19

 硬めのベッドで目を覚ましてすぐ、完全に約束をすっぽかしてしまった事を後悔した。カリムさんの横暴にも思える強引な引き留めに完全敗北してスカラビア寮に泊まったのだ。ジャミルさんに言っても「すまない」と謝られるばかりで「あまり刺激しないでくれ」と頼まれてしまえば、嫌です帰りますなんて言えなかった。
 カリムさんの事を誰も止められなくて干からびそうになりながら砂漠を歩かされた。肌を焼かないようにとジャミルさんにもらった頭から被る布みたいなのが無ければ、こんなに強い日差しに慣れてない肌はボロボロになってたかもしれない。
 鬼のように厳しいカリムさんと朗らかに寮生に指示しているカリムさんは別人のように見えるかもしれないけれど、どっちのカリムさんも人の話を聞かないってところは変わらない。私にとってはどっちも同じだ。

 他寮の内情や家の事情とかそんなのは本当にどうでもいいなって、ちょっと荒んできた心で思ってしまう。確かに勉強にはなってるし対人で魔法の訓練が出来るなんて思ってなかったから、とてもいい経験が出来ていると思う。でも、それはそれ。これはこれってやつだ。
 ジェイドさんとの約束をすっぽかしてしまって、私の勘違いとかじゃなければ好きだって言ってくれた人を裏切ってしまった。それはどう贖ったとしても元に戻ることなんか出来ないんじゃないかって、一緒に部活動するのだって無理かもしれないなって思った。
 今更謝ってももう遅いかもしれないなって、終わってしまうかもしれない関係に胸を痛めてぼんやりしていた。成り行きに任せてカリムさんの言う事に逆らわず、特訓して、掻き込むように食事して、呼び出されたことに関して何も疑問を持たず従ってしまったのは本当に馬鹿だった。

「やめ、やめてください!」
「大人しくしろ!」
「嫌です!どうしてこんなこと、やめてください!カリムさん!!」
「どうしてだって?そんなの…どうして…」

 夜の相手をしろと言われて、言葉の意味を理解しようとしている間にベッドに引きずり込まれた。そんなに体格が良いってわけじゃないのに、男子ってどうしてこんなに力が強いんだろう。どうして相手の気持ちも考えず無理矢理しようとするんだろう。どうしてカリムさんもその人達と同じ事を強要するんだろう。
 必死に押し返す私と腕を掴んで必死に押さえつけようとするカリムさんだったけれど、ふと腕を押さえつける力が弱まった。カリムさんは言葉に詰まったようにぼんやりしていて逃げるなら今しかないと押し退けた。あっさり離れられたところにジャミルさんが声を聞きつけて部屋に来た。

「どういうことだ…君は何故…?」
「あっ、あ…えっと…」

 部屋に入ってきたジャミルさんは私たちの様子を訝しげに見た後、カリムさんのいるベッドに近づき顔を覗き込むようにして何かを話している。心配というより説得しているように見えた。カリムさんの「ああ、わかった」というハッキリした言葉が呆然とする私の耳に届いて、私のところへ来たジャミルさんに連れられ部屋から出た。
 私に割り当てられた部屋までジャミルさんに連れて行ってもらった。そこで「すまなかった」とジャミルさんに謝られた。ジャミルさんが謝る事じゃないとしか言えないし、ジャミルさんも副寮長として謝るしかないんだろう。それなら私を帰して欲しいと願い出たけれど、勝手な事をしてカリムさんの怒りを買いたくないと断られてしまった。
 明日はこんな事にならないよう守るからという言葉を残してジャミルさんは部屋を出て行った。根拠のない約束だなあと不安になりながらベッドに横になる。カリムさんに掴まれた腕がヒリヒリしてきた。
 人の話を聞かなくて、強引で、でも怖がる私を支えてくれた時の温かさは体温というより人柄の温かさのようにも感じた。それなのに、こんな事をされてしまって信じられないような気持ちで胸が痛い。砂漠の夜はどうしてこんなに冷えるんだろうかと体を丸く縮こませた。

 今日は昨日より酷かった。カリムさんの横暴が過ぎて寮生から不満の声が上がっている。夕飯後の特訓が終わりへとへとになる私をカリムさんに見つかる前にとジャミルさんが部屋に戻してくれた。夜中に談話室で寮生達と話をするらしいけれど昨日の事があるから部屋から出ない方がいいと言われた。
 四人部屋の広い空間にぽつんと座っているとオンボロ寮に帰りたい気持ちが増していく。もう、勝手に出て行ってもいいかな。ジャミルさんには悪いけれど書き置きを残していけば心配はされないだろうし、嫌なことがあったんだから帰りたいって気持ちは分かって欲しい。
 静かに扉を開けて廊下の様子を見れば静寂そのもの。みんなまだ談話室にいるんだろう。今のうちに寮を出て、オンボロ寮に帰って、明日の朝ジェイドさんに謝りに行く。怒りを通り越して失望しているかもしれない。軽蔑さえしているかもしれない。
 元の関係には戻れないかもしれないし事情を話して分かってもらえるとも思わないけれど、それでも帰りたかった気持ちとジェイドさんに会いたかった気持ちはわかって欲しい。なんて、エゴイスト過ぎるだろうか。

「ナマエ…どうして部屋から出てるんだ?」

 心臓が飛び跳ねた。振り向くより早く腕を掴まれた。ジャミルさんは信じられないとでもいうように眉根を寄せている。用事があるからどうしても帰りたかったと言えば、学園長の頼みがそんなに大事なのかと言われた。言われるまで忘れていただけに、私はぽかんと口を開けた。ジャミルさんも怪訝な表情で「違うのか?」と言った。
 ずっと用事と言っていたから勘違いさせてしまったのだと思いジェイドさんとの約束の話をした。完全にすっぽかしているから、なるべく早く会って謝りたいのだと切に訴えた。掴まれていた腕がするりと離され、これでようやく帰れるとホッと胸を撫で下ろした。

「それなら尚のこと帰せないな」
「えっ…?」

 悪事いいことを思いついたようなジャミルさんの笑みを最後に何も考えられなくなった。目の前の人の言うことは全て正しく、従うことは当たり前という気持ちになった。疲れているだろうから部屋に戻って寝るように言われて、その通りとっても疲れているから早く寝ようと寮内の部屋に戻った。
 真っ暗な瞼の向こうに眩しい光を感じて目を擦りながらゆっくり目を開ける。久し振りによく眠れた気がして、ぐぐっと伸びをすると頭がスッキリしてきた。どうして私はまたスカラビア寮に居るんだろう。血の気が失せる思いに部屋を飛び出した。

「ああ、ナマエさん。こんなところにいたんですね。僕たちもスカラビアの皆さんと親睦を深める合宿をすることになりました」

 よろしくお願いしますねと笑うジェイドさんの目が私を射抜いていて、動けば一飲みされてしまうような恐怖に口を開くこともできなかった。私を見下ろすジェイドさんの怒りは尤もで、謝りたいのに罪悪感のあまり見上げるばかりで背を向け去っていく姿を見ていることしかできなかった。