ゆめのちはれ



色恋に殆ど興味がないバレー馬鹿代表とも言える木兎に、それは突然訪れた。言うなれば、辺り一面の蕾が一斉に花開いたような、そんな感覚。なんとはなしに移した視界の真ん中。見知った黒尾の隣でくすくす笑う見知らぬ彼女の周りだけが、色付いて見えた。

ゆるやかにうねる焦茶色の髪。真っ白な肌。華奢な手足。今まで見てきたどの女子よりも小さな背。纏う空気は、淑やかで明るい。


目を逸らせないまま、すす、と静かに横移動しては赤葦の腕を引く。「なあなあ、あの子誰?」と聞く声ですら珍しく控えめで。まるで内緒話をするようにこっそり彼女を示す木兎に、赤葦はなんとなく察しながら、いつもの涼やかな表情で「ああ」と口を開く。


「音駒のマネ代わりだそうです」
「マネ!? ……代わり?」
「はい。マネージャーではなく、お手伝いさんらしいです。みょうじさん……だったと思います。確か夜久さんの友達だって言ってましたよ」
「おお、友達か!」
「木兎さん、声が大きいです」
「わりわり!みょうじサンな。サンキュー赤葦!」


白い歯を覗かせて笑った木兎が、上機嫌で駆けていく。トイレにでも行くのだろう。その場に残った赤葦は、未だキンキンする耳に瞳を細め「……面倒なことにならないと良いけど」と、息を吐いた。







みょうじさん、みょうじさん、みょうじさん―……。
教えてもらった名前を頭の中で繰り返す。そっか。みょうじさんってーのか。

赤葦の予想通りトイレを済ませ、洗った手をパタパタ裾で拭きながら体育館に戻る。勝手に目が追っていくのは、端から端までテキパキ動く小さな姿。愛想がいいのか、他校部員の声にも軽やかに微笑んで対応にあたっている。話し掛けたい。でも何て声を掛けていいのか分からない。足が進まない。分け隔てなく、誰に対してもフレンドリーな木兎にとって、初めての感覚だった。そわそわと落ち着きのない様子は、けれど、コートに入れば自然と鎮まる。


「ヘイヘイヘーイ!」


壁同等のブロック三枚を凌ぐ、強烈なインナースパイク。「今の凄くね!?超かっこ良くね!?」と騒ぐ木兎は、誰が見ても分かるほど調子が良かった。ミスもなく、しょぼくれモードに突入することもなく、あるがまま伸び伸びバレーを楽しんでいる。

体育館全体の空気を巻き込み、人の心をどこまでも高揚とさせるその姿が、みょうじの目に強く焼き付いた瞬間だった。



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