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山を愛する会の活動は割と楽しい。平日や特別な用事がない時は校外に出られないため、放課後は校内にある森に入って採集した物を実際に食べる。食べられるよって言われても、野草なんて取って食べようなんて思わないから実験みたいでわくわくする。
調理するのはもちろんジェイドさんだ。下処理が必要な物も私の倍のスピードでやっていくから少し悔しい。料理が好きなのかと聞けば、何でも自分でやってみたくてやってるうち身についたのだと言われた。たった一つの歳の差なのに、自立している人なんだと感心している。
山で採取した植物を育てる事も活動の一つで、今はモウセンゴケをジェイドさんに手伝ってもらいながら用意した鉢に植え替えている。鉢はジェイドさんのを借りているけど用土は全て山で調達してきたためタダだ。二人で土いじりをしていると先週の私の罰則の話になった。
魔法を掛けるなら本棚でなく本に掛けて簡単に片付けられるようにすればいいのにとか、次から次へと司書さんから頼まれて山のような本全部片付けさせられたという、愚痴になってしまった。ジェイドさんが嫌な顔一つせずに聞いてくれるから口の滑りが良くなってしまい手より口を動かしてしまっている。
「ナマエさんって見かけによらず素行が悪いんですね」
「え…私は巻き込まれてるだけなんですよ。勝手に向こうからやって来るんです」
「意地悪な言い方してすみません、いい意味で言ってるんですよ」
罰則を課せられるのはこれで三度目だとうっかり喋ってしまい後悔する。素行が悪い事にいい意味なんてあるのか私は知らない。実験着を纏った私たちの手は完全に止まっていた。主にジェイドさんがやってくれたモウセンゴケの鉢植えを前に、罰則を受けることになった経緯を詳に話した。
初めはにこやかに聞いてくれていたジェイドさんも図書館の罰則の話になる頃には真顔になっていて、つまらない話をしてしまったと後悔しながら別の話題を探した。
「変な話してすみません…あっ、変な話といえば植物の水やりをしようとしたらジョウロの水が光ったんですよね」
「………光が反射したということですか?」
「それが…びっくりしてジョウロをひっくり返したんですけど、零れた水も輝いてて…特殊な水だったなのかと思ったら罰を受けそうでそのまま放置しちゃったんです」
溢したのがバレなくて良かったという話を聞いたジェイドさんは、顎に手をやり何かを考えているようだったけれど、ラウンジのシフトの時間だとそれ以上は何も言われなかった。帰り際、週末の校外活動の約束をして植物園前で別れた。
寮に戻る前に花の様子でも見に行こうと踵を返したのが悔やまれる。図書館の彼らは私のことを諦めたわけじゃなかった。むしろ、彼らの怒った様は前より悪化していた。待ち伏せしてたように遭遇してから望まぬ追いかけっこが始まった。知り尽くした植物園内を走るけれど差は縮まる一方で、喉がカラカラに乾き鉄を感じ始めた頃にようやく亜熱帯ゾーンに設定されたスコールが降った。
それでも彼らは怯まず、ついに私の腕を掴んだ。振り解こうともがくけれど、濡れてしまった事が仇となり二人掛りで抑えられた体は動かない。頬を殴られ服を引っ張られ、恐怖と嫌悪で叫びたいのに、震える体は言うこと聞かなくて小さい拒絶しか言葉にならない。
「おい!そこの人間!!何をしている!!」
スコールの雨音が聞こえなくなると、私たちの耳に乾いた怒声が響いた。ビクッと反応した彼らは「おいアイツ、ディアソムニアの」「ハーツラビュルとポムフィオーレの副寮長もいるぞ」「毎回運のいいやつだな」と吐き捨て逃げていく。震える体を掻き抱く事しかできない私の頭上から男子生徒の声がした。毎日聞いている良く通る声に自分を抱きしめる手に力がこもった。
こんな惨めな姿を少しでも見られたくない。怖い、ものすごく怖かった。スコールが止んで一層蒸し暑くなり、殴られた所も痛みを感じるようになってきた。こんな姿を同じクラスのセベクくんには絶対に見られたくない。優しい言葉をかけられるのも気遣われるのも嫌だ。
「おい人間、いつまでそうしているつもりだ。もうアイツらは居なくなったぞ」
「あ、りがとう。立つよ…もう大丈夫だから」
「ふん、見え透いた強がりだな」
鼻声になってる事に言葉が詰まる。泣いていたと気付かれてしまうのは嫌だけど早くどこかに行ってくれないと顔も上げられない。蹲って動かない私の頭に白い布が優しくかけられて、それが実験着だと分かって惨めな気持ちになった。
セベクくんの他にトレイさんも居たようで、落ち着くまで待とうとか、若様の用事があるとか話している。用事があるなら実験着返すから早く行ってと心の中で唱えていると「うむ、ではな人間」と行ってしまった。この服どうすんのと思って少しだけ顔を上げたら制服の後ろ姿が見えた。
実験着の内側、良く見ると"Trey Clover"と刺繍されている。恐る恐る見上げれば白シャツ姿のトレイさんがこっちを見ていて慌てて顔を伏せた。ポケットに入ってるびちゃびちゃのハンカチでもないよりマシだろうかと、取り出して顔を拭った。
「実験着濡らしちゃってすみません」
「それくらいなんて事ないさ…立てるか?」
「はい」
ハンカチで顔を覆ったままでも言及してこない優しさがありがたい。嫌でなければこのまま服を被ってていいという言葉に甘えていると、もう一人の生徒がやって来て、私の名誉のため今日のことは伏せておいてくれるという。そんなことまで気を回してくれて感謝しかない。
自分の寮に戻って一人ぼっちになるのも医務室に行って怪我の理由を聞かれるのも嫌だった。それならハーツラビュルにと言われて小さくこくんと頷いた。お大事にと見送られながらトレイさんと一緒にハーツラビュルにお邪魔した。
顔を上げられない私に気を遣ってゆっくり見える位置を歩いていたトレイさんだったけれど、寮内に入ると迷子になるからと手を取って歩き出した。私の手と違って温かい手の乾いた感触にドキドキする。
トレイさんの部屋に入り、お見舞いに来たことがあった事を思い出した。あの時は迷ったから寮の入り口から部屋までの距離なんて分からなかったけど、トレイさんの二人部屋は少し遠く感じた。人に会うかもと思っていたけれど、部活中の人が多いようですれ違うことはなかった。
同室の人はいつも部活で遅いから安心するよう言われ室内に入ると、トレイさんに抱きしめられた。ぐちょっと音がした。その音に慌ててトレイさんから離れると、シャツの袖が既に濡れている。トレイさんの大きな手が私の頬に触れ「痛むか」と言った。さっきまでじんじん痛んでいた気がしたけど、触らなければ痛くはなかった。
「服の水分飛ばしてやるから貸してみろ」
「……ありがとうございます」
おずおずと実験着を脱いで手渡すと、その手を強く引かれ濡れたままの体がベッドに沈んだ。びっくりして見上げるとトレイさんは何かを堪えているような顔で真っ直ぐ私を見ていた。あんな事があって恐怖を感じる状況なのに、なんでという困惑の方が強い。
トレイさんは怖くないのかと問う。どうしてか怖くないのだと答えた。図書室での事も今日の事も怖かったし、あんな目には二度と遭いたくない。けれど、あの時と同じく腕が掴まれていても嫌悪や恐怖を感じないのは、痛みがないからかもしれない。
「俺に何かされるとは思わないのか」
「何かするつもりなんですか?」
「ああ、するかもしれない」
じわりと腕を掴む力が強くなり、痛くはないけど力の強さに戸惑う。今日は後悔してばかりだ。それでもやっぱり一人にはなりたく無かったし、誰にも知られたくなかった。
「俺はいい人なんかじゃない。お前の隙に付け入ろうとする悪い男だよ」
そんな"悪い男"に感謝してる私も悪い女なのかもしれない。