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ジョースターさんにさっきまでの事を話したら、彼もアヴドゥルさんが私たちのやり取りを見てしまって飛び出したのだろうと結論付けた。

「アヴドゥルの奴、一人でポルナレフを探しに行くとは!」
「まだそう遠くには行ってねーはずだぜ。手分けして探せばすぐ見つかるだろ」
「そうじゃな!じゃあわしはあっちを」
「じゃあ私は反対を!」
「ぼくは人通りの多いあちらに」
「おれは逆に人通りの少ない方に行く」
「よし、もしも一通り探しても見つからなかったらこのホテルに戻っていてくれ」
「はい!」
「はい」
「あぁ」

私が選んだ場所は比較的人通りの少ない場所だった。なのでアヴドゥルさんがいればすぐに見つかるはずだが、あの後ろ姿を見つけることは出来なかった。
彼はここを通っていないと判断し、ホテルへと引き返したら同じ状況だったのだろう空条もすでにホテルの前に戻ってきていた。

「空条!そっちもダメだった?」
「あぁ、アヴドゥルもポルナレフ達がいる場所も見つからねぇ」
「私たちはハズレか……」
「そのようだな。当たりを引いたのは──」
「おーいお前達!どうじゃった!?」
「──花京院かもしれねぇな」

ジョースターさんも戻ってきてこちらに走り寄ってきたが、しばらく待っても花京院は戻ってこなかった。

「ふむ、こりゃあ確実に何かあったな」
「私たちも向かいましょう!」
「へばるなよジジイ」
「へ、平気じゃわい!」

花京院が選んだ道をそのまま進んで行ったが、道中に見知った顔は見つからない。しかし、見覚えのある景色が見えた途端に現れた人だかりと不穏な空気に私たちはここで起こったことを察してしまった。

「空条、この通りって……」
「……お前のスタンドで見た景色だな」
「お、おい!ちょっと、ここで何があった?」
「変な喧嘩だってよ、男が一人死んでるらしい」
「なっ、なんじゃと!?」

野次馬の一人にそんなことを言われ、すぐさま人混みをかき分けて中心へと向かうと、血溜まりの中に倒れている男が見える。
信じられない光景に私たちは息を飲む。確かに彼を探していたがここで見つけたくなんてなかった。

──血溜まりの中でピクリとも動かず横たわっていたのはアヴドゥルさんだった。

「遅かったか……」

ジョースターさんが深く項垂れ自分の胸元をぐしゃりと握りしめた。
私は信じられずにアヴドゥルさんの息を確かめようとしたが、空条に制された。

「空条?」
「……」

空条は無言でスタンドを出し、アヴドゥルさんの首元を探らせる。
彼の星の白金スタープラチナは感覚が鋭い。私が診るよりも正確にアヴドゥルさんの状態が分かるだろう。
案の定すぐに何か分かったのか、星の白金が顔を上げて空条を見た。空条は声を上げる。

「まだ死んじゃいねぇ!微かに脈があるみてーだ!」
「なんじゃと!本当か承太郎!」
「すぐ治療を!」
「よし、烈子は波紋で手当てを!わしは近くの店で電話を借りてくる!承太郎は周りを警戒しておいてくれ!敵がまだ潜んでいるかもしれん……」
「はい!」
「わかった」

改めてアヴドゥルさんの傷を調べてみる。
負傷部は二カ所、額と背中だ。
額の傷が脳を傷つけているんじゃないかと最悪の想像をしたが、血を拭ってみれば表面が少し削れた程度。頭蓋骨に至るまでの傷ではなかったことに安心する。ここには波紋を流したスタンドを巻いておいた。
それよりも危ないのは背中側だった。ナイフを遠慮なく押し込まれたような刺し傷は深さから見て肺にまで達している。

「額の傷は表面だけ……それより背中の傷がヒドい。多分J・ガイルにやられたみたい」
「治せそうか?」
「軽くくっつけるくらいなら。本格的な治療は医者に任せる」
「そうか……──おい、何ジロジロ見てやがる!見せモンじゃねぇぞッ!」

空条が野次馬を一喝しながら辺りを警戒してくれているので、治療にだけ集中する。波紋がうまく作用してくれたようで傷は少しずつ塞がりアヴドゥルさんの脈も正常に戻ってきた。
そろそろいいか、という時にジョースターさんが走って来たのが見えた。

「よし、救急車の手配をしてきたぞ!SPW財団の医者にも搬入先に向かうように連絡しておいた」
「ありがとうございます、アヴドゥルさんの方も容態は安定しました」
「そうか……よかった、本当に……ありがとう烈子」
「い、いいえェ!」

心底安堵した、というように穏やかな顔で微笑まれ、さらには頭を優しく撫でられたものだから声が裏返ってしまった。空条が呆れたような微妙な顔で私を見ている。
負けじと睨んだら「やれやれ」と言ってさらに呆れた顔をされた。

そのうちやってきた救急車に乗せられたアヴドゥルさんを見送ってようやく私たちは一息ついた。

「さて、アヴドゥルは今動けない状態じゃ。今敵に狙われたらひとたまりもない。ポルナレフと花京院には酷であるが、今日はまだ彼が生きているとは言わない方がいいだろう」
「そうだな。あの二人がホル・ホースとJ・ガイルをうまい事どうにかしてくれてりゃいいんだが……」
「ポルナレフ達はどこに行ったんでしょうね」
「ふっふっふっ、実はさっき考えたんじゃが──」

ジョースターさんはそう言って小石をいくつか地面にまく。そしてスタンドを出すと地面に這わせた。
すると雨でぬかるんだ地面の土がみるみる形を変え、小石がある一定方向に配置された。

「よし、この小石がわしら。こっちの小石がポルナレフと花京院じゃ!」
「すごい、これは地図ですか!」
「これを辿って行きゃいいわけだな。考えたなジジイ」
「フフン……ふむ、ここから少し距離があるな。急ぐぞ!」

地図の通りに町のはずれまで進むと、角からいきなりホル・ホースが飛び出してきた。空条はなんの躊躇いも無くそいつをぶっ飛ばす。

「グピィーッ!!」
「フン」
「お見事」
「あぁ!三人とも!来てくれたんですね」
「J・ガイルは終わったぜ、後はそいつだけだ!」

花京院とポルナレフがこちらに気づいて駆け寄ってきた。
ジョースターさんが悲痛な声で言う。

「……アヴドゥルのことはすでに知っている。彼の遺体は簡素ではあるが埋葬してきたよ」
「──っ」

ポルナレフが息を飲む。私と空条もジョースターさんに合わせて神妙な顔をした。
花京院が今にも逃げ出しそうなホル・ホースを睨む。

「卑怯にもアヴドゥルさんを後ろから刺したのは両右手の男だが、直接の死因はこのホル・ホースの弾丸だ。この男をどうする?」
「おれが判決を言うぜ」

ポルナレフがスタンドを出して叫ぶ。

「死刑!───なっ、なんだあーッ!この女はッ!!」
「お逃げください!ホル・ホース様!」

いきなり物陰から女性が飛び出してポルナレフの足にしがみついた。
ホル・ホースに逃げろと叫ぶ女性にこれ幸いと奴は彼女が乗ってきたであろう馬に飛び乗って逃げてしまった。
花京院が法皇の緑で追おうとしたが、私はそれをそっと止めた。

「豪さん?何故、」
「しー、奴は泳がせた方がいい……後で話す」

ホル・ホースは口とフットワークが軽いし、報酬目当てにアヴドゥルは死んだ俺が殺したぜとDIOや周りに吹聴してくれるだろう。
ちゃんと療養して貰うためにもアヴドゥルさんは死んだと敵側に思っていられなければ困るのだ。

「お前ら何やってんだよ!ホル・ホースを逃がすなよ!ぐぅぅ、こ、このアマぁ〜!離せ!離さんかッ!」
「ポルナレフ、その女性も利用されている一人に過ぎん!アヴドゥルはもういない……しかし先を急がねばならんのだ。奴にかまっている暇はない──」
「……くっ」

ポルナレフが脱力するとしがみついていた女性も手を離した。引きずられたせいで怪我をしてしまった女性の腕にジョースターさんが布を巻いてやる。

「我々はこれからバスに乗るんじゃが、君の家はどこにある?ホル・ホースに馬を取られてしまったろう?近くまで送ってあげよう」
「……ヴァラナスィ」
「ヴァラナスィ……あぁ、聖地ベナレスじゃな。実はわしらもそこに行くんじゃ。一緒に行こう」
「……」

女性は座り込んだままうつむいている。

「さあ!エジプトへの旅を再開しようぜ!いいか!DIOを倒すにはよ皆の心を一つにするんだぜ、一人でも勝手なことをするとよ、奴らはそこにつけ込んでくるからよ!いいなッ!先を急ごうぜッ!」

ポルナレフが乱暴に目元を擦り力強くそんなことを言い放った。三人とも呆れた目でポルナレフを見ている。

「……誰もツッコまないなら私が言う。お前が言うなァーーッ!!」

私の叫びにポルナレフは気まずそうに目をそらした。お前のためにどれだけ走り回ったことか……。


道中、ジョースターさんがしきりに腕を掻いていた。

「どうしたんですかジョースターさん」
「あぁ、どうやらいつの間にか虫に腕をくわれちまったらしい」
「ホントだ。少し腫れてますね」
「かかないほうがいいですよ」
「うむ……ベナレスに着いたら虫さされの薬でも買おうかの」

──虫の羽音だろうか。どこからか“チュミミ〜ン”という音が聞こえてきた。