03

 授業で使用する長机は四人掛けで、私はその一番端の席を使う。このクラスは二分されている。私を避けたい者と揶揄うために絡んでくる者。後者からは隣に座れよと声をかけられる事がしばしばあって、隣に座ると授業中ペンを走らせている時に肘をぶつけられたりテキストを落とされたりする。無視をすると酷い言葉を投げかけられるけれど、その方がマシだった。
 そして、私の隣は決まって一番最後に教室に入ってくる生徒になる。それは今のところいつも同じ人で、毎度席を詰めろと言われるから、最近は授業開始近くなるとそわそわと出入り口を確認して言われる前に避ける癖が出来てしまった。
 なんでわざわざ避けるのかというのは彼ともう一人の生徒に挟まれたくないからだ。それに、変な癖がついてしまったのも背の高い彼から発せられる言葉が少し高圧的だからだ。声も大きいし、少し怖いため言われる前にやるようになった。

「次はそれじゃない。こっちだ。ちゃんとテキストを読んでいるのか?」
「…ごめん」
「ふん、この程度の物は僕一人でも出来る。お前はせいぜい見て覚えるんだな」

 彼とは授業で隣なだけでなくペアを組む事も多い。何も出来ない私に呆れる彼は、ほとんどの事を自分一人で行っていく。魔法というものに慣れているようで手際がいい。魔法薬をスムーズに調合出来るよう、予め刻んだり潰したりという工程くらいは私も手伝わせてもらっている。
 私は他の生徒からすれば優秀な彼の足を引っ張っているように見えるのだろう。私自身もそう思うけれど、初めて見るものばかりで物と名前が一致しないのだ。それに、私が間違ってしまえばペアを組んでいる彼の評価にも関わるから、邪魔をしないようにしているつもりなのに。
 出来上がった魔法薬を一緒に提出しに行くと「Good」と称賛され、無事課題をクリアした。その様子を見た他の生徒が「ジグボルトも苦労するな」と、鍋の片付けをし始めた彼に話しかけて来た。

「苦労?薬を調合するだけだ。苦でもなんでもないだろう」
「いやいや、コイツ何にもしないから一人で大変だなーと思ってさ」
「何にも出来ないの間違いだろ」

 話しかけて来た生徒二人が声を出して笑うの聞きながら、私をバカにするためだけにペアを巻き込むなんて迷惑な人達だなと思った。それに、もうすぐ授業が終わる。時間内に片付けまで終わらせたい私は、実験器具を洗うために持ち運び用のケースに入れ流し台へ向かった。
 結果、無視したことになった私をよく思わなかった彼らに袖を掴まれ、よろけた私の足が誰かに足払いされ尻餅をついてしまった。少しの間、痛みに目を瞑っていた私は自分の手にケースが無いことに気付いて慌てた。

「お前ら!襲い掛かられた訳でもないのに足払いするとは危ないだろう!」

 セベクくんの足払いをしていい基準なんてどうでもいいけど、私も彼らもその剣幕に呆気に取られてしまう。ケースは転ぶ瞬間に彼が私の手から奪ったようで、中の実験器具は無事だった。一つでも壊れていたら、先生に厳しく怒られるところだった。
 私を揶揄って遊んでいる彼らは、セベクくんの私の肩を持つような発言が気に入らなかったようで「良い子ぶるなよ」と絡んでいる。彼はただ実験器具を守っただけだと感じた私は、ため息を吐きながらセベクくんが洗い途中だった鍋を洗い始めた。

「お前らが何に腹を立てているのか知らないが、僕と彼女では授業に対する気合が違うのだ。僕の評価に関わることで、やる気のない者に任せてはおけん」

 セベクくんの言葉に私を擁護する言葉など微塵もなかった。それに満足した彼らは最後に私を揶揄って先生に見つかる前にその場からいなくなった。鍋を洗う手が止まっていたが、セベクくんが私の横で器具を洗い始めると再び手を動かした。
 少しでも手助けになればと材料を下準備していた私の行為は、彼にとっては全て不要な気遣いで無駄な足掻きだった。鍋を洗う手に力が入る。無性に腹が立った。どれほど自分に自信があるのか知らないが、自分が相手にもされていない現実を見返したくなった。
 私の居るべき場所じゃないと受け入れたくなくて、今でもそれは変わらないけど、意地張って何も知ろうとしないのはただの馬鹿だ。下を向いて自分の環境を呪うのは止めることにする。

 私はなんて愚かだったのだろうか。自分には関係のないものとして、頑なに受け入れてこなかったものへの意識を変えた途端、すんなりとこの世界の事が頭に入って来た。
 それは、地理的な物や魔法士と一般人との関わりなどの常識的なものまで。図書室にはありがたいことに様々なジャンルの本が置いてあって、私のような初心者にも分かりやすい物も揃っていた。
 勉強するにも先ずは一般常識からと思って勉強して正解だった。不思議と授業の内容も頭に入ってくるため、予習復習も捗る。相変わらず揶揄われるし親しい人は出来ないけれど、寂しくはなかった。

「こんにちは」
「あらあら今日も来てくれたのね」
「私たちの可愛いお花ちゃん」
「また貴女に会えて嬉しいわ」

 植物園内のとある一角には多種多様な美しい花が咲き誇っている。その花は不思議なことに、とても流暢におしゃべりをするのだ。ある日、実験用の採取をしに行ったのにどこにあるのか分からず、困り果てていたところを助けてくれたのだ。
 薔薇や百合やパンジー、名前の分からない花たちの会話はでたらめで全く当てにならない。けれど、その時の私は藁にもすがる思いで花の言った場所をしらみ潰しに探した。その結果、無事授業に間に合ったのだ。彼女たちには感謝している。

「今日はどうしたの?」
「また歌でも聞いていく?」
「それとも貴女も一緒に歌う?」
「あら、いいわね。楽しそう」
「それじゃ、準備はいい?」

 花たちは、それはそれは楽しそうに話しかけてくる。彼女たちの話や歌を聴いていると、自分が学園に馴染めずに一人ぼっちでいるという感覚が無くなる。この時間があれば別に友達なんていらない。
 彼女たちの歌は聞いた事もないもので一緒に歌うことは出来ないけれど、体が勝手に動いてしまうくらいには楽しい。かと思えば、ゆったりした優しいコーラスになり眠気を誘ってくる。まだ、寝てしまったことはないけれど毎回あくびが出るくらいには眠くなっている。
 勉強の合間を縫って植物園に足を運ぶのを楽しみに、毎日の学園生活を乗り越えている。