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学園長の話ってどうしてあんなに長いのだろうか。冗長すぎる話を要約すれば羽目を外しすぎるなという一言に尽きるのになんでも口酸っぱく言うから、ほとんどの生徒はホリデー中は何しようかなとか楽しいことを考えて乗り切ってたと思う。
休暇中にやるべき課題の量に口から涙が出そうな気持ちになりながら図書館へ足を踏み入れると、司書さんから休暇中の貸し出しはしないと言われてしまった。生徒も教員も職員もゴーストだってホリデーだという。図書館も植物園も全て無人になるため、特別申請した生徒しか学園にはいなくなるらしい。
私は手にしていた荷物を自室に捨てるように置くと急いで鏡の間へ向かった。寡黙な司書さんが親切にも学園長ならそこにいると教えてくれたのだ。大きな荷物を持ってる生徒の間を縫うように小走りでたどり着いた鏡の間を見て唖然とした。
教育者の鏡だとか自分を優しいと評する割には、私たちの事を蔑ろにしてホリデーを満喫する気満々な学園長の姿に不満が積もる。ユウくんも同じ用件で先に学園長と話していたらしく、どうやら雑用をやる代わりに食糧を保証してくれることになったようだ。
グリムから雑用の話を聞いているといろんな生徒が話しかけてきた。もちろんユウくん達に。オンボロ寮の監督生って名目で学園長からいろいろな雑用を押し付けられているみたいだから、それで知り合った人たちだろう。私も顔と名前くらいは知っている。話したことはないけど。
離れるタイミングを逃してユウくん達と一緒にいると、手ぶらで帰るレオナさんにも出会った。この前のことが頭を過ぎる。セックスしてしまった事よりも一緒に来るかって誘ってくれた事の方が印象深い。先約がなければ一緒に行っていた。
面倒な甥っ子の相手をさせるつもりだったらしい。会ったことがないから分からないけれどうるさいらしいから残念な気持ちが半減した。そんな事を思い出しながらレオナさんを見ていたんだけど、一度も目が合わなかった事に少し胸が痛んだ。
「そうだ、これやるよ」
この前のお詫びだと言ってトレイさんから渡されたのはチョコレート。渡すだけ渡してさっさと行ってしまうからグリムやエースくん達から質問攻めにされた。お詫びの理由なんて一つも思いつかなかったから説明なんて出来っこなくて、お菓子がもらえた嬉しさに頬を染めてみんなの輪から寮に逃げ帰った。
ゴースト達に「おかえり〜」なんて出迎えられながら部屋に戻って扉を閉ると、引き出しに入れてたお菓子箱を開けた。チョコの残り香が鼻腔をくすぐり唾液が咥内を潤している。条件反射が起こってしまうほどチョコを食べていた事実には驚いた。
トレイさんとチョコがイコールで結ばれているみたいに胸の奥できゅんと音が鳴ったような気がした。とんだ空耳だと課題の山を机の上にドサっと置く。秋学期だけでこんなに沢山の事を学んでいたのかと椅子に座ったまましばらくボーッとしてしまった。
「お前も一緒に来るんだゾ!」
「みんなで行かなくても交代で…」
「そういや、いつもオレ様たちばっかり雑用してるんだゾ!今回くらいオマエ一人でやってくれてもいいんじゃねーか?」
「まあまあグリム、みんなで行こう。ね、いいかな」
「…いいよ。早く行って終わらせよ」
大食堂の暖炉にいる妖精を怒らせないため火を点ける。雑用は日替わり交代でいいと思っていただけに、ユウくん達と校舎までの道を一緒に歩いているというのが不思議でそわそわしてしまう。寒い寒いと文句を言いながら歩くグリムと、閉口して体を縮こませて歩くユウくんが(背丈的にも)凸凹コンビって感じなのかなと一歩引いたところから見ていた。
暖炉の妖精は小さくて、こんなに小さな生き物なのに立派な火を起こせるなんて、妖精というのは魔力の塊のような生き物なんだろうなと暖炉で体を温めながら思った。
どうして私はこんな所まで来てしまったんだろうかと困っている。スカラビア寮の人と大食堂のキッチンで会って、食事に誘われて、調理を手伝って、スカラビア寮に運んで、香辛料の効いた料理を賑やかに食べた。
もちろん、ジェイドさんとの約束は覚えている。だから食事が済んだら帰ろうと思っていた。けれど、用事があるって言っているのに無視して話を進めてしまうスカラビアの寮長のせいで、帰る機会を失って特訓というものに付き合っている。
防衛魔法はあまり得意じゃないからいい訓練になったけれど、それどころではない。ジェイドさんと約束して、先約があるとレオナさんの誘いを断っているのにこんな事をしていたらせっかく仲良くしてくれてる人との仲が悪くなってしまう。
だからといって無視して帰るのは一応好意的な人に対して印象が悪くなってしまうと、カリムさんの誘いを断り切れない。なんて意気地なしなんだろうかと、ずっともやもやしながら特訓というものに付き合わされた。
魔法の特訓をする事6時間。訓練の合間に声を掛けてても聞く耳を持ってもらえず、日が暮れそうな時間になってしまった。怒ったところを見たことがないジェイドさんでも、流石に約束をすっぽかせば怒るだろう。焦ってそわそわする私をカリムさんが心配してくれるけれど勘違いがすごい。
「そんなにそわそわしなくたって、ちゃんと寮内を案内してやるって!」
「いや、あの私は帰りたいんで」
「よーし!!特訓は終わりだ!行こうぜ!」
ジャミルさんの静止も聞かず私の腕を取って走るカリムさん。早く早くと急かされてグリムとユウくんも後からついてくる。もう、なんでもいいから帰して欲しい。一刻も早くスカラビア寮を出てオクタヴィネル寮へ真っ直ぐ向かって謝りたい。土下座って通用するんだろうかと、カリムさんの話を寮内を歩きながら聞いた。
宝物庫が学生寮に存在する意味がわからなかったけれど、そんなちっぽけな疑問は『魔法の絨毯』で雲の上まで浮上する間に飛んでいった。ただ、物凄く怖くて足がすくんで落ちてしまいそうな恐怖に震え、思わずカリムさんにしがみついた。
怖がりだなあなんて笑いながら引き寄せるように体を支えられて少しだけ安心した。雲の上は寒かったけれどカリムさんの体は温かくて、いつの間にか震えは止まっていた。綺麗な星空や見たことのない鳥を見て、地上に降りる頃にはすっかり日が暮れていた。
カリムさんでは話を理解してくれないから、今呼びに来たジャミルさんに声を掛けて帰らせてもらおうと余所見をした。魔法の絨毯から降りようとしてた時だったからバランスを崩してしまい、さらには絨毯がゆらっと波打ったせいでたかが20cmの落差から落ちた。
「大丈夫か?ナマエ」
「はい…下敷きにしてしまってごめんなさい」
「オレは全然大丈夫だぜ」
「君は何というか注意力散漫だな」
まさに今がチャンスと口を開いたけれど、それより早くジャミルさんがカリムさんを連れて行ってしまった。グリムにせっつかれるまで、私はいつになったら帰れるんだろうかと呆然と立ってるしかなかった。