競馬哀歌


ついに本日は給料日。

先輩達も心なしか嬉しそうだ。
私もうきうきとしながらGさんから給料袋を受け取った。
振り込みじゃないのね。
まぁほとんど空の上で現金下ろす暇は無いから良いけれど。

そういえば給与形態は聞いていなかったがどうなっているんだろう。
固定給なのか出来高制なのか時間給なのかさらに試用期間があるのかどうか……明細を見てみなければ。

……てゆーか花の女学生がなんでお金のことを真面目に考えなきゃいけないんだか。
はぁ。。。つらたん。


「ディス子ちゃーん、お給料も入ったことだしオニーサンと飲み行かなァい?おごるよん」
「やめておけディス子、セクハラと酒癖に泣かされるぞ」
「いえ私未成年ですので……男性だけで楽しんできてください」

ロッドさんが誘ってくれたが丁重にお断りした。未成年だしマーカーさんが言ってることも事実だと思うし。

取りあえず部屋に戻って封筒を開けることにした。

(……ん?そういえばいやに軽い)

ちゃらちゃらと音を立てる封筒に嫌な予感を抱いた……が、きっと何かお札と一緒に小銭的な物が入っているのねきっとそうだ札の厚み感じ無いけどきっとそうだ!
そう自分に言い聞かせて開けてみた。


出てきたのは256円。

絶っっ対に何かのお釣りだ。


私はすぐさまハーレム隊長の部屋まで行き、ドアを壊れるほどノックした。

「たぁいちょーう?私ちょおーっとお聞きしたいことがありますぅー……!!」
「何だウッセェぞ!!」

愛想のいい借金取りみたいにドカドカとノックし続けていたら、壊れると思ったのか珍しく隊長自らドアを開けてくださった。
私はすかさず隊長の目の前に給料袋を突きつける。

「お給料についてぇ、くわしくぅ、お話しさせていただけないでしょうか!!!!」
「あぁ?少ねーだ納得できねーだは誰しも新人のうちに一回は思うことなんだよ。んな話聞いてたらキリがねぇ」
「ピンハネは犯罪ですわよ隊長。本部にチクりましょうか?」
「生意気なこと言いやがって……俺ゃ忙しいんだ、もうすぐレースが」
「別にアナタが走る訳じゃないでしょ。競馬中継見るだけが趣味の寂しいオジサ……ってまさか!」

酒かギャンブル以外にお金使ってなさそーな中年の隊長がハマってるもの……それは変な名前の馬に競馬で有り金を貢ぐことだ。

無理矢理部屋に押し入り、床に散らばる大量の馬券を見て私は全てを悟った。

このライオンダンス(獅子舞)野郎、部下の給料まで競馬につぎ込みやがった……!!

「くぉら、だーれが寂しいオジサンじゃい」

隊長は私の首に腕を回し、勝手に部屋に入った事ではなく発言に対してツッコんできた。
頭を拳でぐりぐりされつつも私は言い返した。

「あらごめんなさい、撤回いたしますね。隊長は部下の給料もろくに管理できないだらしない常識無い尊敬できない、ナイナイ尽くしのオジサンでしたね」
「わかりゃいいんだ」

いいのかよ。
開き直ったオッサンほどたちの悪いものはない。

復讐は後で考えるとして、取りあえずは怒りを置いて自分の給料の行く末を見守ってやろう、と隊長と一緒にテレビで競馬中継を観た。

結果は惨敗。
私の給料は無駄死に。

冷たい目で隊長を見ていたら、さすがにマズいと思ったのか目を逸らしながら「まぁ、なんだ」と言う。

「男のロマンに結果はいらねェんだヨ」
「……あのケンタウルスホイミって馬、次はいつ走るんですか?」

私はとくに反応を返さず、そう返した。
そんな私が不気味だったのか彼は「一週間後……」と素直に言った。

「分かりました。私に一つ考えがあるので来週のレースは一緒に馬券を買いましょうか」
「はぁ?」
「じゃないとピンハネの件チクりますよ、いいですね」

軽く脅すと隊長はむすっとしながらも了承した。


一週間後。

「ちょっくら競馬場行ってくるわ。船任せたぞオメェら」
「お待ちください隊長」

隊長が新聞片手に出かけようとするのを私は
彼の前に立ちふさがって止めた。

「あン?んだよディス子」
「先日のケンタウルスホイミ、略してケンホイの件ですが」
「何でもかんでも略すな。最近の若い奴は……」
「あら、隊長の若い頃って私よりまともだったんですか?」
「だはは!ぜってーナイナイ!」
「ロッド減給」

……半べそのロッドさんはさておき。

「隊長が応援してるからケンホイは負け馬なんじゃないですか?」
「どういうことだよ」
「つまりアナタがケンホイの事好きでもケンホイはアナタのこと好きじゃないんですよ。だからアナタに応援されたくないんですよ」
「……で?」
「今回、隊長はケンホイ以外の馬券を買ってください」

ようするに私がケンホイの券を買い、隊長はその他の馬券を買う、と言うことだ。
これでケンホイが勝ったら隊長の鼻を明かせるし少しは消えた給料の足しにもなるだろう。負けたときは……それはそれで考えはある。

「ちょっと競馬新聞借りますね……ケンホイ単勝式とあとケンホイとチョッキュウプリンスとミドリオーの三連複……とこの順番の三連単にします。あ、公平を期す為に券はGさんに買ってもらいますからね。隊長は信用できないし私は未成年なんで」
「……おい、まだやるっていってないだろぉが、つーかやけに詳しいな……」
「この一週間勉強したんで。私が負けたらもう隊長にはピンハネの文句は言いません、私が勝ったら今後一切私の給料に手を着けないでください、それだけです。
──たまには良いじゃないですかこういうのも。それとも逃げるおつもりですか?あぁ怖いんですね、私の言ってることが本当だって認めるのが。やだービビり隊長ー」

安い挑発だったが、隊長はすぐに目の色を変えて叫んだ。

「上等だコラ!おいG!チョッキュウプリンス単勝買ってこい!!」
「はい」
「単勝じゃなくて三連複でも買えばいいのに……って百円!?ちょっと一枚しか買わない気ですか!?どんだけやる気ないんですか!」
「うるせー!おれぁケンタウルスホイミにしか金出さねーんだよ!」
「あらそうですかご勝手に。Gさん、このメモの通りにお願いしますね」

と言うわけで隊長は一番人気のチョッキュウプリンス、私はケンタウルスホイミ中心に何種類かを千円分(財布に入ってた旅行費の一部)だけ買ってもらった。

そして運命の第一レース。
全員で固唾を呑んで中継を見守る。

『──第三コーナーを回って第四コーナーにかかったところで、先頭は予想通りチョッキュウプリンス、ミドリオーわずかに離されていますが追いつく可能性はまだ、……あっ!ケンタウルスホイミ!なんとケンタウルスホイミが出て来た!!抜いています!後続馬をぐんぐんごぼう抜き!!今日はいったいどうしたことなんでしょう!あっミドリオーと並んだ!!抜いた!ミドリオーを抜きましたっ!!ケンタウルスホイミ早い!ケンタウルスホイミ早い!しかしトップのチョッキュウプリンス懸命の疾走!さぁ追いつくか逃げきれるか追いつくか逃げきれるか!
──あぁーっと奇跡だーーっ!!抜いた!ケンタウルスホイミ最後の直線でチョッキュウプリンスを抜きました!いったい誰がこんな展開を予想したでしょうか!!なんと!一着は!超大穴ケンタウルスホイミだーーーーっ!!!!』


────ブチッ

隊長が無言でテレビを消した。

「……」
「た、隊長……?」

マーカーさんがおそるおそる声をかけたが、隊長は俯いているのでその表情は見えない。

「ふ……ふふ、ふ……」
「え、ディス子チャン?」

隊長にビビって後ずさり私にすり寄ろうとしたロッドさんが、今度は私から距離を取った。

「ぅオーーッホッホッホ!!!!」
『!?』

いきなり高らかに笑い出した私に隊長以外の三人が怯えた。しかし私は構わずにテンションマックスではしゃいだ。

「キャーやったーどーよざまぁー!!ケンホイはアンタに応援されるとやる気なくなるってさー!いぇーいばーかばーか!!アハハ!アハッ!アハハハハ!!」
「……」



隊長が部屋に閉じこもって数時間。

本気でへこんだのか夕飯の時間になっても彼は部屋から出てこなかった。

「出て来てくださいよ隊長ー(私悪くないけどこれ以上いじけられたら面倒だから)謝りますからー」
「何やってる」

隊長の部屋をひたすらノックしていたら私が遅いのを心配してか、マーカーさんが様子を見に来てくれた。

「ごめんなさいマーカーさん私のせいで隊長が……」

普段は文句たらたらだが、きっと彼らはなんだかんだ言って隊長のことを尊敬しているだろう。それをこんな小娘が(精神的に)ボコボコにしてしまったのだ。多少は怒りを感じているだろう。
そう思って謝ったのだが……、

「何を言っている」
「え」
「もっとやれ追撃の手を緩めるな」
「!?」

マーカーさんの言ったことが意外すぎて私は固まった。しかし彼はお構いなしで私の肩をつかんで言い聞かせるように揺さぶる。

「あの獅子舞はこの程度ではすぐに復活するぞ、完膚無きまでに叩きのめせ。──お前が来たとき、最初はどうなるかと思ったが期待している」

マーカーさんは優しくふっと笑った。
今の状況に何一つとしてマッチしていない。てゆーかそんなことで褒められても嬉しくないんですケド。

「さぁ、向こう一ヶ月は大人しくなるようにもっと追い打ちを掛けてこい」
「マーカー減給」

あっ隊長出てきた。


怒り狂った隊長に眼魔砲を数発打ち込まれて這々の体でマーカーさんの部屋まで逃げた我々。
若干焦げてるマーカーさんを無傷の私が手当してあげた。

「ディス子、ちなみに負けてたらどうしたんだ」
「ケンホイが負けても本部に給料の件をチクるだけですよ。“隊長には”文句言わないって言っただけで本部に黙ってるとは言ってませんから。どっちに転んでも私は良かったんです」
「……やるな」

マーカーさんがものすごく誉めてくれた。


つづく


おまけ 

帰ってきたGさんに呼ばれて部屋に行った。

彼は背負っていた袋から札束を次々と出した。
私が呆然としていたらGさんがお金の内訳を話してくれた。

単勝が一枚約五万。これは三枚買ったから約十五万儲け。
三連複が約四十万。これは馬違いも入れて四枚買って、二枚当たったから八十万。
ダメ元で一枚だけ買った三連単も当たってしまったらしく六百万に……。

トータル約七百万の儲け……。

やはりと言うべきか、ケンホイの券を買う人は全然いないため倍率がとんでもないことになっていたというのだ。

取りあえず私は震える手でGさんに一束渡して、人差し指を唇に当てた。内密に……のジェスチャーである。
しかしGさんは首を振ってもう一袋の中身を見せた。こちらも札束がぎっちり……なるほど、Gさんも私と同じ券買ってたのね。これがほんとの勝ち馬に乗る……。


Gさんと私は頷きあった。


その後夕飯の席で復活した隊長に「──で、結局いくら儲けたんだよ」と聞かれた私はこう答えた。

「まぁ、ざっと五十万くらいです」
「ヒューッやるじゃんディス子ちゃん!」

ロッドさんが肩を抱いてきたので、熱々のカルビを腕に当ててやった。(今夜はケンホイ一着祝いの焼き肉)

「あづづぁーーっ!!」
「やかましいぞロッド、お前も焼くぞ」
「牛豚じゃねーのに食卓にあがってたまるか!あ、でもディス子チャンにならいつでも俺のカラダを新鮮な内にベッドへ産地直送するよん」
「人体って約三十一億で売れるって本当ですかねぇ」
「そ、そんな話しないでよ……」

ロッドさんは大人しく肉を食べ始めた。

「隊長、ここまでわかりやすくケンホイに振られたのにまぁだ貢ぐんですか?」
「いーんだよ、そう簡単になびかねぇから貢ぎがいがあんだよ」
「隊長は尽くすタイプなんですねーわーすごーいどーでもいー」


こういう大人にだけはなりたくないなって思いました。


つづく

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