呼吸法矯正マスク

──イタリアはベネツィア。
そこからほど近いエア・サプレーナ島で私は今日も今日とて修行に励んでいた。

「フゥ、フゥ、フゥ……」
「よし、このまま五時間それを維持するんだ」
「はい!コォォォ──」

今している修行は波紋の基本の一つ。水の入ったコップを逆さまにし、水がこぼれないように波紋で押しとどめる、というもの。
水はこぼれず呼吸法矯正マスクからは問題なく呼吸できている。落ち着け乱すな、このまま、このまま……。

波紋のエネルギーのお陰で、空腹感もトイレ的なアレコレも感じなくなっている体は五時間──夕飯の時間まで余裕でコップの水を維持してみせた。


マスクを外してようやく一息つく。私は水を一気に飲み干してから食事に手をつけた。

「そんなにがっつくな、烈子。まったく……ほら、これも食うといい」
「む、ぐ、ありがとうございます、メッシーナ師範代」
「修行は順調ですね。二週間でここまで出来るようになるとは……このままいけば来週中には地獄昇柱ヘルクライム・ピラーに挑むことが出来るでしょう」
「地獄昇柱!あの憧れの!」
「……憧れるか、あれ」
「フフ、しかし忘れてはなりませんよ。地獄昇柱を登り切ってようやくスタート地点です」
「あぁ、あれさえ乗り越えれば本格的にお前をしごいてやるからな、ヒヒッ」
「えぇ、死ぬほど頑張ります!」

私がそう言うと二人は笑った。とても百歳前後には見えない。私も早く波紋を修得して二人のようになってみせる。そう強く決意した。

しかし──リサリサ先生やメッシーナ師範代には、やはり私の体から生える茨は見えていないようだった。

二人に会って話を聞いてもらったが、結局この茨のことは分からなかった。
だが波紋を巡らせれば私の体から伸びるエネルギーを感じることは出来る、というのでおそらく波紋のエネルギーに似たもの──それが像を形作っているものではないか、というのが先生の見解である。
ならば波紋を習えばよりコントロールが出来るかも知れない、と考えた私は先生に頼み込んでこの島で修行をつけてもらっているのだ。その目論見通り、この二週間で少しずつ波紋も茨もコントロール出来るようになってきた。

……それでもまだまだ水の上に立つことは出来ないけれど、とにかくまずは指の波紋を使えるようにならなければ。
これ以上の修行でも着いていけるかどうかを柱を昇りきって証明しなければいけないのだから。

というわけでそれから一週間。ついに今日、リサリサ先生の言葉通り私は地獄昇柱に挑むこととなった。

「よいですか、これを登れなかったら──今は倒すべき吸血鬼もいない平和な世ですから、見殺しにはしません。助けてあげましょう。しかし、これ以上の修行は許しませんし今までの修行の記憶は波紋で消させてもらいます……それはあなたには死ぬよりも辛いでしょうね」
「はい……」
「三日です。三日を過ぎた時点で登れていなかったら修行は打ち切りです」
「はい!行って参ります!」

私は高くそびえる柱の横を躊躇い無く飛び降りた。

そして、数時間後。


「──リサリサ、烈子の調子はどうですかい?」
「……」

リサリサは無言で油が噴き出し続ける柱の下を指さした。

「ほぉ、四時間で三分の一ってところか。驚異的な集中力ですな。シーザーやジョジョでさえあそこまで登るのに相当時間が掛かったものを」
「……彼らより体重が軽く元々体も鍛えられていた。波紋の基礎も時間を掛けたおかげでしっかり身についています。オーバーハングが強くなる18メートルあたりでペースが落ちると考えても、二日を過ぎた頃にはここに戻ってくるでしょう」
「さすがはあの不死身のナチ公の孫か。こりゃあ中々期待できそうですな」
「えぇ」

──と二人が言っているのを知らぬまま、私は50時間12分で頂上まで登ることが出来た。

先生と師範代には褒められた──しかし、登るのに集中するあまり途中でジョセフ・ジョースターが作動させたという罠(油が超高圧で吹き出す)を押すのを忘れていた。
あれが無かったから彼らよりも早く登り切れたのだ……それじゃあ意味がない。同じ条件でやらなければ修行にはならない!

もう一度やり直させてくれと頼んだ私に二人は呆れていた。
取りあえず、壁を登っている間は憧れのヒーロー達に近づけたような気分で最高だった、というのが感想である。

「まぁジョジョたちより早くたどり着けたのは事実だ。どうする?そろそろ奴に手紙でも送るか?」
「えっ!」
「えぇ、きっとジョジョも妹弟子が出来た、と喜ぶでしょう」
「自分も教えたい、と志願するかもな」
「ジョセフ・ジョースターに教えてもらえる……!?──い、いや、駄目です、もっと強くなってからって私は決めているんです!」

実は修行始めにもジョジョに会うか?と聞かれていたが、断った。
うんと幼い頃に祖父と共に一度は会っているそうなのだが、その後はお互い忙しいようで私が物心ついたときには交流が少なくなっていたらしい。……勿体ない。
教えてもらうのも魅力的だが、やはり手合わせして驚いて欲しいのでもうちょっと保留……せめて師範代として認められたら!

「なのでどうかご指導よろしくお願いします!」
「ふふ、えぇ分かりました」
「うーむ理解できん……」