「ちょっと休憩しましょう」
赤葦の一言に、二人も揃って頷いた。壁際に腰を落ち着け、カラカラの喉へドリンクを流し込む。一息吐いた途端に思い出すのは、忙しなく駆け回っていた彼女のこと。
「そういや黒尾さー」
「ん?」
「みょうじサン?って、マネじゃねえの?」
「おー。夜久の友達でな。すげえ良い子で手伝いに来てくれてるだけ。つーかもう喋ったのか?」
さすがコミュ力高男くんだな。そう茶化そうとした黒尾の思考は、珍しく苦悩の表情を浮かべる木兎に一時停止。
「それがさー、ぜんっぜん話し掛けらんねえの」
「はあ?」
「すっげえ喋りてえんだけど、なんかこう……もだもだするっつーか何喋っていいか分かんねえっつーか……」
「え、マジ?」
「マジもマジ! な! 赤葦!」
「いえ、"な!"と言われましても……まあ、そうですね。そわそわはしてました」
「だろ!?」
「あと目で追ってましたね」
「あー…そう、かも?」
「マジかお前」
「だってなんか可愛いし、ちっせえしほっそいし良く笑うし」
「お前それ気付いてねえの?」
「んあ?」
ああ、やっぱり。そっと溜息を吐いた赤葦の思考が、零点数秒の世界で動き出す。
まず木兎さんに、今ここでそれが恋だと気付かせた場合、告白して上手くいって調子づくパターン一。上手くいったはいいものの現を抜かして腑抜けるパターン二。上手くいかずに落ち込むパターン三。気付かせることなく放置した場合、最後まで自覚しないパターン四。途中で気付いてパターン一から三を辿るパターン五。
ちなみに、そもそも考えたことがそのまま口に出るタイプの木兎さんが告白しない可能性は大いに低く、フラれて開き直ることも考えにくいので今回は省略。うん。どれも面倒くさいけど、まあ先延ばしに出来て一番安全そうなのはパターン四かな。
完全に苦笑い状態な黒尾の視線が『どうするよ?』と言わんばかりに窺う。親指を立てた赤葦は、あろうことか「木兎さん凄いですね」と煽てにかかった。そんな、これ以上ないほどあからさま過ぎる手にのってしまうのが、馬鹿代表 木兎光太郎。「え!?何が!?俺凄い!?」と輝いた瞳へ、こんな男が我が主将なのかと遠い目をしながら「凄いです。昼間のスパイクとか超かっこ良かったです。あんなの木兎さんにしか出来ません。さすがです」なんてつらつら褒めちぎる。
すっかりその気になった木兎は、ウキウキ肩を弾ませながら「よっしゃもう一本やんぞー!」と、コートへ戻っていった。声にならない声をあげて笑い転げた黒尾の腹筋は、無事に死んだ。