キスとさよなら



ありがとうございましたーなんて気だるげな店員の挨拶を背に外へ出た。空はすっかり暗くて、学生の笑い声が少し冷たい夜風に乗って吹き抜けていく。


「顔ゆるゆるですよ、お嬢さん」
「そりゃゆるゆるにもなりますよ」


ついさっき。顔を覗き込んで名前を呼んだ私に「マジでちょっと待って」と深呼吸をした黒尾くんは「やべえ。嬉しい」なんて「結構前から良いなって思ってた」なんて、この心臓を綺麗にかっさらっていった。もちろん頭の中は大パニック。嬉しさやら安堵やら驚きやら。おかげで退室時間をオーバーするところだった。お知らせ音が鳴るタイプのカラオケ店で良かった。



「私、絶対フラれると思った」
「俺も思ってた」
「だからあんな狡い言い方したの? 片想いされてるみたいって」
「あー……やっぱ狡かった?」
「心臓に悪かった」
「わりぃ」


苦笑する彼の腕へ触れれば、ポケットにしまっていた手を出して繋いでくれた。私の手なんか簡単に包んでしまえる大きさと、ごつごつした男の子って感触に、自然と体温が上がる。こんなの、もし佐藤が知ったらガラじゃねえだろって大笑いするんだろうなあ。腹立つけど、お礼はちゃんと今度考えよう。

思考を巡らせながら、ずっと合わせてくれている歩幅に甘えつつ駅までの道程を進む。降りる駅を聞かれ、二駅先だって答えたら家まで送ってくってまさかの申し出に困惑。


「え、黒尾くん家って近くだっけ?」
「いんや? こっから四駅先」
「えええ、悪いじゃんそんなの……」
「良いって。定期あるし余裕」


んんん。本当に遠回りというか寄り道で申し訳ないって気持ちが大きいのだけれど、あんまり渋るのも、私が嫌がっているみたいで良くないだろう。

「じゃあお言葉に甘えさせて頂きます」ってお願いして、満足気に頷いた黒尾くんと電車に揺られる。改札を通る時も並んで座っている間も、手は繋がれたまま。そりゃモテるだろうし、女の子の扱いには慣れていて当然だと思うけれど、なんだかなあ。

燻りながら握り直すと、黒尾くんの肩が不自然に跳ねた。思わず顔を向ければ「心臓に悪いんですけど」って、どこかで聞いたような台詞。違うわ。さっき私が言ったんだ。


「……黒尾くんさ」
「ん?」
「もしかして……結構頑張ってくれてたり、する?」


何が、とは言わない。それでも、私が聞きたかったことはちゃんと伝わったらしい。一瞬目を丸めた黒尾くんは「そりゃもう、みょうじさん相手なんで」と悪戯に口角を上げた。なんとなく照れ隠しだって分かって、また表情筋がゆるゆるになってしまった。

ああ、かっこいい。優しい。好き。

約束通り家まで送ってもらう道中。想いが溢れに溢れてこぼれ出て、"黒尾くん"から"鉄朗くん"に変わったのは、たぶん無意識。"みょうじさん"から"なまえ"に変わったのも、たぶん無意識だった。



また明日、が待ち遠しい。
そんな毎日が、愛おしい。


fin.




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