさんの障害物を退かさないと本当の意味で先輩の隣には行けないんだろうなって、思った。
 先輩が私の元気の無さをこれ幸いと、今まで聞かれなかった「嫌でしたか?」という気持ちの確認をしてきた。ここで嫌だからやめてくださいと言えば、先輩は仕返し完了となって解放される。
 もう話しかけられないかもしれない。一緒に過ごせるのも最後かもしれないと思うと言いたくない。でも言った。嫌です。もうこんな事はやめて欲しいと先輩の顔も見れずに言った。

「ずっと不快だったと言っているように聞こえますが」
「そうです嫌なんです。先輩だって嫌でしょう?」
「ええ、かなり不愉快です」
「そう…ですよね。本当にごめんなさい。これでもう、私と関わることもないだろうから大丈夫ですよね」
「それは貴方が決めることではないでしょう」

 先輩を不愉快にしてばっかりだ。嫌な気持ちにさせてしまった先輩から"同じ気持ちになってもらわないと気が済まない"と言われ仕返しを受けてきたけれど、また先輩を嫌な気持ちにしてしまった。
 もしかして、嫌な気持ちになったからって理由でまたこの日々を続けるなんて言わないよねと不安になる。全く先輩の顔が見れないけれど、どんな顔をしているんだろう。怖くて顔を上げられない。

「僕の顔を見るのも嫌なんですか」
「そういうわけじゃありません」
「ようやく僕を見てくれましたね」

 両頬を掬い上げるように先輩の手が私の顔を包んだ。手袋の無機質な感触が悲しい。左右の瞳が私をまっすぐ見つめていて、射抜くような視線に胸が締め付けられる。やっぱりカッコいいなぁなんて、能天気な頭はそんなことばっかり考えてしまう。
 失礼な事を考えないように先輩から視線を外した。それでも、頬を包む感触だけは振り解けず奇妙な空気が漂い、充実した昼休みの空間から隔絶されたような沈黙が続く。視界の端に見える先輩の顔は真っ直ぐ私を向いていているのを肌で感じる。
 ちらと見上げた先輩の真剣な眼差しはやっぱりカッコよくて、先輩が手袋をしていて良かったと思ってしまう。素手だったら私の体温が上がったのがバレてしまうところだった。

「あんまり見つめないでください」
「もしや僕がユニーク魔法を使うとでも?心外ですね」
「違います!……やっぱり、ごめんなさい」
「やはり顔も見たくないということでしょうか」

 そんなわけない。心臓だってずっとドキドキして苦しくなるくらいジェイド先輩が好きって体が主張してる。こんな数十センチの距離から先輩に見つめられて、もしかしたら先輩も私のこと好きなんじゃないかって勘違いしてしまいそうになる。そんなはずないのに。

「私は、どうしてもジェイド先輩が好きなんです。だから、あまり見つめないでください」
「嫌なんですか?」
「嫌じゃないです…けど、ドキドキしてしまうので…」
「それはよかった。先程は嫌われてしまったかと思ってとても傷ついていたんですよ、僕もナマエさんが好きだから」

 立て板に水の様に先輩の口から出てくる言葉達に私のお花畑みたいな脳内が混乱していた。半開きになる間抜けな口も閉じられない私にしたり顔のような笑みを向ける先輩に胸が高鳴る。
 一瞬嬉しくなった頭にそれは本当なのかと問いかける自分がいた。上げて落とすみたいな先輩の作戦かもしれない。「うそだ…」と溢れてしまった言葉に先輩は僅かに困った顔をした。

「僕たちの関係を勘違いしたアズールにあなたは全力で否定しましたよね。それも貴方が無遠慮に頬を撫で回した事で起きた勘違いでしたのに…」
「それは先輩に迷惑がかかると思って」
「あの時あなたに頬に触れられ見つめられて、とてもドキドキしていたんですよ」

 そこで初めて合点が入った。同じ気持ちとはドキドキさせるということだったのかもしれない。先輩の言動に私がドキドキしたら先輩は仕返し終了になると、つまりこれは先輩の作戦であって本心ではない。
 私は先輩と合わせていた視線を逸らした。でも、先輩はそれを許してくれなくて頬を包んでいた手が私の顔を上に向かせた。とたん、唇に触れた感触に目を見開く。薄く開いている先輩の瞳が私を射抜き、ゆっくりと笑んだ。

「勘違いしないように。僕はナマエさんから好かれたくて仕返ししていたんですよ」

 それってつまり両思いって事だろうかという私の疑問は口にする前に塞がれてしまった。きっとこれが答えなんだろうと、恥ずかしい気持ちで瞼を閉じた。

 エース達にジェイド先輩と付き合う事になったと報告すれば、呆れたように知ってると言われてしまった。デュースは頬を染めてああいうことは見えないところでしろとまで言われて、一気に顔が熱くなった。
 ちょうど良く現れた先輩に詰め寄り、もう人前ではしませんと宣言すると素敵な笑顔で「いいアピールになると思ったんですが」なんて言うから、羞恥がぶり返してくる。先輩の顔を見上げればキレイな顔で優しげに笑ってるから文句の言葉も出てこなくて「もう!」なんてアホみたいなことしか言えなかった。

「これからは一番近くでいろんなナマエさんを見せてくださいね」

 頬に触れたしっとりした感触に私は逃げ出した。酷い顔をしているから見られたくなくて逃げ出したのに、あっさり捕まって、くすくす笑われて、揶揄われてるみたいで嫌だけど先輩の優しさとか気遣いとか意地悪なところも全部好きだから、全部「もう!」って許してしまう。ホント、どうしようもない。



title by 水声


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