#03#

(これで、…終了!)
カチャッ。
中指指でEnterキーを押す音が、署内のオフィスに響いた。逆探知は成功したらしく、画面に動きもない。周りの同僚と呼ぶべき人達は、急いで処理に向かっていた。その様子を見てホッとした途端、肩の力が降りて、ふー、と深い息を吐いた。頭の中が空っぽになったような感覚を覚える中で、先程まで何かに取り憑かれたようにキーボードを打っていた自分の手が信じられない。手が勝手に動いていた事に今更ながら思い出したように、恐怖して小刻みに震えていた。

…何、今の。
私は震えてい手の平をジッと見ていた。今のは…本当に私がやった事なのだろうか。まるで、私が私じゃないみたいに。いや、"この身体は私のではない"のだ。"心だけ"は自分自身なのに。私なのに。

「良くやった。井上」
「降谷、さん…」

背後から声をかけられ、肩が微かにビクリと震えた。ゆっくりと振り向けば、"この人"の上司である、降谷さんが立っていた。「いえ、」と、口を開けかけたけれど、声に出そうとした声が出て来ない。
"これを成し遂げたのは、私では無い"。言おうとした言葉が、喉につっかえて出て来ない。声を音にする子とすら出来なくて。なんて伝えたらいいのだろうか、この人に。この身体の持ち主の非常事態に。

「…すみません。ちょっと、お手洗いに行ってきます」
「?…あぁ、わかった」
「………」

少し、一方的だっただろうか。
けれど私は一刻も早く、この部屋から出たかった。このどこか重たくて、緊張感のある部屋にいたら、気が狂ってしまいそうで。これならまだ、どんなに暑かろうが厨房でフライパンを振っている方がまたマシだ。椅子から立ち上がり、降谷さんの横をスッと通り抜けて、どこにあるのかさえわからない化粧室に向かった。

***

「なかなか戻って来ないと思ったら、こんな所にいたのか」
「…、すみません。すぐに戻ろうと思ったのですが」
「いや、こちらこそ急に呼び出したからな。今のうちに、休んでおくといい」
「今のうち?…、まさか」
「あぁ、そのまさかだ」

あの後、化粧室に行った後、戻らなければならないと思ってはいたのに、なかなか戻れないでいた。自販機とソファーが並ぶ休憩所で、私はソファーに腰をかけ窓ガラスの外の景色を見ていた。窓ガラスに写る私の顔。その顔は紛れもなく私なのに、"心"が違うのだ。まるで、私の"魂"が別の人間の中に入り込んでしまったかのような感覚だ。どうしたらいいのだろうか、わからない。ましてや、自分が警察官だなどと…。

いつまでそんな事を考えていたのかは、わからなかった。降谷さんに声をかけられるまでは。降谷さんは私の前に立っていた。降谷さんの表情は、一段落着いたのか迎えに来た時とは違い、穏やかな表情をしていた。降谷さんは私の隣に音もなく腰を降ろした。膝に肘を付き、手を交差させ体制を低くすると、口を開いた。聞けば先程のハッキングでわかった事があったらしい。降谷さんは額に眉を寄せ、アイスブルーの瞳を細めてこう言った。

「"奴ら"が、ここに来る」
「…、黒の組織、ですか」
「あぁ、…、車の中でも話をしたが、ハッキングから考えて、恐らくノックリストが目的だろう。予想はしていたが、やはり黒の組織が絡んでいるようだ。向こうにはベルモットがいる。必ず変装し、我々の中に紛れ込む人間がいると予想出来る。お前も十分警戒をしておくように」
「はい」
「と、言う訳だ。井上、着替えを取りに行くぞ。送ってく」

話終えてから、立ち上がった降谷さん。その表情からは一時的な休戦からか、柔らかい笑みを浮かべていた。が、降谷さんの言葉に、私は体を固くした。…マジですか。