04

 ユウくんが気不味そうな顔をしながら、お土産だといって美味しそうなタルトが入った箱を手渡して来た。そんな顔をするくらいなら誘ってくれたらよかったのにと思いながら、不細工な笑顔でありがとうと言った。
 グリムが言うにはハーツラビュル寮で"なんでもない日"のパーティーをしたという。誘われた側のユウくんが私を誘うのは、ちょっと変だからしょうがない。一切れの洋梨のタルトは甘くて柔らかくて、でも、ちょっぴり悲しい味がした。

 私が入学してから一月くらい経った。私が勉強に本腰を入れ始めたのはたったの二週間くらい前だ。座学は全く分からない、ついて行けないという域を脱した程度で、実技を伴う実験などはまだまだクラスでも最下位を彷徨っている。
 だから、頻度は減ったものの嫌がらせというか揶揄われる事は未だに無くならない。そろそろマジカルシフト大会という寮対抗のスポーツ大会があるらしく、最近はそれに出る予定の生徒を引き合いに出してバカにされる事があった。
 そんな大会、私には関係のない話だ。だって、三人しかいないオンボロ寮には参加資格がないんだから。そう思って、放課後はいつも通り図書室で勉強をしたり植物園で息抜きをしている。

 私の苦手な魔法薬学の授業は、今日はいつもと違って小さな鍋を使い個人で魔法薬を生成する授業だった。この科目はとても繊細な実技で、料理も大して上手くもない私には、材料を投入するタイミングが掴めず何度も失敗を繰り返した。
 白黒のパンダみたいな先生に「Bad」を貰った私は、昼休みだというのに実験室で一人黙々と鍋に向かっていた。ようやく出来たタイミングで時計を確認すると、休み時間がもう半分も残っていない。

「ッうわっ!!?」
「危ないっ!」

 先生に魔法薬を提出した帰り早足で階段の前を通ると、上から慌てた声がして鈍い衝撃ののち気付けば男子生徒が足を押さえている姿が目に入った。赤い髪の生徒からトレイと呼ばれた生徒は、大丈夫だと言いながら痛みのせいでちゃんと歩けないようだ。
 立ち上がって彼らに近寄り謝った。たぶん、私を避けようとして足を捻ったんだと思った。肩を貸しましょうかと申し出ると、困ったように君の方こそ怪我はないかと逆に心配されてしまった。申し訳ない気持ちで「大丈夫です」と言えば「そうか、よかった」と言って、赤髪の生徒と行ってしまった。
 "トレイ"という名前には聞き覚えがあった。確か、ハーツラビュルのパーティーでタルトを作った人も同じような名前だった。スポーツ男子のような見た目の人がお菓子作りをするというギャップに、そんな人リアルにいるんだなぁなんて思った。

 放課後、一度寮に帰ると玄関にデュースくんがいてトレイさんが怪我をしたと慌てた様子で話していた。もし、タルトを作った人と同じ人ならもう一度ちゃんと謝りたいと思っていた。
 "食えない眼鏡のトレイ"という言い方はタルトをもらった時にグリムが言っていた表現だ。私は、慌てた様子で寮を出る彼らに一歩出遅れながら勝手に彼らの後を追った。本当は私も行きたいと声を掛けたかったけれど、躊躇っている間に彼らが寮を出て行ってしまったのだ。
 なんとなく前を行く彼らに声を掛けられないまま、跡をつけるような形で彼らを追いかけていたら見失ってしまった。寮内の不思議な形の扉や、ぐにゃりと柔らかそうに歪んだ壁などに酔いそうになっていたら居なくなっていたのだ。
 このまま彷徨いていたら不審者と間違われるかもしれないと思って引き返そうとした時、目の前の扉が開いてエースくん達がわらわらと出てきた。当然、扉の前にいた私に視線が集中する。何か言わなきゃと目を彷徨わせていると、リドルと呼ばれていた赤髪の人が私の事を覚えていたようで、お見舞いに来たと察してくれた。

「あの、私のせいでごめんなさい」
「これは俺の不注意だから気にするな。君こそ怪我はしてないんだよな」

 ベッドに座っているトレイさんは、捻挫で暫く松葉杖での生活になるらしい。それなのに私のことまで心配してくれるなんて気遣いのできる人だ。私は無意識に手首を触っていて、それに目敏く怪我をしたんだとトレイさんは気付いてしまった。
 「巻き込んですまない」と謝りに来た私が逆に謝られてしまった。それすらも申し訳なくて、もう一つ言いたかった事を空気を変えるため押し出すように言った。

「ユウくんからタルトいただきました。とても美味しくて…ありがとうございました」
「そうか、喜んでくれて嬉しいよ」
「お菓子作りが趣味なんですか?」
「出来るってだけで任されてるだけだ」

 パーティーの度に美味しいタルトが食べられるなんて、ハーツラビュルの人が羨ましい。トレイさんに「お大事にしてください」と言って部屋を出ようとすると、引き止められた。引き出しに入ってる物を取って欲しいそうだ。
 頼まれたとはいえ人様の机の引き出しを開けるというのは少し勇気がいった。両手のひらより少し大きめの箱を手渡そうとすると、蓋を開けるように言われた。中にはチョコチップクッキーが入っていた。

「これもトレイさんが?」
「ああ、それあげるよ」
「えっいや、もらってばかりも悪いですし」
「それじゃあ…足が治るまでの間、身の回りの事を手伝ってもらおうか」

 真っ直ぐに見つめられて言われた言葉には戸惑うしかなくて、きっとこのクッキーも美味しいんだろうなとは思う。でも、他寮の先輩。しかも男子の部屋に出入りしてるなんて見つかれば絶対に変な噂になる。
 割りに合わないと返事に困っていると「冗談だよ」と笑われた。あ、そういう冗談をいうタイプなんだと思っていれば、クッキーの方は本当らしい。

「中身が無くなったら声をかけてくれれば補充してやる」
「申し訳ないです」
「感想が聞きたいんだよ」
「大した事言えないですよ」
「構わない」

 お菓子作りの練習のため、感想を聞かせてもらえればお返しはいらないと言われては頷くしかなかった。ここに来て他人からこんなに素敵な物をもらったのは初めてで、きっとトレイさんなりに私に気を遣ってくれたのかなと思うと、何も返せない自分が情けなくなった。

 ユウくんたちは何かの調査を学園長から頼まれたらしく、放課後はずっと忙しそうにしていた。私は怪我したのが利き腕でないことに感謝しながら魔法解析を行っている。解析しているのは、トレイさんに貰った箱だ。
 解析学とは、かけられている魔法がどういった要素を含み、どのように作用するのか。また、それらを正常に作動させるにはどのように術式を組めばいいかを理論的に可視化させることだ。
 未熟な私には、トレイさんのお菓子箱には長期保存出来る魔法が掛けられているという程度しか分からなかった。温度、湿度が一定の数値を示していて、外的要因に左右されない。火や水もある程度は大丈夫なように保護されているようだけれど、詳しい構成要素までは紐解けない。
 同じクラスのセベクくんは魔法解析学が得意なようで、授業ではとても細かい解析結果をハキハキと説明して先生に褒められている。彼の大きな声は教室のどこにいてもはっきり聞こえ、たまに先生がボリュームを落とすように言うほどだ。それでも直らないのだから喉の調節機能が壊れてんのかなと、声を聞く度に考えている。