02
朝起きて身支度を整えて食事をして、授業の後は植物園の花に水をやってから図書室か寮の自室で授業の予習復習をして、時間になったら夕飯食べて課題をやってお風呂に入って寝るのがいつものルーティンだ。本当はここに展示の準備が入らなきゃいけないんだけど、何を展示したらいいのか全く決まっていない。
布団に入ってからそのことを考えているから学園生活の夢を見てしまうんだと思う。ここに来てから私の身に降りかかった楽しかった事の夢。たまに現実とは違ってグリムたちと登校してたり、クラスメイトの顔は夢のせいでぼんやりしてたけど普通に会話している夢も見る。
起きた時に何の夢を見ていたのか忘れるって言うけど、この願望を描いたような夢は私の頭から消えることはなくて毎度寝るたびに夢の続きを見てる気分になる。パチパチと場面が切り替わるたびに頭に広がる春光のような光景は虚しくて、早く春風にさらわれてくれと起床するたびに思う。
春光の他に真夏の陽射しを浴びる日も増えた。カリムさんだ。彼は食堂で会うたびに相席してきて、喜怒哀楽たっぷりに喋っていくのは「大勢で賑やかに食べた方が美味しいだろ」ってことらしい。そんな気遣いされた事はなかったから少し胸のあたりがむず痒く感じた。
そうやって楽しく感じ始めた昼食の時間が終わると忍耐の時間が始まる。休み時間に感じるスカラビア寮生からの視線は私を探るようなもので、とても居心地が悪い。目が合いそうになれば直ぐに逸らされてしまって不快で仕方ない。
大方カリムさんの嫁に来い発言のことだろうけれど私にその気はこれっぽっちもない。そもそも、恋人でもないレオナさんと何度もエッチなことしをしてる事を知られてしまったら、さしものカリムさんだって手のひらを返すだろう。
レオナさんは、あれから何度かオンボロ寮に来ては私を抱いて帰っていく。なんでもオンボロ寮は静かでいいけれど隙間風が寒いみたいで、私とセックスしていると丁度良くなるんだって言っていた。そもそも来なければいい話だなんて口が裂けても言えない。私だってレオナさんを利用してるんだから。
「なんか疲れた顔してるな」
「トレイさん…」
「どうしたんだ、ため息なんかついて」
植物園での水遣りを終えて帰るところに声を掛けてきたのがトレイさんで良かったという安堵のため息だった。なんでもないですなんて誤魔化せるかあやしかったけれど特に突っ込まれることはなかった。トレイさんは運営委員の仕事と部活の準備もあって忙しいみたいだった。
気にかけてくれて嬉しい反面、気を使わせてしまって申し訳ないとも思ってる。トレイさんに感謝しつつ植物園を出ようとすると、ふと思い出したように「前にあげたチョコレートは美味かったか?」と聞かれた。いつも通り美味しかったですと答えると、少し改良していたらしく全く気付けなかったことに焦る。トレイさんは、次は気付いてもらえるよう更に美味しく作るなんて言って笑った。
ホリデー前に貰ったチョコの意味が知りたくて聞こうとしたけれど、かなり忙しいようで部員らしき人に呼ばれて行ってしまった。他の部活の事なんて一つも分からないけれど、こんなにのんびりしている私だけ波に乗り遅れ一人取り残された気分だ。
「おおーい、ナマエ!!」
「…カリムさん」
「今日からオレ達お前の寮で生活するんだ。よろしくな!」
「えっ…どうしてですか?」
「オンボロ寮がVDCの合宿場所になったんだ。たった一ヶ月くらいだけど、一緒に生活するの楽しみだな」
初耳な情報に目を白黒させている私に白い歯を惜しみなく見せるカリムさんの後ろから、ゾロゾロとこちらに歩いてくる人たちが見えた。この人数が寮に泊まるのを考えると鳩尾のあたりが重い。
私の不安に気付けるはずないカリムさんは「早く行こうぜ」と優しく私の手を引く。魔法に掛かったみたいに足先は寮へ向き、引っ張られるわけでもなくカリムさんと一緒に寮まで歩いた。
グリムとユウくんはカリムさんと一緒に帰ってきたことに驚きつつも、合宿場所になった理由について詳しく教えてくれた。水周りのリフォームをしてもらえるのなら、あの人数を受け入れることにも大賛成だ。
「こんな時間にごめんなさいね。アンタはもう寝るところ?」
「はい…課題が終わったら寝るつもりですけど…」
「そう。悪いけど今から談話室に来てくれる?待ってるから」
夕食後いつも通り部屋で勉強していたところ、ヴィルさんに呼ばれて行った談話室で肌のお手入れの実演をされた。今日初めて会った人もいるなか、彼らの視線を浴びながら化粧水や乳液で肌を整えられていくのに緊張しない方がおかしい。
私は実演用のマネキンだと思い込ませながらヴィルさんの指先が顔を撫でていくのを少し気持ち良く感じていた。お互いの肌の間に乳液とかが挟まれているとはいえ、なんて滑らかな感触なんだろうかと思う。ヴィルさんが手作りしたという化粧品は、花かハーブかの優しくて柔らかい香りがして気分も穏やかになるようだった。
「すごい…!」
「おお、ホントだ!すごいモチモチだな!」
「ちょっと!整えたばかりの肌をべたべた触らないで」
「すまん!すげー感触がよかったから」
「アンタたちの肌も同じように手入れしてVDCまでに肌のコンデションを完璧にするのよ」
ヴィルさんのVDCに対する本気の姿勢が垣間見えて、邪魔だけはしないよう気を付けたいと思った。「夜更かしはお肌の敵よ」と化粧品一式を手渡され部屋に戻らされた。まさか私までもらえるとは思ってなかったから、手に余るような心地で自室の鏡台にそっと置いた。
カリムさんの中で私は嫁または婚約者のような位置付けのようで、一緒の寮で寝食を共にするうちに私に対する遠慮というものが少しずつなくなってきている。隣に座ったデュースくんに「スカラビアの寮長と仲がいいんだな」と話しかけられ、驚いてる間にカリムさんが答えてしまった。
「当然だろ!ナマエは将来オレん家に来るんだからな」
「???家に遊びに行くってことですか?」
「あっはは、何言ってんだ。あぁ、遊びに来たいのか?いいぜ!そん時は盛大なパレードを用意して待ってるぜ」
私を挟んでやり取りされる内容は食い違ったまま進んでいく。お互いの誤解を解くのも面倒だからとそのままにしていると、食事中は食事に集中しなさいという幼い子供を叱るような言葉でヴィルさんが窘めた。今は朝ご飯の最中だった。
寮を出る時はほとんどがバラバラに寮を出て授業に向かう。学年も違うのだから当然なんだけれど、私が寮を出るとカリムさんが待っていたように「一緒に行こうぜ」と声をかけてきた。ジャミルさんの顔を窺うとなんともないような顔で「早く行かないと遅刻だぞ」と私たちに言った。
彼らは寮長と副寮長で、この時期になっても彼らを知らない人がいたとしたら潜りだと思う。つまりそんな彼らと一緒に登校すれば目立つのは当たり前で、教室に入った途端クラスメイト達から心ない言葉をぶつけられた。いつ取り入ったんだとか、そういう事を言う人達の事を気にしないように本を広げるけれど、内容を理解できないまま今日最初の授業が始まった。