プロローグ

小さい頃から不思議なことが出来た。

触った動物を眠らせたり小さな傷を一瞬で治したり、ボトルに触っただけでジュースの栓を吹っ飛ばしたりつらら同士をくっつけたり……とにかく色々。

そんな私を祖父は大層可愛がってくれ、私が起こす現象に不思議そうにする両親に、何らおかしいことではないと説明してくれた。

祖父が説明のために両親と私に語った奇妙な話。
不死身の吸血鬼やら柱の男やら、そしてそれを倒した英雄の話。
そして“波紋”という格闘術の話。

母は半信半疑であったが、ドイツの軍に属している父はドイツ軍が昔、波紋や吸血鬼などといった超自然的・神秘的な事柄を国に役立てようと本気で研究していた時期がある事を知っていたため、理解するのは早かった。
それでも母は戸惑っていたが、私の起こした事と祖父の持つ波紋に関する資料でそのうち納得し、あまり外では使うな、と言う程度に収まった。
……祖父の全身が機械だ、という事実にはあまり戸惑っていなかったらしいがそっちはいいのだろうか。


──というわけで、私はそうやって生まれ持った力と穏やかに付き合ってきたわけだが、私が十歳になったばかりの頃に更なる事件が起こった。

それはある日のこと、私はクリスマスのプレゼントで貰ったスノードームを揺らして眺めていた。
そう、ただ眺めながら波紋の修行内容について思いを馳せていたのである。

自分が使える力が波紋であるというのなら、さらに強化してみたいと思うのは自然なことであるはず。なのに祖父と両親は英雄達がやっていたという波紋の修行の資料を私に見せずどこかへ隠してしまったのだ。曰く、危ないから!だそうだ。

両親からも祖父からも格闘技を教わっているのに今更何だ、という抗議をしたが、ただの格闘技よりももっと危険なものだから見せられないなどと宣うのだ。

そんな事を言われたらもっと読みたくなってしまう。憧れのジョセフ・ジョースターがしたという一ヶ月の地獄の修行……ぜひ私もやってみたい。

そんな事を考えていたらスノードームに映像が映し出されたのだ。
それは祖父が書斎の本棚の奥に紙の束をしまっている姿で──驚いた私はスノードームを落としてしまった。

落とした物にばかり気を取られていたが、拾おうと伸ばした手に──、

うっすらと透ける黒い茨が生えていた。


私の絶叫に駆けつけた祖父に今起こったことをありのままに告げると、祖父は難しい顔をして唸った。

「それは……ウ〜ム、なんとも奇妙な話ではあるな。だが確かに私は書斎に資料を隠したぞ……」
「波紋使いには予知が出来る者もいたとは聞きましたが……植物が生えるなんて……しかも私しか見えていない──私、おかしくなったのでしょうか?」
「いいやッ!この世におかしな事などなァィッ!!どんなことも起こり得る!ただ起こった事を理解出来ていないだけだッ!!私はそれをよく知っている……烈子、お前の茨にも意味はあるはず!まずは自らソイツを調べて見るのだッ!!」
「はいッ!……ありがとうございます、お祖父様」
「フフ……“自分を知ることは全ての知恵の始まりである”──古代ギリシャの哲学者、アリストテレスの言葉だ。可愛い孫よ、未知なる物を恐れるんじゃあないぞ」

祖父は私の頭を優しく撫でた。冷たい機械の手だったが、私にとっては何よりも温かく、そして頼もしく感じられた。

祖父に言われたとおり、私はその茨を色々調べてみた。
いくつか試してみたところ、基本的にはこの茨で触れた物に知りたいことを念じると、それを教えて貰う事が出来るようだ。
ただし姿が映るものや音の出るもの、形を変えられる物でないと反応しない。
あとは、触手のように自在に伸びたり巻き付いたり、物を持ち上げたりするくらいは出来た。


そうやって色々試すこと数日、報告をしていたら祖父が私に手紙を見せた。

「これは?」
「リサリサ……いや、エリザベス・ジョースターからの手紙だ」
「エリザベス・ジョースター……!?“英雄ジョセフ・ジョースター”の母であり師匠!!まだご存命だったのですか!」
「あぁそうだ。お前のことを相談してみたら一度連れて来てみろ、と返事が来た。お前の茨について何かわかるかもしれんぞ」
「ありがとうございます!それで、いつ、どこに行けばいいんでしょうか?」
「フフフ……そう急くな」


それからすぐにやってきた夏休み、私はイタリアに行くことになった。