夏祭


雀は品の良いちりめんの浴衣に帯を胸高に締めている
普段は引かない紅と結い上げた黒髪に挿した花簪が眩しかった

「おお……お前も着飾りゃ中々見られる女じゃねえか」

いや、本当は中々どころの騒ぎじゃねえ

不審に動揺しちまった俺の声に雀は、幸いただニコリと形のいい唇を歪ませただけだった
俺の手の甲を雀が指の背で撫ぜる
コイツのする手を繋げという合図

こういう雀のいじらしい仕草に俺は今まで心底まいってきたのだ

下を見るとネイルで整えた雀の爪が光っている
俺の為に爪まで塗ったのかと自惚れながら、雀の華奢な手を握った

「じゃ、行くか」

祭囃子が聞こえる方へ雀と歩き出した
ひぐらしも鳴き止み、短い夏の夜が始まりかけていた

***


境内は案の定大勢の人間でごった返し文字通りのお祭り騒ぎだ
出店の繁盛も並じゃなく食い物一つ買うにも手間取るだろう

「なんか欲しいもんあったら言えよ、並んでやっから」
「いいの?」
「おう 遠慮せず銀さんに任せな」
「ふふ、ありがとう。林檎飴が欲しいな…」


普段の俺に並ぶという忍耐は毛ほども無い
しかし今日に限ってそれを厭う気は全く起きなかった
俺の履いた草履と違い高下駄で歩く雀は恐らく疲れるだろう
俺が買う間何処か静かな場所に座らせてやろうと探せば、境内の隅に丁度腰掛けられるスペースがあった

「んじゃパッと行ってくるわ」

小さく手を振って微笑む雀を見て年甲斐もなく熱くなる
小っ恥ずかしくなった俺は熱を振り切るように屋台へ向かった

***

「雀……」

意気揚々と買い物を済ませて帰った俺はフリーズした
明らかにナンパしている男が2人、雀を囲んでいる
あろう事か馴れ馴れしく雀の肩に腕を回した男に、一瞬で血が頭に昇った
急いで駆け寄り、ヘラヘラと笑う男の手を掴んでひねり上げる

「おいッ!てめぇらよお、ふざけてんじゃねーよ…俺のツレだぞ」

苛立ちをそのままに出来る限界の剣幕で睨みつけると、相手もその辺にいるただのマセガキに過ぎなかったのか顔を引きつらせるとへこへこと帰っていった

俺は雀を一人にしたのが悔やまれ歯噛みした

「悪い…変なのに絡まれたな」
「ううん、あんなのは野良犬だもの」

さっきの銀時格好良かったよと無邪気に笑う雀
その笑顔に怒りも殆ど和らいでしまった俺は、心底コイツに惚れているのだと思い知らされた

ほらよと林檎飴を差し出すと、雀は大層なものでも受け取るようにそれを持ち艶っぽく微笑む

「ありがとう」

俺は雀の 鈴みたいな涼しい声が好きだ


***

俺の手には2人で掬った金魚と綿菓子と万事屋への土産のたこ焼き、雀の手荷物の巾着がある
雀が自分も持つとせがんだが俺が好きにやってる事だ
お前は楽にしてりゃあいい


「お祭りは良いね」
「…ああ」

往来からそれた参道の脇、でかい杉の木に背を預けて休む
口元に寄せた林檎飴が雀の頬に赤い光を落とした
はしゃいだせいか汗の滲んだ雀の乳色の肌に黒い髪がやらしく張り付き、はっきり言って目の毒だ

「楽しいか?」
「とっても」

心の底からそう思っているのだろう
嬉しそうに雀はカリリと林檎を噛んだ

正直なところ元々俺の祭りへの興味は薄かった
高い食い物と溢れる人ごみにイラつくより、家で寝た方がずっと有意義だと
しかし今俺の心はガキみたいに浮わついている
何でかって考えたらそれは、隣に雀が居るからなのだろう
可笑しさと嬉しさとが混ざって飽和し思わず溜め息を漏らした

「銀時…?」

それを聞き取ったのか眉を下げた雀が不安げに俺を見上げた
しまった。違う、幸せ過ぎて溜め息が漏れちまったんだなどと焦った俺は我ながら歯の浮くような台詞を吐いてしまった

あちゃーと頭を抑える俺に、雀は目を丸くしたあと照れたように笑った

「そう、嬉しい…」
「おう」

その時の俺はしどろもどろという言葉を体現した様だったろう


「本当は私…あまりお祭りは好きじゃないの」
「そうか……え?」

今日始まっての衝撃にガツンと頭を殴られたかと思った
俺は、今まで1人で馬鹿みたいに楽しんでいたというのだろうか
愕然とする俺を雀が揺すった

「ううん、聞いて。私、今まで縁日は疲れるだけだって思ってた。でも銀時が居るから、私は今こんなに楽しいの」

雀の声が次第に小さくなる
それに反比例して俺の顔は茹でダコにみたく赤くなった

「その……俺もだ」
「現金よね、私たち」

目のふちを赤くして笑う雀の腰を抱いてそのまま口付けた
重ねた互いの唇が火のように熱かった

前へ次へ