未知との遭遇

海の上をフルマラソン、海底遺跡を潜水周回、塔の天辺に指一本で逆立ち数時間、波紋で集めた葉っぱで上空からグライダー……──等々、学校の長期休みを目一杯使って、地獄のような修行を終えた。

終えた、とは言っても師匠たち曰く、基礎に毛が生えた程度。まだまだリサリサ先生や師範代にはかなわない。
なのでその後も長い休みの時期は必ずエア・サプレーナ島へと通っている。もちろん自主練習も欠かしていない。水の上に立って歩くこともすっかり出来るようになったし、波紋で落ち葉を集めて掃除するのも母に重宝されている。

そうやって修行をして早六年。
強くなるにつれて自分の茨もどんどん強化されていっているのを感じる。伸ばせる範囲は広がり、写せる映像もより正確に、より鮮明になった。
他人のどんな秘密も見ることが出来る──リサリサ先生からはけして悪用したりしないように、ときつく言われているため、実際に目的を持って使ったことはないが……こっそり練習はしている。

そうして順調に力を付けていった私は、ついに次の長期休みで師範代の資格を頂くための試練を受ける事となった。

そんな私は十六歳。そろそろ夏になるかな、という頃リサリサ先生から手紙が来た。

息子──ジョセフ・ジョースターから『自分の体に変わった事が起きていないか?』という連絡が来たそうだ。詳しく聞いたところ、どうやら私のように人の目には見えない何かが体から出てくるようになったという。

その名も──幽波紋スタンド
リサリサ先生の前夫の父親を執拗に狙い、殺した吸血鬼・DIOが関係していると彼は言っているそうなのだ。
そこでエジプトで出会った男とともにスタンドのこと、そしてDIOに協力しているスタンド使いを調査しているということだ。

ジョジョと会ってみるかと聞かれたが、私のことは連絡しないでくれ、と返事をしておいた。
私の茨は恐らくそのスタンドと言うものだろう……詳しく聞きたいが、彼に会うのはまだ早い。
私が師範代になってからのサプライズ、という形なら面白いんじゃないかと祖父も言ってくれていたので、その時まで我慢するつもりで私のことを内緒にして貰っていたのに……こんなタイミングで会いたくはない。

しかしせめて何かの役には立ちたい……私は体から生える茨を眺めて無謀な決意を固めた。

夜、家族が寝静まった後。私はリビングのテレビのスイッチを入れた。
番組を観るためではない、スタンドを使うためだ。
茨を巻き付けたテレビに問う。

「……ジョースターさんの役に立つには何をすればいいか教えて」

テレビが数回スパークした後、チャンネルが断続して変わり始めた。

「ドイツとは違い常に暖かい国では」「お客さんどちらまで」「こちらのオーディオ機器がなんと」「エンジンは日本製の」

テレビから絶えず聞こえる、意味のない音の羅列が少しずつ明確な単語となって私の耳に届いた。

「エジプト」「の」「回路」「に行け」「ディオ」「を」「差が」「すのだ」

──エジプトのカイロに行け、DIOを探すのだ。

それからの私の行動は早かった。

私は高校に休学届けを出した。当然だが理由を聞いてきた両親に「しばらく自分探しの旅に出たい」と言ったら怒られた。そりゃそうだ。しかし全く折れない私にとうとう、二ヶ月だけならよい、とお達しをくれた。
祖父は何かを感じ取ったのか「必要なときにはいつでも連絡しろ」と大金を渡してくれた。
「必ず生きて帰ってこい」、そう言って頭を撫でてくれた彼は、私が何をしようとしているのか何となく分かったのだろう。

必ず生きて帰ってくる。家族のためにも。私は強く誓った。



DIOとやらが最後に目撃されたのはエジプト。ジョースターさんの仲間のアヴドゥルという人が襲われかけたらしい。
リサリサ先生はそれをふまえて、エジプトには行くな、と手紙で警告してくれた。

DIOが仲間を集めるためだけにエジプトに来ていたのか、そこを拠点としているかは分からない。きっとジョースターさんもそこは図りかねているだろう。せめて居場所と手下の情報だけでも集めることが出来れば──きっとジョースターさんの役に立つことが出来る。
それに吸血鬼ならいつかは波紋の戦士であるリサリサ先生たちにも危険が迫るはずだ。先生には悪いけど警告には従えない。
私は単身、エジプトへ向かった。


──とはいっても特にアテもないので、取りあえず首都カイロでただうろつくしか出来ない。

まさか吸血鬼が昼間に堂々と外を歩いているわけもないし、ここが拠点であるという確証もない。
茨のお告げは別にDIOがいるとは言っていない……なので特に脅威も無いだろうと私はスタンドを出しっぱなしにして、これに反応した奴がいれば片っ端から尋問することにした。
おそらく手下もこの辺りの者を何人か引き入れているだろう。
きっとスタンドを使える奴はいるはずだ、と私は注意深く辺りを探った。

……しかし、一週間経った今。
未だに手がかりはまったく掴めない。DIOどころかスタンド使いすら分からない。
もうDIOはここにはいないのか……と諦めて次にどこへ向かうか考えていると、「そこのお嬢さん」と老婆に声をかけられた。

「……私?」
「えぇ、あなたじゃよ。よろしければわしの店に来ませんかの?」
「あ、いえ、観光客じゃないので。お土産はいらないです」
「いえいえ、何か悩んでおられるようじゃったからのぉ〜占いであなたの悩みを解決できないかと思いましてな。たとえば、そう……貴方から生えているそのイバラ、の事なんかどうですじゃ?」

その老婆は間違いなく私のスタンドを見て、指していた。

「!これが、見えるの?」
「フォフォ、興味を持っていただけたようじゃな。さあ話は中で……あなたはただ、あのお方にすべてを委ねれば良いだけ──」
「……」

DIOだ、と確信した。奴はまだここで仲間を集めているんだ。
老婆に案内されるまま中に入ると、暗い部屋の中の大きな水晶玉の後ろに誰かがいるのがうっすらと見えた。

「あの、」
戸惑う私に男は小さく笑い口を開いた。

「“──君は、”」

男の声を聞いて、ぞっとした。
こんなにも危険だ危ない、と本能が警告しているのにこの男の声は甘く、魅惑的で心が安らぐのだ。
恐ろしい、と思った。私の戦いの本能を鈍らせるこいつが心底恐ろしい。

「──君は、普通の人間にはない……特別な力を、持っているね。なにか一つ――それを私に見せてくれると……」

男がゆらりと立ち上がった。

「──嬉しいんだが」
「なっ!」

いきなり、奴の髪の毛が触手のように伸びて私へと襲いかかった。

「くッ!」
「ヌゥッ」

とっさに茨を纏めて出し、髪の触手を弾きながらDIOへと叩き込んだ。
しかし一瞬で奴の姿は消え、代わりに老婆が固まりになった茨の直撃を食らい吹っ飛んだ。
私の茨はここに来たときからすでに部屋を覆い、誰がどこにいるか把握することが出来る。奴が一瞬で背後に移動したとわかり、さらに攻撃を加えようと構えた。だが瞬き一瞬で奴はまた私の目の前にいた。

「バ、カな……速すぎる」
「フフフ──ありがとう、君の力はよく分かった。お礼にプレゼントをあげよう」

DIOは触手を伸ばし私の額に刺そうとしたが、それは私の額から生えた茨が防いでくれた。

「!ほぅ」
「フハハッ!この茨はどこからでも生やせるんだよ!そしていくらでも生やせる!」

壁や天井に隠れるように部屋を這っていた茨はあちこちから飛び出し、奴を縛り上げた。

「これでもうお前は動けない!千切れろ!」
「……成る程」

しかし茨を引っ張るために力を込めた一瞬で、千切れたのは私のスタンドだった。
またもや一瞬でDIOは視界から消え去っている。
……そしてさらに、私の額にはすでに“何か”が刺さっていた。

──確かに捕まえてたはずなのに何故……一瞬で何が起こったの……分からない、これは、勝てない……波紋を使わなくて正解だった、こんな事をされる前に殺されていただろう。

私がその場に膝を付いて蹲ると、男は老婆を起こし「エンヤ婆、後は任せたぞ」と言い残してどこかに消えた。
不審がられない程度に細く波紋の呼吸を行い体力を回復させる。
額に刺さった何かが私の脳を支配せんと信号を休み無く送ってくる。脳味噌がかき回されているような不快感も、波紋の呼吸で何とか薄れていく。

一瞬でも気を抜いたら持ってかれてしまう、しかしこれを消したら奴にバレてしまうかも知れない。
今の私では奴と戦うのは無理だ。どうにか、この状態を維持するしかない。

不本意な地獄の耐久レースが始まった。