#04#

夢と言うものは、どうしてこうもいつも変な出来事が多いのだろうか。


あの後、降谷さんに私の自宅のアパート送られて、着替え(何故かそっくり同じ物)を本庁に持って来た後、仮眠をとるようにと言われて仮眠室へと来ていた。少し硬い、お世辞にも眠りやすいとは言えないベッドへと横になっていた。しかし、完全に覚醒してしまった頭では、横になったからと言ってすぐに寝付けるわけでも無く、目が覚めてからの出来事を悶々と考えていた。私は確かに、眠る前まではとある飲食店で働いていた。夜の賄いを作って食べて片付けて、店内をくまなく掃除した後で、ちゃんと自宅のアパートまで戻って来た。お風呂に入り、それで寝て起きたら今の状況になっていた。目が覚めたら、知らない世界に来ていた。なんてどこぞの奇妙な夢みたいではないか。

「……はぁ、」

そう言えば、今更だけれど、ベルモットって誰だろう。黒の組織の中の随員だとはわかった。でも、情報はそれだけ。黒の組織がどれだけの組織かも知らぬまま。口から零れたため息は何処と無く消えて行った。考えれば考える程、謎で埋め尽くされた海へと沈んで行くような感覚に、私はいつの間にか目を閉じていた。

***

何だろう。
体がふわふわする。まるで、宇宙の中で体が浮いているような…。不思議な感覚の中、何となく目を開けた。

「……!?、ぇっ、」

そこには、目の前には、目を閉じて佇んでいる、……私がいた。
もう一人の私の目が、ゆっくりと開かれて行く。まるで鏡を見ている様な感覚になるけれど、だけどそれは鏡ではなくて実態で。

「!?…ぁっ、…え?」

目の前の私も、同じように驚いていた。二人共互いに息を呑んだのがわかった。これは…立て続けに起る出来事に、そろそろ本当に思考回路がショートしそうだ。そんな同様している私に対して、目の前の"彼女"は既に落ち着きを取り戻し、先に口を開いたのは彼女の方だった。

「自分に対して初めまして、と言うのはおかしな話ですが、」
「い、いえ、…こちらこそ」

同じ身長、同じ容姿、同じ声。
なのに何故かどこか雰囲気の違う私。"私"と違って、そそっかしくなくて落ち着いていていると言うか。目を引く、って言う感じだろうか。

「そちらの状況は、どうなっていますか?」

何となく、本庁の事を聞いて来ているのが理解出来て、私は口を開いた。

「今、黒の組織と言うその中のメンバーの1人が、本庁に侵入して来ると言う情報が確認されています。降谷さんからの口振りからして、多分今夜辺りの確率が高いと思われます」

今の状況を伝えると、彼女は唇に手を当て思考を巡らせているようだった。

「あなた、黒の組織についての情報はどのくらい理解していますか?」
「いえ、全く」
「銃の扱いは…調理師では無いですね」
「はい…」
「でも、不可能では無いかもしれません」
「それって、どう言う…あ、」
「あなたも、心当たりがあるようですね」
「もって、…」
「私は実は、包丁は全く使えませんでした。料理なんて全くダメだったのに、体が勝手に動いて、次は何をすれば良いのかが勝手に頭に浮かび上がって来る。それに包丁捌きも…」

同じだ。
ハッキングの時と。

「なので、似た様な事があったあなたなら、大丈夫かもしれません。」

私の表情を読み取ったのか目の前の私は、落ち着いた声色でそう言った。しかし、だ。私の心は大丈夫では無い。私の中にある正義感なんて、心もとないし、ましてや公安部などと重い責任を背負う覚悟も無い。

「無理だと思ったなら、辞表を出した方が良いでしょう」
「…えっ」
「無理をして私が私の体に戻った時、既に命を失っていた、では困りますから」
「…ハッキリいいますね。でも、いいんですか?」
「何故?」
「何故って、警察官になりたくてなったんですよね?」
「…、辞めたら、また警察官になればいいだけの話ですから」

でも、彼女が"この地位"に立つまでかなりの努力があったはず。じゃなきゃ、そんな風に悔しそうな顔はしないはずだから。本当は、辞めて欲しくない。そう思っているはず。だって、私も同じ気持ちなのだから。それでも辞めてもいいと言ったのは、命の危機の可能性が高くなるからだろう。

「私…。わかりました…、とは安易に言えません」
「…ぇ」
「だって、あなたが積み上げて来た事全て、ダメになってしまうかもしれないんですよ」
「命の危険に晒される可能性も高くなるんです。それでも?警察官は調理師とは違うんです…、命は、何にだって1つしかないんです」
「…、本当に、辞めてしまってもいいんですか?」

迷ってる。
私だからわかる事。
どうしたら良いんだろうか。
何か私が警察官を辞めなくて済む方法…。

「あ…そうだ」
「何か?」
「手のひらを重ね合わせたら互いの状況や情報がわかるかも…なんて…」
「……、はぁ」

案の定、呆れたような、重いため息をつかれた。

「でも、案外アリかもしれませんね。ここは夢の中、何でもアリかもしれません」

「…ッッ!?」

あっけらかんとする私の手を取り、彼女は私の手に自分の手のひらを乗せた。その瞬間、彼女の記憶が次から次へと頭の中に流れ込んで来た。まさか、本当にこんな事が出来るなんて。黒の組織のメンバーの情報。銃の使い方や武道全て。警察官に必要な事が全て。

何だか、大丈夫だと思えて来た。
まずは出来る事は出来るだけやってみようと思う。警察官は簡単な職業でもないし、正義感だけでもダメな事はわかってる。
後は、この私の身体能力を信じるだけ。

「何とか、なりそうかも…」
「あなたなら、そう言うと思いました」
「何で…」
「見えましたから、あなたの事が全部。だから私も、…」

"とりあえず、頑張って"みます。
彼女がそう言って笑みを浮かべた時、じわじわと辺りが朝焼けのようなオレンジ色の温かな光の粒に包まれた。

あぁ、もう目が覚めるんだ。
自分との対話だなんて、何だか信じられないけれど、何となく寂しいなって思ったりしたけれど…時間だ。私には、やらなければならない事が出来た。でもそれは彼女も同じで…。
彼女とは状況が違うけれど、いつか私達が私達に戻った時、あぁ、よかったと思えるように。

そうして、互いにコクリと頷いて、だんだん透けて行く彼女を見送った。