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 生徒は必ず何かしらの部活に入らなければならない決まりがある。そうとは知らず(初日に説明があったけど気に留めてなかった)無所属のままの私が、担任の目の上の瘤だったみたいだ。ジェイドさんの勧誘で入部届けを提出しに行くと呆れながら受理してくれた。
 それから何日か経ったけれど未だに活動らしい活動は行っていない。部員が私とジェイドさんだけだし学年も違えば連絡手段もなく、放課後はいつも勉強の時間に当てたまま今まで通りに過ごしている。

 トレイさんと作ったチョコはユウくんとグリムに渡せた。けれど、学年の違うジェイドさんに確実に会えそうな方法といったら教室に行くしか思い浮かばず、仕方なく2年の教室を彷徨えば背の高いジェイドさんはすぐ見つかった。
 2-Eと書かれたプレートの下で、クラスの中に入って行く勇気も誰かに呼んでもらう知り合いもいないと尻込みしている。案の定注目されている私はその場にいるのが怖くなってしまい今は諦めて別の機会を探そうと思った。
 教室の入り口で立ち止まっていた私は、振り返った途端人とぶつかりそうになった。謝りながら背の高い生徒を見上げるとなんとジェイドさんだった。教室内を振り返ってよく見ればリドルさんと話していたのはフロイドさんだ。中に入って話しかけなくてよかったと思っていると、このクラスに用でもあるのかとジェイドさんに言われた。
 さっさとチョコを渡して自分のクラスに戻りたかったけれど、公衆の面前でそんな事をすればジェイドさんに好意があると勘違いされる。今更ながら変な噂を流されるかもしれないと考え至って、あーとかうーという言葉しか出てこない。

「ああ、山を愛する会の活動の話でしょうか。それでしたら放課後に植物園に集まりましょうか」

 私の手元を見ているジェイドさんが気を遣ってくれたのだと時間差で気付いた私は、チョコは渡さず約束だけして自分の教室に逃げ帰った。会話を聞いてた生徒から山を愛する会って何それと白い目で見られてしまったけど、私だってなにそれと思っているので他人を責められない。
 植物園にいるというジェイドさんの姿を探していると実験着を来てプランターの前に座り込んでいる姿を見つけた。私に気付いたジェイドさんが立ち上がると「お待ちしてました」と言われて「すみません」と形だけの謝罪をした。
 正面から改めて見ると縦長に引き伸ばしたみたいに背が高くて、なんとなく居心地の悪さを感じてしまう。一応、部活の先輩なのだから失礼な事を思うのはやめておこうと首を振った。

「これ、言われてたお菓子です」
「本当にいただけるとは思っていませんでした」
「えっ冗談だったんですか」
「いえ、期待してなかっただけで本気でしたよ」

 一瞬どきっとしたけれど快く受け取ってもらえて安心した。実は活動を紹介するのが初めてだから緊張してしまうと、ジェイドさんは困ったように笑った。本気か冗談か分からない人だ。
 主な活動場所は学園近くの山だけど、今から山には行けないからと採集した植物を育てているプランターを見せてくれた。どう見てもキノコだけれど、見たこともないキレイな色だから珍しいなと思って眺めた。珍しいものにはやっぱり興味が湧く。あれは何これは何と質問ばかりしていたから、ちょっと鬱陶しいかなと思ったけれど興味を持ってもらえて嬉しいらしかった。

 週末はいつも一週間分の復習と次に習うところの予習、魔法植物に関する本を読み漁り、オンボロ寮の敷地内の何にもない場所で魔法を試して過ごしている。ただ今日は日が昇る前から出かける準備をした。ジェイドさんと部活動をする。
 この時期の朝露に濡れる草木もキレイだという理由でこんな時間に校外に行くことになった。私は早起きは苦手ではないし誘ってきたジェイドさんも同じなんだと思っていたのに、正門で会ったジェイドさんは今までに見たどの顔よりも"微笑んでいるのに無表情"な気がした。もしかしたら朝は得意ではないのかもしれない。

「朝の森ってなんていうか、肌が潤いそうです」
「草木に水滴が着くくらいですからね。ほら、そこの植物にも」
「まち針をたくさん刺した針刺みたい」
「おもしろい表現をされますね」

 モウセンゴケの仲間だという草の毛先に水滴が着いていてキラキラ輝いている。食虫植物だというこの植物を見て、彼女達のことを思い出してしまった。足りない栄養を補うために虫を捕まえて糧にするよう進化した植物と、魔力という栄養がなければ花を咲かせられない彼女たちは少し似ている気がした。
 私がずっと眺めているから気に入ったのだと勘違いしたジェイドさんが採集キットみたいな物を取り出した。調べたいと思っただけだし、植え替えるための準備も何も出来てないからと断った。すると、植物に関する知識が全くないわけではないんですねと微笑まれた。

 体験入部のような気持ちでいた私は、普段ジェイドさんがどのように活動しているかを見ていたかった。ジェイドさんは、さくさくと慣れた足取りで進んでいく。途中で、木の幹に他の植物が巻き付いているのを興味深気に観察したり、岩についている苔に足を止めることもあった。
 山に入れば普通に見られるものを興味津々に観察し、楽しそうに軽い足取りで進んでいく姿に見惚れてしまう。なんの変哲もない岩や木に感動できる感受性の豊かな人なんだとジェイドさんに対する、ちょっと怖い人という認識が改まった気がした。

「ジェイドさんのおかげで充実した一日になりました」
「途中で貴方を放り出して一人で楽しんでしまいましたが、そう思っていただけて良かった」
「学園では見られないジェイドさんを知ることができましたから」
「おや、そうなんですか。では次はナマエさんのことを僕に教えてくださいね」
「私ですか?」
「僕だけ知られてるなんて不公平でしょう?」

 鏡舎の前で別れる時「貴方は他にどんな顔を隠しているんでしょうね」と言われ心臓が掴まれたような気になった。それはジェイドさんの湿り気のある笑顔のせいか、それとも後ろめたいことがあるせいなのか。怖いと思ったのは一瞬なのもあってよく分からなかった。
 その日オンボロ寮に帰ると談話室から賑やかな声が聞こえて来た。ちらりと顔を覗かせると、エースくんとデュースくんがユウくん達とトランプゲームで遊んでいた。グリムってあの前脚なのに器用だなと思っているとエースくんと目が合ってしまった。

「どーも」
「あ…うるさかったか?」
「オマエもトランプ混ざるんだゾ!オマエはなんか弱っちそうだしオレ様も勝てる!」
「…ごめん、今日はちょっと疲れてるから。邪魔してごめんね」

 和気藹々と楽しくしているところに入っていく勇気はない。彼らはきっと良くも悪くも嫌なことは嫌とハッキリ言えるタイプだと思う。そんな中に入って空気を壊したくないと臆病になって、どうも上手くいかない。
 「どっか行ってたのか?」「オクタヴィネルのジェイドと山に行くって言ってたんだゾ」「え、なんであの先輩と」「山を愛する会に入ったんだって」「ふーん」という会話が後ろの方で聞こえた。
 その後も静かな寮内では彼らの声が聞こえて気になって勉強に集中出来ない。自分で行動に移さなきゃ向こうから来てくれるはずないのに、せっかくの誘いを断るなんて馬鹿なことをしてしまった。まだ全然復習も出来てないのに彼らの「今日は泊まる」という会話に耐えられず寮を飛び出した。