女帝

ベナレスへ向かうバスの中、ポルナレフはずっと女性(ネーナというらしい)に絡んでいた。
彼曰く、ホル・ホースは嘘つきだ君は騙されている、おれは普段人に説教などしないが君は美人だし頭の良さそうな子だから説教しているんだ云々──ネーナという女性は聞いているんだか聞いていないんだか、暗い顔で黙り込んでいる。

「ポルナレフもよくやるわ……」
「さりげなく口説いてるようにも聞こえますね」
「確かに」

隣に座っている花京院は「あんな事の後なのにまったく……」とぼやいている。
仇討ちが済んだから余計に気が緩んであんな疲れる絡み方をしているのかもしれない。

「君は騙されている!親が悲しむよ──恋をするとこおぉ〜〜なりやすいけどよ、冷静に広く見ることが大切だな」
「おい……こいつは驚いたな」
「ン!なに」

ガンジス河に差し掛かった辺りで、修行僧が荒行をしているのがバスの中から見えた。

「話には聞いていたが本当にやっているんだな……」
「客寄せのトリックじゃねーの?」
「あれがか?あぁ、豪さんあまり見ない方が──なぜそんなに懐かしそうな顔をしているんですか」
「自分の修行を思い出した」
「……そうですか」

花京院が窓の外が見えないように目を覆おうとしてくれたが、私の反応を見て止めた。
自分の体を痛めつけて限界を超え何かを得ようとするのはスポーツの世界でも勉強の世界でも宗教の世界でも波紋の世界でもすべてに共通しているものなんじゃないか……つまり修行は素晴らしいということなんだけど花京院は分かってくれないみたいだ。
しかし河のほとりが見える頃、彼は有無を言わさず私の目を覆った。

「えっ、何?」
「あそこで何か燃えてるようだな」
「人だ……火葬にしているんだ……刺激が強いから見ない方がいい」
「J・ガイルの死体見てきたばっかなんだけど」
「それとこれとは別です」
「別なんだ……まぁいいけど。ありがとう」
「おい豪、あそこに針山の上で逆立ちしてる奴らがいるぞ。混ざってくるか?」
「えっ、ホント?混ざりたァーい、指一本で逆さ直立して彼らの度肝を抜きたーい」
「承太郎、なに煽ってるんだ!豪さんも止めてください!」
「冗談なのに」
「君ならやりかねない!」
「やれやれ、花京院は真面目だぜ──どうした?ジジイ元気ないな」
「乗り物酔いですか?」
「うむ──いや、虫に刺されたと思っていたところにばい菌が入ったらしい」

ジョースターさんがこちらに腕を見せてきた。彼の肘の手前辺りには大きな腫れ物が出来ている。
説教が一段落したポルナレフもそれを見に来て「うげー」なんて気味悪がっている。

「腫れてますね、それ以上悪化しないうちに医者に見せた方がいい」
「これなんか人の顔に見えないか?へへへ……」
「おい!冗談はやめんかポルナレフ!」
「波紋を流してみますか?」
「いや、それには及ばんじゃろ。病院に行ってくるよ」
「付き添ってやろーかぁ?」
「いらん、年寄り扱いするな」
「道中、敵が現れないとも限らないし私が付き添いますよ」
「ううむ……そうじゃな、頼む」

バスから降りてポルナレフはネーナさんを送りに、空条と花京院はホテルの部屋を取りに、私とジョースターさんは最寄りの病院へと向かった。
待合室で待つのも暇なので、診察室へ一緒に通して貰うと医者は患部を見るなりすぐに「切りましょう」と言った。

「おいおいおい、薬か何か塗ってホータイ巻くだけじゃダメなの?」
「だいじょうぶ、局部麻酔するから痛くないね、ノープロブレム問題なしよ。さっ、横になって」
「はぁ……波紋を流して貰えば良かったわい」
「これからは遠慮なくおっしゃってくださいね!」
「さぁ切り取るよ」
「うえぇなんてこった!切られるとこ見たくないわい」
「頑張ってくださいジョースターさん!」

私は一歩引いて手術の光景を見守っていた。医者がメスを患部に近づけ突き刺した──いや、“突き刺した”のではなく!“腫れ物がメスを奪い取った”!
そいつは奪い取ったメスを咥え直して切っ先を医者に向けた。

「ヘッ?こ、これは何ね!?」
「危ないッ!」

私はスタンドを伸ばして医者を引き倒した。
勢いが良かったせいか壁に頭を打ちつけてしまって彼はそのまま気絶した。

「あぁっ!すみません……」
『チッ、もう少しだったのに──チュミミ〜ン』
「お前は!」
「お、おいどうした!?もう終わったのか!……見ても大丈夫?」
「ジョースターさん!そいつはただの出来ものじゃあないッ!スタンドだ!!」
「な、なんじゃと!?」

飛び起きたジョースターさんが自分の腕を見て「オーマイガーッ!」と叫ぶ。
腫れていた部分には目、鼻、口と立派な顔が浮かび上がっていた。

『邪魔しやがってこの小娘ッ!とんちきがぁ〜!』
「おぉッ!?しゃ、喋っているぞこいつ!」
「人に寄生するスタンド……お前、“女帝エンプレス”か!」
『その通りッ!あたいが“女帝エンプレス”よッ!チュミミ〜ン!ジョセフじじい!小娘!まずてめーらから血祭りにあげちゃやるよッ!!』
「くっ、いったい何処で取り付いたのか……!?」

ジョースターさんが傍らにあった別のメスを女帝に突き刺そうとしたが逆に奪われてしまった。

「うおおおおっなんて力だ!とられちまった!」
『ヒヒヒヒヒヒーー!!』

女帝は咥えたメスを振り回しジョースターさんを切ろうとしている。

「うおぉーッ!」
『ホラホラホラーーッ!!』
「いい気になるなよ!金属へ伝える波紋疾走──“銀色の波紋疾走メタルシルバーオーバードライブ”ッ!!」

私は落ちていたメスを使って、ジョースターさんの腕に寄生している女帝を削ぎ落とした。女帝だった肉片が床にべちゃりと落ちる。

「オォーーノォーーッ!!……ってあれ?ふう、良かった、そんなに傷は深くないわい」
「波紋で切れ味を増していましたからギリギリをきれいに削げたと思います」
「ありがとう助かった。このくらいなら自分の波紋で──烈子!や、奴を見ろ!!」
「えっ、な、何ィッ!?」

削ぎ落とした肉片がみるみるうちに形を変え、手と足の生えた人型になった。

『チュミミ〜ン!ちょいと背丈が低いけどアンタの肉でこォんなにしっかり立てるようになったわァ〜親のすねかじり、いや腕かじりと呼んでパパ!』
「ゾ〜ッ!もしかしてあのままくっつかれていたらわしがアレになっていたのか!?」
「寄生先から離れても自立可能なのか……流石、エンヤ婆に遣わされただけあって一筋縄じゃあ行かないようです」

しかし奴はジョースターさんの肉で出来ている。誰にでも見えるなら物理攻撃も通るはず。
私は鋭利な手術器具に片っ端から波紋を流し、奴に投げた。

「フンッ、はッ、やッ!」
「お、おぉ!命中している!やるな烈子!」
『ちぃぃぃ〜っとも痛くないねぇ〜あたしはジョースターの肉体で実体化しているが生物じゃあねーんだよッ!』

投げた物はすべて女帝に刺さったが、全然痛がる様子もなくすべて引き抜かれてしまった。

「本体が近いならともかく、波紋だけじゃ厳しいですね。やはり我々のスタンドで戦うしかないようです」
『アーハッハッ!アンタたちのスタンドで何が出来るのさッ!』
「このブスアマが〜……ジョセフ・ジョースターが戦いにおいて貴様なんかとは年期が違うと言うことをこれから思い知らせてやる──隠者の紫ハーミットパープル!!」
隠者の黒ハーミットブラック!」
『遅い遅いおそぉぉ〜いッ!そんなヘボスタンドじゃぁあたしを捕らえることは出来ねーよッ!このままじわじわとなぶり殺してやるーーッ!チュミミ〜ン!!』

私たちのスタンドの茨はあまりスピードが無い。床から生やしても腕から生やした物を鞭のように操っても奴を捕らえることは出来ない。
ベッド上にいるジョースターさんより攻撃しやすいのか、女帝は私の足にかじり付いたりメスで切りつけてきた。

「いででッ!」
「烈子!大丈夫か!」
「大丈夫です!いけます!コォォォ──」

心配そうなジョースターさんに力強く頷き、私は再び器具を投げたりスタンドを伸ばしたりして女帝に応戦した。
しかし、女帝はその小柄さを生かし攻撃をすべてかわしてしまう。

「くっ、早い!」
『ハッ身の程知らずの小娘が!──ヘイッ!ジョースター!あんたさっき戦いの年期の違いを見せてやるとかどうのこうの言ってたねっ!大した攻撃力の無いスタンド使いの老いぼれジジイと小娘くらい片すのなんかワケないわ!あんたらにゃあこの女帝わたしを倒す方法など何ひとつ──!』

私の攻撃を後ろ跳びに避けていた女帝がある地点に着地した時、べチョリと嫌な音がした。

『なに、ひとつ……──な、何?このべとべとした物……ううッ!』
「え、“何ひとつ”なんじゃと?年を取って耳が遠くなったかの!なんて言ったのかもう一度言ってくれ!」

ジョースターさんの茨が空のボトルを女帝に投げた。
ぽこんと軽い音で転がるそれを見た女帝は叫んだ。

『ゲーーッ!これは“接着剤”ッ!医療用のッ!』
「フフフ、わしは攻撃すると見せかけてそのボトルを棚から拝借したんじゃよ」
「そして私が攻撃で誘導してあんたを罠にはめたって訳。見たか!我々のチームプレー!」

女帝は逃げようと無理矢理立ち上がったが、接着剤が固まり始めてたちまち動くことが出来なくなった。

『く、くっつく、動けない!』
「ま……これで戦いの年期の違いというものがよぉーく分かったじゃろう。“相手が勝ち誇ったときそいつはすでに敗北している”、これがジョセフジョースターのやり方。老いて尚ますます健在というところかな……そして──お前は次に“やめてそれだけは”と言う」

私とジョースターさんが隠者を女帝に巻き付け綱引きのように掴むと、奴はこれから何が起こるか察したようでもがきながら叫ぶ。

『やめて!“やめてそれだけは”!──はっ!』

ジョースターさんがニヤリと笑った。

「引けーーッ烈子ッ!!」
「はいッ!」
『グググ……オゴオゴ──プギッ!!』

ぐるぐる巻きになっていた女帝はスタンドの茨に締め付けられ破裂した。

「ふぅ……まったくエラい目にあったわい」
「おちおち病院にも行けないなんて……これ、どうしましょう」

診察室(兼、手術室?)の惨状にどうしようかと二人で頭を悩ませていたら、扉が開いた。

「──先生、次の患者さんが……こ、これは!何があったんです!?」
「あっ」
「あっ」

気絶した医者とぐちゃぐちゃになった診察室を見てナースが悲鳴を上げた。

「あっ、あなたたち先生に何をしたんですか!」
「いや、そのぉ……」
「ご、ゴメンナサぁ〜イ!おじいちゃんが手術怖がって暴れちゃったんです〜」
「えぇっ!?」
「えぇっ!?あ、そ、そうじゃそうなんじゃ!すまん!このセンセイの治療費と部屋の修理費諸々はちゃあ〜んと払う!」
「ちょ、ちょっともう……誰かー!!」

ナースが病院の関係者を呼びに行ってる隙に、ジョースターさんが札束をその辺に置いて窓から逃亡したので私も後に続いた。

「……大丈夫ですかね?」
「いいから逃げるんじゃよォーー!!ナースたちにしこたま怒られるのが嫌なだけじゃあないぞ!女帝の本体を探さなきゃならんッ!」
「はっ、そうですね!我々のスタンドみたいにダメージが返らないタイプだったら敵はまだ生きている!」
「そういうこと!烈子、君のガラス玉で敵がどいつか見れんか!?」
「近くにいればDIOの妨害も届かず見れるはずです!」

走りながらガラス玉を覗くと、ポルナレフの姿が浮かび上がった。
彼は何かに怯えているようで後ずさっている。

「あれ、ポルナレフの姿が映って──あっ、ネーナか!きっと彼女がスタンド使いです!」
「なんと!ポルナレフが危ない!二人は何処に、」
『──なんだ!な、な、なんだッ!ど……どうしたんだネーナッ!!』
「……いましたね」

近くでポルナレフが分かりやすく声を上げてくれた。
声が聞こえた建物の陰に行くと二人がいる。

「こんな近くに……どうりでスタンドが強かったはずじゃ」
「うわー何あれ」

ネーナは口から大量の液体を吐き出しポルナレフはぎゃーぎゃー叫んでいる。大変な地獄絵図だ。
そのうちにネーナの形の皮がはがれ、中から本体と思われるガマガエルのような女が血を吹き出しながら現れた。
女はそのまま地面に倒れ動かなくなった。

「なっなんだーーッ!こいつは!」
「そいつがスタンド使い“女帝”本体か……」
「おーい、大丈夫?ポルナレフー」
「オッ、オェ〜」
「こんな醜い女に人面疽がくっついて美人にカムフラージュしていたとはな。うかつだった。まんまと騙されたなポルナレフ」
「自分自身にスタンドを取り憑かせていたんですね。全然気づかなかった……」
「なんてこった……おれちょっと本気だったのに」
「あー……ドンマイ」

ポルナレフはものすごーく落ち込んでいたので、ホテルが決まって私たちと合流しにきた空条と花京院に敵に襲われたのは彼だと誤解されたとさ。チャンチャン。


おまけ
夜、アヴドゥルさんが実は生きているとようやく花京院に伝えられた。

「そうだったんですね……良かった……本当に」
「今頃はホル・ホースがDIOかエンヤ婆辺りにアヴドゥルをやったぜーって伝えているだろうからしばらくはごまかせると思う」
「なるほど……この事、ポルナレフには?」
「あいつヤケ酒してやがるからな……」
「アヴドゥルさんの事とネーナの事でね……今はジョースターさんが付き添ってくれてるから酔いがさめてから話すつもり」
「……彼に話すのは止めておいた方がいいと思う」
「えっ」
「何故だ?」
「ポルナレフのことだ、敵がいる前でうっかりアヴドゥルさんのことを話してしまうかもしれない」
「……あぁ」
「まぁ……否定は出来ないかも」
「だろう?アヴドゥルさんがいないという事実で少しは彼も慎重になってくれればいいんだが」
「ははは……取りあえずジョースターさんに内線かけるわ」
「ぼくがやりますよ。女帝と戦って疲れただろう」
「だな、お前はもう部屋戻って休んでろ」
「ありがと。じゃお休み」
「お休みなさい」
「お休み」

空条が「お休み」って言ったのがちょっぴり意外だった。
そんな一日の終わりであったとさ。