冷えた心に


それでは何も生まれないのつづき


相手に受け取ってもらえなかった想いはどうなるのだろう。一度口から出たからといって消えるわけではない。心の中でじわじわと成長し続けている。
直接会ってしまったら同じことを繰り返してしまいそうで、君を傷つけてしまいそうで怖い。



「あるじ」

至近距離でささやかれるような声に、このままではいけないと思った。
このまま彼の想いを受け入れても解決しないんだと己を叱咤し膝丸に静止の言葉をかける。

「だめ、これ以上は駄目」
「...っ!...あぁ、すまない」

ゆっくりと後ろに倒された上体をわずかに起こし膝丸の胸を押し返した。
膝丸は我に返ったように目を見開き苦しそうに顔を歪めたまま背けると、ゆっくりと私の上から体を起こした。

「...ッ、こんな事言うつもりは...全くどうかしている」
「ひざまる」
「...俺が君をどう思っているか分かっただろう。嫌な思いをさせたな」
「あの、膝丸」
「...すまないが出て行ってくれないだろうか」

膝丸の声も私の声も震えていた。
嫌というわけではない。むしろ好きなのだ。だからこそ今のまま彼を受け入れるわけにはいかないと思った。
頭が上手く働かない今の状態では考えがまとまらないし、彼に言葉を遮られては黙るしかなかった。
何か声をかけたかったが何と言えばいいのかわからない。私はゆっくりと起き上がり障子に手をかけた。
“あるじ”と呼ばれたような気がして手が止まる。振り返って見るが膝丸は背を向けたままで、結局何も言えないまま部屋に戻った。
仕事も手につかないので縁側に座りボーっとしていると探していた髭切がひょっこり現れ隣に腰を下ろす。

「今はあなたと一緒にいたくない」
「うん、そうだね...ごめんね」

申し訳なさそうにしている髭切を横目で見ながら、何に対しての謝罪なのか疑問に思いながら膝を抱えた。

「弟に誤解させてしまったね」

そういえば膝丸は“兄者は何も教えてくれない”と思いつめた顔をしながら言っていたのを思い出す。

「どうして否定しなかったの」

そもそも髭切が誤解だと特別な関係ではないと否定してくれていたら、こんな事にならなかったのではないか。こんな気持ちにはならなかったのではないか!

「僕はね君も弟も大切なんだよね」
「だったらッ!」
「ほら、君も弟も奥手だろう?いいきっかけになれば…と思ったんだけど」

上手くいかなかったね、と眉尻が下がった髭切を見たら彼をこれ以上責めることなんてできなかった。
髭切が与えてくれた関係を変えるチャンスをうまく活かせなかった私が悪いんだ。

「じゃあ僕部屋に戻るね。弟を慰めに行かないと...酷い顔をしていたから」

髭切はゆっくりとした足取りで部屋に戻っていった。
酷い顔...そうさせたのは私だ。せめて元の関係に距離感に戻りたい。
私も自室へ戻る。日が落ちるのが早くなり少しの肌寒さを感じながら。

あれから毎日、時間さえあれば考えた。
何度も何度も膝丸の事を考えた。膝丸の気持ちについて考えた。もちろん自分の事も考えた。彼への気持ちについて考えた。
恋人とかそういう関係になりたいとか自分だけを特別にと思うけれど、それ以上に側にいたいと思う。膝丸も似たようなことを言っていた気がする。
でも、私は人間だ。人の欲に勝てるわけがなかった。

ただ弱い私は、その溜まった欲を言葉にして本人ではなく他人に吐き出してしまった。
膝丸はどういう形であれ直接伝えてくれた。であれば私もきちんと彼に伝えるべきだろう。
そう思っても人間すぐに変われるわけではない。ぐずぐずしているうちに季節は秋から冬へ移ろいはじめ、私たちの距離も随分離れてしまったように思う。
膝丸への気持ちもだいぶ落ち着いてきてたと思うとため息が出た。

「どうかしましたか」
「...だいぶ冷えるようになったなと思って」
「そうだ!これ主君に差し上げます」

今日の近侍。秋田藤四郎の手にはホッカイロが乗っていた。
手を差し出すと彼の小さな手が私の手を包んだ。秋田の手はとても温かかった。

「あったかい」
「わぁ主君の手とっても冷たいですね」

「温かい飲み物を持ってきます」そう言って秋田は執務室を出て行く。彼を追って私も廊下に出た。
肌寒さを感じるけれど、いい気分転換になる。
すぐ庭に降りられるよう置いているサンダルをひっかけて池の近くにある気の側まで行った。
これだけの落ち葉があれば焼き芋ができるかもしれないと、しゃがんで落ち葉を手に取る。
温度差か朝露か。葉が少し湿っていても焼き芋はできるのだろうか。
ほかほかの焼き芋を皆で食べたいなぁと考えていたら何だかお腹が空いてきた。

「主君そんなところに」
「ごめん、すぐ戻るね」

私を呼ぶ声がして振り返ると、厨から戻った秋田が縁側に盆を持って立っていた。慌てて立ち上がり戻ろうとした。

「ッ!」
「主君!!」

落ち葉が湿っていたこともあって私は足を滑らせ、そのまま後方に倒れてしまった。

「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」

心配する秋田の声がする。頭が少しぐらぐらするが上体を起こした。
右肘がじんじんと痛む。きっと上手く受け身が取れずに打ってしまったのだろう。

「...大丈夫。心配はいらないよ」
「僕が支えますので立てますか?」

自分より小さな体をしているのに、なんて頼もしい。秋田の肩を借りて立ち上がるけれど、足首をひねっていたのか少し痛む。
すぐに秋田も気づいたのか私を地面におろした。

「すみません。僕では支えるくらいしかできなくて、他の方を呼んで」
「俺が運ぼう」

どうして膝丸がここにいるのだろう。こんな間抜けな姿を見られてしまい急に恥ずかしくなる。
彼をまともに見ることができない。冷えかけていた心が熱くなる。
膝丸が私の腕を取り自分の肩にかけると私の背中と膝裏に彼の腕が回され体が持ち上がるった。
体を安定させるため彼の体に回した腕に力を入れた。

「君は足を冷やすものを持ってきてくれないか」
「わかりました」

秋田は素早い動きで駆けて行った。残された私たちはゆっくりと庭を後にした。

「...ありがとう膝丸」
「あぁ」

膝丸とこんなに体を密着させているのに彼の顔は平常に見える。
私なんて鼓動が彼に伝わってしまうのではと思うくらいドキドキしているというのに...膝丸はどうなんだろうと思いながら彼の左胸の辺りから視線を動かせなかった。


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