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魔法史の授業のあと急いで席を立ち教室を飛び出した。机の端に座っているおかげでもたつく事なく廊下に出られたけど、トレイン先生の足の速さに驚くばかりだ。エンジ色のローブのような服に足が邪魔されないのか疑問に思いながら、歩いている先生を小走りで追いかけた。
名前を呼ぶとこちらを振り返った先生に「廊下を走るな」と咎められ、出掛かった言葉が引っ込んでしまった。時間に厳しい先生を待たせてはいけないと、早口になりながら授業に出てきた人物に関するお薦めの本を尋ねた。
先生は授業に真面目に取り組む生徒には、ちゃんと向き合ってくれる。態度が悪かったり、さっきみたいにマナーや基本的なルールが守れてない生徒にはかなり厳しい。自分で言うのも何だけれど私は授業態度はいい方で、先生に歴史上の人物の本を尋ねるのは二回目だ。
前回薦めてもらった本はとても読みやすく、私のレベルに合わせて薦めてくれたのかなと思うと感謝しかない。今回も快く薦めてもらった本の題名と著者名をメモし、大切にポケットに入れてから次の授業に向かった。
「植物園のヤバい奴らの話聞いた?」
「あーなんかヤッてたんだって?」
「そうそう。背中しか見えなかったらしいんだけど、白い肌に色黒の手が這ってるのが妙にエロかったって」
「ここ男子校じゃん。そいつの見間違いでしょ」
「いやいるじゃん!女子!」
「いるけどさ、なーんか暗いよね」
「女子は女子でしょ」
昼の大食堂。とても混んでいる時に来てしまって、隣のテーブルから聞くに耐えない話が聞こえてきた。普通は雑音として聞き流せる会話も、話題が私のこととなれば別だ。それも身に覚えのある話は特に耳に入りやすい不便な耳をしてる。
植物園での行為を目撃はされたけれど人物まで特定はされていない。女子かもしれないし、男子同士ということも否定出来ないと議論は有耶無耶になっていた。当然「噂の人物って君でしょ」と聞かれても肯定するわけがなく、揶揄ってくる人たちには特別冷たく返す。
レオナさんの言う事を信じて気にしない、動揺しないことを意識しているけれど休み時間の度に耳にしていては疲れてくる。昼食を取り昼休みのうちに本を借りようと訪れた図書館の、大食堂にはない静謐さに深呼吸をした。なんとなく気持ちがリセットされた気がする。
「なあ、噂のってお前だろ」
「誰でも相手してくれんのかな。それとも誰かとデキてんのか?」
「おいっ黙ってないで何とか言えよ」
「何も言わないならヤッちゃうぜ」
「最初からそのつもりだったけどな」
図書室で目的の本を見つけて、他にも植物と魔力と関係性が書かれた本とかないかなぁなんて探していたら面倒な事になった。言ったら悪いけど図書室に似合わない人たちだから食堂から付けられていたのかもしれない。
手首を掴まれ抵抗していると皮膚が千切れそうに思うほど強く握られ、必死に抵抗していたら本棚に背中を打ち付けてしまった。服の上から体を触られベルトのバックルに手が掛けられた瞬間、嫌悪感が爆発し、思い切り足を踏み付けたり脛を蹴ったりと只管に暴れた。
手が離された隙に近くの本を抜き取り力一杯投げつけ出口に向かって走り出した。彼らの怒声が図書室内に響く。なりふり構わず走っていたせいで人とぶつかってしまった。本棚の間から人が出てきたのが見えたけど急に止まれず、相手も不意のことにぶつかった勢いのままその場に尻餅をついてしまった。
「ジャミル!大丈夫か?」
「ごめんなさい!すみません!」
後ろ手を付いている生徒にのし掛かるように倒れ込んでしまい、慌てて立ち上がる私に「危ないだろ」と切長の目をさらに釣り上げながら怒られた。私が押し倒してしまった人と別の生徒もいたらしく、怒った顔はしてないものの倒れた生徒を心配していた。
追いかけてくる人の声が近付いてきてて、私は急いで離れたかったのに「また走る気か」と怖い顔で腕を掴まれてしまって逃げ遅れてしまった。追いついてきた一人にすごい剣幕で胸ぐらを掴まれ、恐怖で膝が笑うような感覚がする。
汚い言葉を吐きながらマジカルペンを取り出した人たちを前に、巻き込んでしまった人が「なんだ、どうしたんだ」と戸惑っている。私の腕を掴んでる人だけが冷静だった。何があったのかと聞かれた彼らは私を軽く突き飛ばした。自分たちが不利になることを除いて喋るから、私は震える声で必死に彼らの言い分を否定した。
「そんなことより、次の授業に行った方がいいんじゃないか?なあ、そう思うだろ?」
「ああ、そうだな」
「行こうぜ」
腕を離した生徒は私を庇うように後ろに下げ、何気ない会話の末、授業の方が大事だというようにあっさりした態度で去っていった。彼らの怒りはどこに行ったのだろう。あまりの呆気なさに呆けていると「俺たちも行くぞ、カリム」という声が聞こえ、慌ててお礼を言った。なんだからよく分からないけれど、彼らに合わなかったら最悪な事になっていた。
気を付けるよう言った彼らにもう一度謝ると、私は元いた本棚の方へ向かった。本を借りるのもそうだけれど、投げてしまった本をそのままにしておけない。緊急事態とはいえ悪い事をしてしまったと思っているから、後片付けもせずにいては座りが悪い気がした。
どうして私ばかりが罰を受けなければならないのか、目の前の学園長にやりきれない気持ちになる。確かに本を投げて傷付けたのは私だけだ。でも、そうなる原因を作ったのはあの人たちなのだから彼らにも罰を与えて欲しい。喧嘩両成敗というじゃないか。
私の言い分は全て却下され、本を投げて傷付けたことに対してのみ罰則が課せられてしまった。こんな事ばかりだなと、くさくさしながら薬学用の植物を採取していたら「取りすぎだ仔犬」とクルーウェル先生に教鞭で叩かれた。本当にろくな事がない。
「傷の修繕は一年生には任せられない。君には修繕した本を元の場所へ戻してもらう」
図書館内にある司書室へ行くと修繕しなければならない本が山の様に積まれていた。私が投げてしまったのは、ほんの数冊なのに手伝う量が何倍もあって不満が募る。この山の三分の一は修繕済みで、それらを手作業で本棚に戻していくのが私に課せられた罰だ。
大量の本をカートに乗せて、カラカラと目的の図書室まで押していく。これがとても重く、魔法のある国なのに変なところで手動だから変な感覚になる。
本棚の近くに止めて、それらしい本棚に本を差し込んだ。さて、次の本は…と思っていると本棚が本を吐き出した。混乱する頭でもう一度本棚に入れると、ポンっと飛び出した。まさか、本を正確な場所に片付けないとダメなんだろうかと背表紙に貼ってあるラベルの通り五冊右へいったところへ本を押し込んだ。
「ウソでしょ」
本が大人しく本棚に収まっているという事は【棚-段-列】を無視してはいけないという事だ。カートに積んだ本の数を見ると頭が痛い。魔法という物は便利なようでいて完璧では無いのだろうけれど、どうせならもっと面倒くささを解消する魔法を本に掛けて欲しかった。私は、泣きたくなりながら次の本棚を探した。