ドーバー海峡遠泳の旅


最近コタツを買った。

燃料と物資補給のため、たまたま寄った場所が日本だったので自由時間の時にこっそり調達したのだ。(重かったけどGさんが手伝ってくれた)
寒い空の上、空調効かせるよりもエコだし中々重宝してる。

──そしたらどこでどう感づいたのか隊長がコタツに住み着いてしまった。

暇さえあれば私の部屋に侵入して、大きい手足を縮こめてみっちりとコタツに体を詰め込んでいる。
顔に集中的にファブ○ーズをかけないと退いてくれない。

今日もいつの間にか、(体が入りきらないので)丸まって顔だけ出した隊長が気持ちよさそうに私のコタツで寝ていたので顔をファブってやった。

「ぶわーっ!!ぶぇっペッペッ!何しやがる!」
「何しやがるはこっちの台詞です。さっさと出てっていただけます?乙女の可愛い部屋が加齢臭で腐ります」

それに私も寒いので、と言いながらファブり続けていると、顔がビシャビシャになった隊長は「ったく、しょうがねぇな……」とか言ってコタツ布団をめくりあげた。

「オラ、来いよ」
「出・て・け、っつってんです。誰が好き好んでアンタと──あー!もう臭い!オヤジ臭い!!」

布団がめくり上げられたことで中から解放された酒臭とかタバコ臭とか加齢臭が部屋に広がった。
私は半狂乱でルームスプレーを振りまいた。

「いやーっ!最悪最っ悪!しかも水気振りまいたから部屋の温度も下がっちゃったし!マジ最悪!もー寒ーい!!」
「うるせー!これしきのことで寒いとか騒ぐんじゃねー!」
「コタツから出て言え!!」

結局バリアを駆使して隊長を部屋から押し出した。
コタツに置いておいたミカンも半分以上食われてるし……隊長のバカ、ブログに書いてやる。

嫌がらせのために、夕飯の煮麺(にゅうめん)は隊長の分だけ冷やしソーメンにしてやった。何か喚いてたけど知らない。


翌日。
私たちは何故かイギリスとフランスを隔てる海、ドーバー海峡の上空に来ていた。

「たぁーいちょう、なんだってんスかこんなところに来て」
「やださむーい」
「今は真冬ですよ隊長。いったい何の用でこんな所に……」
「ケケケ、なぁにちょいとディス子を鍛えてやろうかと思ってな」
「は?私ですか?」

訳が分からなくてマーカーさんとロッドさんの方を見たら(Gさんは飛行船操縦中)二人は“アレか……”というようなひきつった顔をしていた。

「何なんですか?何するんですか?」
「おまえ最近寒い寒い言ってコタツ入ってばっかいるだろうが。だから……な?」
「それは隊長でしょ。な?って何ですか、な?って」
「ぐだくだ言ってんじゃねぇ!お前の先輩のリキッドだってやったんだぞ!」
「そんなこと言われたって……」

また出たリキッド先輩。通称リーちゃんだかリッちゃん。隊長のお気に入りだったかなんだか知らないが、顔も知らない人を引き合いに出すのは止めてほしい。
すでに除隊しているところを見ると、その人かなり苦労したんだろうな……。


「た、隊長ぉー?ディス子ちゃんにはちょおーっと厳しいんじゃないですか?」
「そこまでの体力は彼女には無いと思いますが……」
「うっせー!!こいつの修行のためだ!おいG!ギリギリまで降ろせ!」

隊長が無線にそう言うと、船はゆっくりと海面ギリギリまで下がっていった。

「絶対普段の腹いせだ……」
「ディス子……覚悟を決めろ」
「え、え、なに?もしかして私ここ泳がされるんですか?」
「その通ぉーーり!おら行け!!」
「あっやっちょっ、」

隊長に押されて、私の体は冷たい海に放り出された。
隊長の高笑いと先輩二人の心配する声が水を通して聞こえる。

「っぶは!」
「ディス子!」
「ディス子チャーン!早くこっちへ!」
「邪魔すんなロッド!おらディス子、助けてほしけりゃ言うことあンだろぉ?」

何とか水面から顔を出した私に、隊長はロープのついた浮き輪をブンブン降り回しながらそう言った。心なしか舌が蛇のようになっている。
先輩たちは「アンタ鬼だー!」とか「このままじゃディス子ちゃん死んじまう!」とかいって心配してくれているが、私は優雅に背泳ぎをした。

『!?』
「やだー冷たーいアハハ」
「なっ、ナぁにぃい!?」

先輩二人はもちろん、隊長までもがポカンとして私の泳ぎっぷりを見ている。

「平気なのか……?」
「オイオイ、カノジョどーゆー体してる訳ェ?」
「化けモンかアイツぁ……」

もちろん、私が特別寒さに強いわけではない。私の特殊能力、バリアのおかげである。
隊長たちは私がバリアを壁のように出すだけじゃなく、体に纏えるのを知らない。

「たーいちょーう!隊長も一緒に泳ぎましょうよー!気持ちいいですよー」
「……イヤ、止めとく」

隊長が若干引き気味でそう言ったので、私はわざとらしくショックです!って顔で声高に叫んだ。

「えぇっ?もしかしてぇ、隊長ってば泳げないんですかぁー?えー?隊長なのに?え?私は出来るのにぃ?え?えー?えぇーーーー?マジ雑魚ぉーい尊敬できなーいこれからはクソ雑魚獅子舞隊長って呼びますねっ!」

語尾にハートを付けながらイヤな若者っぽく言えば、当然煽り耐性の低い隊長は青筋を浮かべながらタバコを噛み潰した。

「上等だゴルァ!!!!マーカー!ロッド!お前らも来い!!」
「え゛!?」
「マジすか!?ってギャー!!」

哀れ、先輩たちも巻き添えを食って隊長とともに海へ落ちてきた。

「やーん超年寄りの冷や水ー」
「ぐおおぉおお……なんのこれしきぃぃ……!」
「ぶはっ、し、死ぬっ……」
「ギャーーちべてぇーー!!」

三人はギャーギャー騒いでいたが、私がこっそりマーカーさんとロッドさんにもバリアを張ってあげたら彼らはピタリと静かになった。

「……ん?」
「ってあれ……?」

二人はきょとんとして顔を見合わせてから、私を見た。
笑顔で手をひらひら振ると、納得したように軽く頷いてくれた。

「う゛ぅお゛ぉぉ……ってオイ!?ナニてめぇら余裕ぶってんだよ!」
「えっ、あっ、いやぁ〜隊長、ここの海って思ったよりも冷たくないっすよ」
「ええ、何とか耐えられます」
「隊長もそうですよねー?」

ここぞとばかりに三人でそうまくし立てると、隊長は“えっ?俺がおかしいの?”みたいな顔をしながら、「と、トーゼンだろが!!」と強がった。
よしよし面白くなってきた。

「よ、よ、よしじゃあこのまま泳いでも面白くねーから向こうの大陸まで競争すっぞ」

隊長は震える声でそう言った。すでに唇が紫だ。
だが情けをかける私ではない。

「あっ、じゃあ隊長以外が一番先にゴールしたら今月の給料ちゃんと満額下さいよ」
「は、あ?……ま、ま、まぁ、い、いだろ」

さっさと陸に上がりたいのか、マナーモード状態の隊長はすぐさま了承してくれた。
先輩たちの目がやる気に満ちてきたが、隊長にももっとやる気を出してもらうため、私はさらに条件を加えた。

「──ではついでに隊長の給料も四等分にして私たちに下さいね」

「っはぁ!!?」
「賛成する」
「俺もー!」
「じゃよーいスタートっ!」
「ちょっと待てテメーらぁ!!!!」

言い逃げでとっととスタートしたが、やはり腐っても現役の軍人。すぐさま隊長も食らいついてきた。

その後、すっかり体温を感じさせない肌色になった隊長が意地の一着になった。
……しかし結局彼は三日間寝込んだため、私が看病する羽目になった。

でも自分たちが負けた場合の条件は提示していなかったので、それ以上のペナルティは無かったことが不幸中の幸い。

先輩三人からは胴上げされた。


……まぁ、どうせ勝ってたとしても約束は守られなかっただろうケド。


つづく



おまけ

体調不良の不良隊長は体調不良でも不良隊長。
あれしろこれしろアレ食いたいコレ食いたいとワガママ三昧で少々ムカついた。

なので「弱ってる隊長って超可愛い!……もっと弱らせたいな」ってアルカイックスマイルで言ってみたらサイコパスを見るような目で見られた。
その後は大人しくなってくれた。

しばらくして寝付いたと思ったら、「鳥が、俺の小鳥が……」ってうなされてた。

どんな夢見てんだ。


つづく



(ルーザー兄さんに飼ってた小鳥の首きゅっきゅってやられる夢)

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