いつも通りの一日だった。鶏の鳴き声で起きて、3羽しかいない養鶏舎まで赴き、出来立ての卵を回収してエサをやる。卵を冷蔵庫にしまって、野菜たちに水やり。それから着替えて自転車に乗り、町の外れにある知り合いの本屋でティータイムまで店番。お駄賃をもらって、帰りすがら馴染みの肉屋で少々まけてもらった肉の入った袋をぶら下げ、そのまま家の裏に広がる森へ山菜取りに出かける。そろそろだと思っていた山菜やキノコたちに腕捲りをし、予め肉屋で余分にもらっておいた袋へと突っ込む。
 夕焼け色をとろりと照り返す葉を踏み分け家まで戻り、もう一度野菜に水をやって、ついでに外に干しておいた梅も頃合いかと、私はプレートを取りに家の扉を開いた。
 いつも通りだった。何ら変わりない、揺るがない私の秩序たる日常の筈だった。
 この目に、不法侵入者をとらえるまでは。

「んがーっ……がー」
「……は?」

 人のベッドの上で大の字になりイビキをかく、この男はなんだろうか。生き別れた兄さんか。でもこんな上半身裸な変態兄貴ならいらない。ていうかそもそも私に兄などいない。しかしそう思いでもしなければ混乱に走り出す脳みそを制御出来そうもなかった。だって、こいつが、あまりにも人んちで堂々としすぎてて。

「……んあ、寝てた」

 未だ夢の中のような目。そばかすが広がる、穏やかな顔。……穏やか? いや、どこかで見たことのある、憎々しい顔だ。

「……ここは? つーか誰だお前」

 こっちが聞きたいわ変態と出かけた言葉だが、しかししっかりと開かれたその瞳が、私の喉を潰した。
 ……いや。
 いやいやいやいや。
 それはない。

 まさか、まさかね、そんなことがあるはずなかろう、バカか私は。大体、奴は死んでいる。この世で最も卑劣で下劣な悪党である海賊という馬鹿者たちに、世界政府が神に代わって鉄槌を下したのは記憶に新しい。
 あれだけ新聞を賑わせ、映像でも中継がされていた、彼ら。周りの人間たちと同じく、野次馬根性丸出しで見に行ったのだ、私は。

 こいつの、処刑の瞬間を。

 目の前の男は立ち上がると、不躾にもあたりをぐるぐると見回す。その背がこちらを向き、ちらりと見えた刺青がついに私の喉を締め上げた。
 ――嘘だ。

「…………」
「おい、かたまってどうしたんだ? 顔色悪いぞ」

 誰のせいだと思ってやがるんだ。惚けた顔をして、まさかのらりくらりと生きていやがったのか。下劣は下劣らしく身代わりを用意して死なせたのだろうか。……それは有り得すぎる。

 逃げに逃げて、町外れにあるこの辺境の地なら身を隠せる、と。

「……嘘だ」
「あ? ほんとに顔色悪いんだぜ、お前」

 鏡見てみろ、なんて大きなお世話なことをほざく男に、自分の顔が歪んだのが分かった。ほんと冗談抜きで、この状況はヤバいんではなかろうか。

「な、」
「ん?」

 私、殺される。

「なむあみ、」
「んん?」
「南無阿弥陀仏!」

 天まで届け私の祈り! マジで霊であってくれ!

「……何やってんだお前」

 ひたすら拝み地べたに伏せる私の頭上から、呆れた吐息がかけられるが気をとられるな気を抜くな。一心乱れずお経を捧げるんだ!

「すみません私は何も見えておりません死者は全て仏さま。あなたの心に安らぎあれ、アーメン」
「仏にアーメンはまずいだろ」
「うっさい黙れ大人しく成仏しろやあああ」

 思わず出てしまった言葉にぎくりとする。「おれはまだ死んでねェんだよ、ゴミ屑」とか言われてなぶり殺されるんだろうか。頭蓋骨真っ二つにされるんだろうか。
 ――終わった、私の人生。

「おい、ちょっと聞きてェんだが」
「っぎゃー近寄るな海賊!」

 それなのに反射的に振りかぶってしまう自分の反射神経がにくい。あああもうダメだ、死ぬ、死ぬ。

 頭を抱えその時を待つ――けど、投げつけた袋が壁にがつんと当たる音がして、私ははっと降り仰いだ。床に落ちて、ぶちまけられたそれら。

「……え、」

 弾かれた? 振り払われた? 違う。
 野菜もお肉もキノコたちも。全部全部、奴の体をすり抜けていたのだ。

「はは、なんだこれ」

 嘘だと思った。違うと思ってた。頭ではそう思いたかっただけで、本当にだなんてまさか、それが真実って。

「あー……やっぱ死んでんのか、おれ」

 身体を透かしながら苦笑いを浮かべる目の前の男に、目の前が真っ暗になった。

 ポートガス・D・エース。
 まさかの幽霊となって、その日奴は私の前に現れたのだ。
1日目
|
Si*Si*Ciao